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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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2-19.クッキーとクラッカー

 再度、扉をノックする音が響いて、アイユの声がそれに続いた。


「モモコちゃーん?もう寝ちゃったー?」


 いつもの調子のアイユとは裏腹に、アズマヤとマルイはその声に動揺し、どうしようかと思わず目を合わせていた。


 マルイの提示した疑惑を信じているわけではないが、さっきの話があった後ではどうにも落ちつかない気持ちが強くなる。

 それにマルイが少し気になる反応をしていた部分もあって、アズマヤの中でそれらが引っかかって、状況の整理に時間がかかっていた。


 そうしている間にマルイがアズマヤの背中を押して、扉の方に目を向けていた。横顔から分かる表情は心なしか、少し曇っているように見える。


「アイユさんの応対してきます。アズマヤさんは部屋の奥で隠れていてください。最悪、アイユさんが部屋の中に入ってきたら、クローゼットの中にいてください」


 マルイの深刻そうな口調はアズマヤに思考させる暇もなく、ただ頷くことしかできなかった。


 マルイに押されるまま、アズマヤは部屋の奥に身を潜めて、マルイがアイユに声をかけながら、扉を開ける様子を窺う。


「はい!すみません!少し寝てました!」

「ううん、時間が時間だしね。急に来ちゃったし、ごめんね」

「いえ。それで、こんな時間に何の用ですか?」


 マルイの口調は昼間にキッカの案内で逢った時と変わらないもので、アイユが異変に気づいている様子はなかった。

 取り敢えず、アイユにばれる心配はなさそうで、アズマヤは部屋の中で一人、ひっそりと胸を撫で下ろす。


「実はミチカ様がクッキーを食べたいと言い始めて」

「この時間にですか?」

「そう。それで作ったんだけどね。どういうものがいいか、いろいろと聞きながら作ってたら、ちょっといろいろ作り過ぎちゃって。モモコちゃんもお一つどうかなって思って」

「この時間に……ですか……?」


 アイユの質問にマルイはかなり困った声を出していた。


 アイユがこの時間にまさかの理由で来たことよりも、この時間にクッキーを食べるという罪悪感と戦っていることは見ていなくても声から分かる。


「あれだよ?小袋に分けてるから、気に入った奴を部屋に持って帰って、明日にでも食べても大丈夫だよ?」

「あっ、ああ、そうなんですねー」


 マルイの悩みの理由に気づいたらしいアイユからの助言を受け、マルイの声は一聴しただけで分かるほどに明るいものに変わっていた。

 これは確実に貰いに行く。そう思ったアズマヤが一人、この部屋に取り残される可能性に気づいて、少しずつ不安な気持ちが膨らんでくる。


 これはいっそのこと、自分がここにいることをばらして、自分も一緒にクッキーを貰いに行く流れなのではないかと、アズマヤは一瞬考えたが、自分がマルイの部屋にいる理由をうまく説明できない以上、その行動は愚策でしかない。


 最悪、変な誤解をされて、ヒノエの中でのアズマヤの評価が地に落ちかねない。

 それは避けたいとアズマヤの中で自然と思う気持ちが強く、アズマヤは不安を抱えたまま、息を潜めることを継続していた。


 そこでその不安を察したのか、あるいは最初から考えていたのか、マルイがアイユに断りを入れた。


「では、ちょっとだけいいですか?さっきまで眠っていたので、軽く身だしなみだけ整えていきます」

「ええ?大丈夫だと思うよ?起きてたみたいに綺麗だし」

「い、いえ!?ちゃんとさせてください!」


 アイユの思わぬ一言にマルイは動揺し、変な声を出しかけていたが、何とか寸前で堪えて、そのように断りを入れてから、扉を一度、閉めていた。

 そのまま部屋の中に戻ってきたかと思えば、そこでドライヤーをつけて、響く騒音の中でアズマヤに声をかけてくる。


「このまま、アイユさんと一緒に部屋の鍵を開けた状態で出ていくので、私とアイユさんが行ってから、こっそりと部屋を出てください」

「分かりました」


 アズマヤの不安を解消するマルイの言葉に、アズマヤが安堵しながら首肯すると、不意にマルイの表情が僅かに曇って、更に言葉を続けてくる。


「それともう一つ。部屋に戻ったら鍵を閉めて、朝まで誰も入れないようにしてください」

「はい?」

「一応、何があるか分からないので」


 そう言ったマルイの言葉から、アイユが現れる直前に見せたマルイの反応を思い出し、アズマヤはマルイが何を考えているのか、ようやく察した。


 恐らく、アズマヤが明日には屋敷を出ると聞いて、アズマヤの身に何かが起きるかもしれないと考えたのだろう。

 今の発言はそれを防ぐためのアドバイスのようだ。


 アズマヤはまだマルイのようにミチカ達を疑っていないが、部屋に鍵をかけるくらいのことは確かにしてもいいのかもしれないと、取り敢えず、首肯を返しておく。


「では、行きますね」


 そう告げたマルイがドライヤーを止めて、再びアイユのところに戻っていった。


「お待たせしました。行きましょう」


 マルイがそう告げると、アイユはマルイを連れて、廊下を歩いていく。


 その間も、マルイとアイユは会話していたため、二人のいる方向や距離は部屋の中でも十分に分かり、しばらくしたら二人が完全に立ち去ったことは扉から覗くまでもなく分かった。


 アズマヤはマルイに言われた通り、鍵の開いたままの扉を開けて、マルイの部屋からこっそりと抜け出す。

 一応、マルイとアイユの声が向かった方を見てみるが、そこに二人の姿はなく、やはり、もう立ち去ったらしい。


 マルイの話を信じたわけではないが、あらぬ誤解を与える可能性もあったので、取り敢えず、見つからずに済んで良かったと安堵し、アズマヤが自室に戻るために振り返ろうとした。


()()()()()()()()()()()()()?」


 そこで不意に背後から声が聞こえ、アズマヤは驚きで目を見開きながら、慌てて振り返る速度を上げた。


 そこにはいつの間にか()()()が立っていて、どこか普段よりも冷ややかに見える視線をアズマヤに向けていた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 トントンと扉をノックする音がヒノエの意識を叩いて、ヒノエはゆっくりと瞼を開いた。

 時計を確認すれば、既に朝を迎えているようだった。


 最近は眠る度に悪夢を見ていたこともあって、一度も起きずに朝を迎えたことは珍しい。

 これもアズマヤやミチカのお陰だろうかと考え、少しだけ嬉しい気持ちになったところで、再び扉をノックする音が聞こえ、ヒノエはベッドから抜け出した。


 ノックの音に誘われるまま、部屋の扉を開けてみれば、その向こうにはキッカが立っていた。


「おはようございます。ゆっくり眠れましたか?」

「おはようございます。しっかり眠れました」

「そうですか。では早速ですが、朝食の準備が済みつつありますので、移動しましょう」

「はい。ちょっとだけいいですか?すぐに戻ります」


 キッカにそう告げてから、ヒノエは必要最低限の身だしなみを整え、再びキッカの前に戻ってくる。


「もう大丈夫です。行きましょう」


 ヒノエがそう伝えるとキッカは僅かに首肯し、隣の部屋のある方に歩き出した。


 そこではアズマヤが眠っているはずで、次はアズマヤを朝食に誘うのだろうとヒノエは思いながら、その扉を見ていた。


 しかし、キッカはその扉の前で立ち止まることなく、廊下をそのまま突き進もうとした。


「あ、あれ?アズマヤさんは起こさないんですか?」


 そう言ってから、ヒノエは自分がしっかりと眠っていた事実を思い出し、間違った考えを持っていたかもしれないと思い至る。


「あっ、もしかして、今日はアズマヤさんの方が先に起きたんですか?もう先に待っているとか?」


 それなら、少しゆっくりと眠り過ぎたかもしれないと、ヒノエが少しだけ気恥ずかしさを覚えていると、キッカがゆっくりと振り返り、感情の読み取りづらい表情でヒノエを見た。


「実は後でお伝えしようと思っていたのですが」

「はい?」

「ヒノエさんを探している超人の動きとの兼ね合いから、アズマヤさんは先ほど、もう()()()()()()()()()()()()

「は……い……?」


 キッカの告げた言葉が理解できず、ヒノエは目を丸くし、顔を僅かに引き攣らせた。


「今、何と……?」

「アズマヤさんは今朝早く、この屋敷から立ち去られました。朝食の席でミチカ様が直接お伝えになると仰っていたので、私からは言わない予定でしたが、ここで説明した方が良いかと思いましたので、お伝えしました」


 キッカの言葉の半分以上がヒノエの頭に届くことなく、耳に入った勢いのまま、反対側の耳から抜け出ていった。


「そ……うですか……そうなんですか……」


 何とか納得したような声を漏らし、ヒノエは納得させるように頷くが、一度、騒ぎ出した気持ちは落ちついてくれない。


 別れの挨拶すらなく、アズマヤは立ち去ってしまった。

 唐突に訪れたその事実に、ヒノエの心が納得してくれる気配はなく、進み始めたキッカを追いかけるように歩き出しても、抱えた動揺は膨らむばかりだった。

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