1-5.怪人組合
「天禍維……蒐作……?」
耳にした名前を確認するように口に出し、ミトの困惑は極まっていた。
恐怖さんの口にした名前はこれまでに少しも聞いたことのない名前だった。
その困惑を察したのか、恐怖さんが大仰に伸ばしていた手をテーブルの上に戻し、再びナイフとフォークを掴みながら、うんうんと頷いていた。
「君の困惑も分かるよ。全く聞いたことのない名前だろうからね。それもそのはずだ。アマガイに関する一切の情報は隠されている。名前どころか、そういう人物が存在することも、世間には知られていない」
「その知られていない人物が怪人を生み出している、と?」
恐怖さんは再び皿の上に乗せられた何かの肉をナイフで切りながら、ミトの質問を肯定するように頷いた。
「正確には怪人を生み出す手術を施しているのだけどね。もっと正確に言えば、超人も同様の手術で生み出されている」
「超人も?」
アマガイという人物が怪人を手術で生み出している。それだけでも、ミトからすれば信じられない話だった。
そこに超人も同じ手術で生み出されているという言葉が重なって、ミトの困惑は明確な疑いに変化していた。
「何を言っているんですか?超人は怪人を倒す存在ですよ?それが同じ手術で生まれているなんて……」
「あり得ない、と?ここまでの話を聞いて、君はそれがあり得ないと思うのかね?」
ミトの発言を遮るように恐怖さんが質問を投げかけ、ミトは面食らいながらも首肯した。
まさか、超人は怪人を倒す存在であるという常識まで否定するのだろうか、とミトは思ったが、恐怖さんも流石にそこまでは言わなかった。
「確かに君の言うように、超人は怪人を倒して……いや、これだと少しニュアンスが違う。正確に言えば、殺して回っているね」
「殺してって……」
「言っただろう?怪人はただ手術を受けた人間だ、と。それを倒すということがどういう意味か、知ったのなら向き合う必要がある。彼らは怪人を殺し回っているのだよ」
意図的に物騒な表現を使う恐怖さんに、ミトの表情は自然と引き攣っていた。
確かに、ここまでの恐怖さんの話が本当であり、怪人が手術によって生み出されているのなら、それを倒すということは殺すということに繋がるのかもしれない。
だが、もしも、その話を本当とするなら、前提として超人が怪人を倒している理由が分からなくなる。
いや、殺している理由だ。
何の理由もなく、無差別的に超人が怪人を殺しているとは思いづらい。
そもそも、超人とは何者なのだと、ミトが当然の疑問に行きついたところで、その心の中で浮かんだ問いを聞いたように恐怖さんが口を開いた。
「だがね。超人と怪人に違いは存在しないのだよ。生まれた経緯も、生物的な特徴も、全て同じ。要するに、超人もアマガイの改造手術を受けた人間なのだよ」
「は、い……?」
口に含んだ肉を噛み砕きながら、さも当たり前のように口にした説明を聞いて、ミトの目は大きく見開かれた。
怪人という化け物を倒す、超人という特別な人間がいる。
それがミトだけでなく、世間一般的な常識として存在していたのだが、今の恐怖さんの発言はそれをはっきりと否定するものだった。
「超人と怪人が同じ存在……?」
消化し切れない驚きを吐き出すように呟くと、恐怖さんは首肯し、ピンと指を一本立てた。
「ただ一つ、立場を除いてね」
「立場?」
「超人はね。全員、アマガイの指示の下、動いているのだよ。アマガイの部下……手先……奴隷と言おうか?とにかく、改造された人間の中でも、アマガイの下で働く者につけられた通称が超人なんだよ」
「では、怪人とは?」
「何らかの理由でアマガイの下から離反した者の通称だね。別に敵対しているかどうかは関係なく、アマガイの下から離れたら、全員が等しく怪人と呼ばれている」
「たったそれだけ?」
ミトの驚きの籠った呟きに恐怖さんは平然と頷き、残っていたスープを飲み干していた。
「それなら、超人が怪人を倒す理由って……?」
「口封じ、と言うべきかね?改造した人間の流出なんて、アマガイが望んでいるわけがないからね。情報が漏れないように、自分達の手で始末しているのだよ。そのための手先が超人という訳さ」
ミトがこれまでに聞いていた世間一般の常識とは大きく違う恐怖さんの話に、ミトの頭はとても混乱していた。
信じるか、信じないかという問題もそうだが、常識通りの思考では説明のつかない事実の存在も、ミトの頭を大きく揺さ振って、ミトの思考のまとまりを邪魔していく。
どれが真実で、どれが嘘なのか、と混乱する頭で答えを探そうとするミトだったが、その過程でふと転がった疑問の存在に気づいた。
それは恐怖さんの話を信じるにしても、解決しなければいけない当然の疑問だ。
「ちょっと待ってください。その話が本当だとしたら、改造手術を受けた人間は超人か怪人になるんですよね?」
「ああ、そうだね。手術を受けたばかりの人は正に子供と同じ。無限の可能性が広がっているね」
「でも、僕はさっき怪人になるための手術を受けたと恐怖さんに言われましたよね?どうして、超人になるための手術ではなく、怪人になるための手術と言ったのですか?」
「ああ、そんなことか」
恐怖さんは皿の上に残った肉を半分に切り分け、片方を口の中に突っ込みながら、当然のことを言うように発言する。
「君はもう怪人だからだよ」
「え、ええ……?」
ほんの少し前まで無限の可能性が広がっていると言っていた男が、その可能性を否定する発言を口にし、ミトは耳を疑った。
「いや、でも、僕はアマガイの名前すら知らなかったんですよ?まだ超人になるか、怪人になるか選択をしていないはずです」
「いやいや、言ったはずだよ。何らかの理由でアマガイの下から離反した者を怪人と呼ぶ、と。君は既に私達によってアマガイの下から連れ出され、今ここにいる。立派な怪人だよ」
肉を噛み砕く口元をニンマリとした笑みに変え、ミトに言い渡す恐怖さんの姿は悪魔のように映った。
「そんな理不尽な!?」
ミトは思わず立ち上がり、テーブルを叩きつけるが、恐怖さんの態度は崩れない。
「仕方ないことさ。私達が施設を訪れた段階で気を失っていた自分を恨むことだね。君はもう怪人と認定され、超人と遭遇すれば、彼らから命を狙われることになるだろう」
知らない間に犯罪に手を染めていた。それに近しい絶望感を懐き、ミトはガックリと項垂れた。
取り返したいと思う気持ちはあっても、ここからどうすれば取り返せるのか分からない。どうにかすれば取り返せるのかも分からない。
絶望に伸しかかられ、ガックリと頭を垂れるミトを前にし、恐怖さんは口元にニンマリと笑みを浮かべたままだった。
「まあまあ、そんなに絶望する必要はないよ。君が怪人として生きていけるように、全力で私達が協力しよう」
「協力?私達?」
「そう。怪人の地位向上を目的とした私達、怪人組合が君を歓迎しよう」
そう言いながら、ナイフをテーブルに置いた恐怖さんが、短い手をミトに向かって、まっすぐ伸ばしてきた。




