2-22.拷問教育
衣装部屋に到着した途端、ミチカは数着の洋服を手に取って、ヒノエの前に差し出してきた。子供のように無邪気な笑顔で、誰よりも楽しそうにヒノエの前に服を合わせ、これが似合う、あれが似合う、と思案している。
選ばれる洋服のチョイスは、確かにヒノエが普段着ている物と少しずれている物が多かった。ヒノエが服を選ぶ時には、何よりシンプルさが優先される。柄物よりはシンプルな方を。着やすさも大切で、ワンピースが多い理由はそこが理由だ。
その一方で、シンプルな中でもシックな服は選ばない傾向にあった。元来の根暗で、普段はおどおどとした振る舞いが目立つヒノエが着ると、必要以上に暗く見えると母親に言われたことがあり、それ以来は何となく、そういう色合いを避けることが多かった。
同じ青でも、より明るい青を。同じ赤でも、より明るい赤を。黒より白を。そういう極端な選別が多かった。
そういう中で、真っ先にミチカが持ってきた服が、真っ黒い、フォーマルなワンピースであることに、ヒノエは目を丸くして驚いた。
「セツナちゃん、こういう感じの着ないよね? まずはこれを着てみてよ」
黒のワンピースを手渡され、戸惑うヒノエの背中をミチカが押して、ヒノエは衣装部屋の奥へと歩かされる。その奥には鏡があって、手前にかけられた洋服の数々が視界を遮ることから、入口からは見えない。
「じゃあ、着てみてね。私は向こうで待ってるから」
ミチカがそう言って、キッカも待っている入口近くに移動していく。その背中を見送り、ヒノエは渡されたワンピースを眺めて、これを着るのか、と改めて戸惑う。
何かしらのトラウマがあるわけではなく、母親の言葉も明るい色の方が似合うという意味合いだと分かっている。暗い自分が嫌いなわけでも、暗いことを卑下する気持ちもない。
ただ、本当に何となく、こういう色合いは着ないと決めていた部分があって、その部分を壊してまで、これを着るのかと考えたら、どこか躊躇う気持ちがあった。その理由は分からない。
「どう? 着れた?」
ハンガーにかけられた服の向こうから、ミチカの急かすような声が聞こえた。ワクワクとした気持ちの高揚感が声には乗っており、その期待を裏切ることはどうにも悪いことのような気がしてくる。
折角のミチカの善意なのだから、これを断る理由もない。自分のくだらないルールも、どこかで捨て去るべきだから、これは良い機会だと考えよう。
ヒノエは気持ちを切り替えて、手渡されたワンピースを着てみることにした。着方は分かっている。戸惑うことはない。
「どう?」
ミチカが再び声をかけ、ヒノエはそれに「着ました」と返答する。すぐに服を掻き分ける音がして、ミチカが顔を出したかと思えば、そこに立っているヒノエをまじまじと眺めて、何かに納得するように頷いている。
「なるほど、なるほど。こんな感じか……」
そう呟いたミチカの声を聞きながら、自身も置かれた鏡を目にし、真っ黒いワンピースに身を包んだ自分自身の姿に、何となく、気恥ずかしさのようなものを覚えていた。
似合っているかどうかは別として、ただ単純に見慣れない。その感情が強く、一刻も早く、この服を脱ぎたい気持ちに襲われる。
「いいね!」
そこで不意にミチカが、ヒノエの心を掻き乱すように、そう告げた。
「セツナちゃんは顔が整ってるから、そういう服も良く似合うわよ」
「そ、そうでしょうか……?」
自分自身では分からない。戸惑いを表情に見せながら、ヒノエが自分の着た服に目を落としていると、ミチカが服の向こうに戻って、そこでがさごそと何かをし始めた。
「セツナちゃんはそういう路線で行ってみよう。これとかも着てみてくれる?」
そう言いながら、ミチカが服の隙間から手を伸ばし、今度は今着ているワンピースよりも、更にしっかりとしたドレスを差し出してきた。色合いは黒に近い、深いブルーで、これもまた普段のヒノエが選ばない色だ。
「今度はこれですか?」
「そう。どんどん着ていって。一番、イメージと合う服が見つかったら、次はお化粧してあげるから」
ヒノエにドレスを手渡すと、ミチカはヒノエ以上にワクワクとした様子で、再びかけられた服の向こう側に姿を消し、そこでがさごそと服を漁り始めた様子だった。
その様子に少し戸惑いながらも、ヒノエは渡されたドレスを着るために、着ていたワンピースを脱いでいく。そうしている途中、ふと本当に何気なく、今の自分の様子とミチカの子供のような、無邪気で楽しそうな笑顔が重なって、子供の頃に良く遊んだ、着せ替え人形のことを思い出した。
◇ ◆ ◇ ◆
折れた指の痛みにアズマヤの思考は吹き飛んだ。アイユのぶつける怒りの理由も分からないまま、ただ右手の人差し指から自由が消える。
アズマヤの絶叫を耳にし、隣の手術台ではマルイが全身を震わせているようだった。僅かに拘束具が揺れ、金具の立てる音がアズマヤにそれを知らせる。
「はーい、それじゃあ、賢い賢いヨースケくんには、ちゃんとお話しする機会をあげましょう」
アイユの表情からは完全に笑みが消えていた。いつもの雰囲気は欠片もなく、いつもは明るく高い声も、今は低く、威圧感が籠っている。
「ただ、ちゃんと話さないと……」
アイユの視線がアズマヤの右手から、ゆっくりと下半身の方に移動し、左足で停止した。そこにはアイユ自身が巻いた包帯と、その内側で塞がりつつある傷がある。
「こんな感じで!」
そう叫んだ瞬間、アイユの腕が大きく伸びて、アズマヤの左足を勢い良く掴んだ。傷が開くことも気にすることなく、弄ぶように左足を揉み頻り、左足に巻かれた包帯はじんわりと赤く染まっていく。
「いがぁあ!? うがぁああ!?」
「もっと痛い目に遭うから、ちゃんと話すように。分かった!?」
耳元で叫ぶアイユの声と、左足から広がる耐え難い痛みに挟まれ、アズマヤはただ首を縦に振ることしかできなかった。それを確認したアイユが動かしていた手を止めて、アズマヤの左足は解放されるが、そこに残った痛みは消えることなく、アズマヤを襲い続けている。
「じゃあ、最初の質問。ヨースケくんは何を嗅ぎ回っていたのかな?」
「嗅ぎ回る……?」
「質問が難しい? そんなことないよね? だって、こそこそと害虫みたいに動き回っていたんだから!」
アイユの手が再びアズマヤの左足を掴んだ。左足の傷は完全に開いたらしく、アイユが揉む度に包帯から血が滲み出て、脹脛の下に小さな血溜まりを作り出そうとしていた。
「いだぁあ!? 知らなっ!? 分がらなぁ!?」
痛みに絶叫しながら、必死にかぶりを振るアズマヤの姿を目にし、アイユは不意に興味をなくしたように手を止めた。アズマヤの左足からは血が流れて、包帯は既に包帯としての機能を失いつつある。
「分かった。質問を変えるよ。ヨースケくんは誰に命令されて、ミチカ様を調べていたのかな?」
「だ……あから……俺は何も……調べてません!?」
「あー、そうやって、また嘘をつくんだ?」
そう言いながら、アイユは横目に物でも取るように、アズマヤの左足を掴んで、それまでもそうしたように、強く揉み始めた。アズマヤはアイユの手から逃れるように全身を強く動かし、手術台とアズマヤを繋げる金具が音を立てる。
「まあ、いいよ。そうやって嘘をつき続けるなら、ちょっと趣向を変えようか」
アズマヤの左足から手を離し、アイユはもう一つの手術台に近づくように歩き出した。その上で横たわっているマルイが、アイユから逃れるように顔を背けるが、それを許さないと言わんばかりにアイユがマルイの顔を無理矢理に向けて、その顔を真正面から見つめている。
「モモコちゃん、おめでとう。仕事の時間だよ」
そう言って、アイユはマルイの手足を繋いでいた拘束具を外し、マルイを解放した。突然、解放されたことに戸惑うマルイの隣で、アイユは近くに置かれていたペンチやメスを持ち出し、マルイの隣にどんどんと放り投げていく。
「はい、モモコちゃん。それを持って。今から、害虫駆除を始めるから」
「あっ……えっ……?」
「えっ?じゃないの。今からモモコちゃんが、ヨースケくんが話したくなるように、ヨースケくんをお仕置きするの」
「えっ……? 私が……?」
怯えたマルイの視線がアズマヤに向き、痛みと恐怖に表情を歪めるアズマヤと目が合った。その二人の姿を目にしたアイユが小さく笑みを浮かべ、マルイの呟きに首肯する。
「そうだよ。だって、これはお掃除だから。モモコちゃん、お掃除が仕事だよね?」
そう告げるアイユにマルイは言葉を出すことなく、怯えた表情のまま、小さく頷いた。




