2-12.逢い部屋
アイユの案内で処置室から移動した先は客室だった。
「はーい、ここがヨースケくんが寝泊まりできるように、ミチカ様が準備した部屋だよ~」
アイユの説明を聞きながら、アズマヤが踏み込んだ部屋はホテルの一室のように整った部屋だった。
「えっ……?こんな豪華な部屋でいいんですか……?」
「豪華?そうかな?普通じゃない?」
不思議そうに呟くアイユの姿を目にし、アズマヤは二人の間に絶望的な価値観の違いが存在することを察する。
それなりの値段を払って宿泊するホテルの一室のような部屋だ。そこを自由に使ってもいいと言われるなど、豪華にも程があるというものだ。
「ここを自由に使ってもいいんですか?」
「もちろん。屋敷にいる間は好きにどうぞ。あっ、ちょっと待って。その前に……」
不意にアイユがアズマヤを止めるように言ったかと思えば、部屋の中に置かれたベッドに近づいて、何か状態をチェックし始めた。
「どうしたんですか?」
「これ、シングルベッドだけど、二人で寝れるかな?」
「ふ、たり……?」
「そう。ヨースケくんとセツナちゃん」
アイユの発言をゆっくりと理解し、アズマヤは顔中の穴という穴を大きく開いて、表面を真っ赤にした。
「ええっ!?ちょっと待ってください!?ヒノエさんと相部屋なんですか!?」
思わず叫び声を上げたアズマヤを前にし、アイユは腹を抱えながら、ケラケラと楽しそうに笑い声を上げている。
「じょーだん、冗談だよ!セツナちゃんの部屋は隣」
「じょ、冗談ですか……」
ヒノエとの相部屋が嘘だと分かり、安堵した様子のアズマヤの前では、笑いに笑ったアイユが目尻に浮かんだ涙を拭っていた。
「いやー、まさか、ここまで思い通りの反応をしてくれるなんて」
アイユの呟きを聞いたアズマヤが少し睨むようにアイユを見やって、アイユの発言を制するように言う。
「あんまり揶揄わないでください」
「ごめんごめんって。それより自由に過ごしてもいいけど、あんまり激しい運動とかはしないでね。治療したとはいえ、治ったわけじゃないから、また傷が開くかもしれないから」
「それは分かってますが、激しい運動とは?」
ここで不意に筋トレを始めると思われているのだろうかと思い、アズマヤが自身の身体に目を向けていると、アイユがそそくさと近づいてきて、アズマヤの耳元で囁いた。
「ほら、隣にセツナちゃんがいるから、自由に行き来できるでしょ?」
ニヤニヤと笑いながら口にするアイユを見ながら、今度は赤面することなく、アズマヤは大きく溜め息をついた。
「だから、あんまり揶揄わないでください」
「あれ~?もう終わっちゃった?」
「流石にそう何度も同じ反応はしませんよ」
「なーんだ。じゃあ、また忘れた頃に言おうかな」
反省の色が一切見えない呟きにアズマヤが呆れた顔をする中、アイユは部屋の扉の方に足を向けた。
「じゃあ、私は帰るねー。怪我を治すために、ゆっくりすること!分かった?」
「はい、分かりました。怪我の治療、改めてありがとうございました」
アイユの揶揄い癖には困らされたが、怪我の治療をしてくれた点は本当にありがたい。
その気持ちから改めてお礼の言葉を口にすると、アイユは笑って「どういたしまして~」と口にしながら、部屋から出ていった。
その姿を見送って、与えられた部屋を少し見回ってから、ゆっくり休もうとアズマヤが考えていると、不意に部屋の外から人の声が聞こえてくることに気づく。
耳を澄ませてみたら、それは部屋を出たばかりのアイユで、誰かと話しているようだ。
話し相手が誰かと思っていると、その話し相手らしき人物の声が聞こえ、アズマヤは思わず扉の方に歩いていた。
廊下に出るとすぐ目の前で立ち話をするアイユと、その向こうにヒノエの姿を発見した。
「あっ、アズマヤさん!」
不意にヒノエがアズマヤを発見し、名前を呼んだことでアイユがこちらを振り返った。
そこでヒノエの後ろに、リムジンを運転していた女性も立っていることに気づくが、アズマヤの意識はそれどころではなかった。
「ヒノエさん……?その格好は……?」
アズマヤがそう呟くと、ヒノエは自身の服に目を落とした。
屋敷に来るまでにヒノエが着ていた服はそこになく、今は淡い水色のような色合いをしたワンピースを身にまとっている。
「これは服がボロボロだったので、ミチカさんが用意してくれました」
そう話すヒノエの顔には、これまた屋敷に来た時には見られなかった化粧が施され、アズマヤは思わず見蕩れてしまう。
「あっ、その足……!」
そうかと思えば、視線を下げたヒノエがアズマヤの足に気がついて、表情をパッと明るくさせた。
「もう歩けるんですか!?」
「えっ……?あっ、はい……」
「私がちゃんと歩けるようには治療いたしました!」
「す、凄い……!ありがとうございます!」
ヒノエが感激したように頭を下げると、アイユは満更でもなさそうに頷いている。
「もう大丈夫だろうか?」
不意にヒノエの後ろから声が聞こえ、アズマヤ達の視線がそちらに向いた。
そこにはリムジンを運転していた女性が立っていて、ヒノエに確認を取るように聞いている。
「部屋に案内したいんだが?」
「ああ、ごめんなさい。お願いします」
「話しかけちゃって、ごっめんね~」
ヒノエとアイユがその女性に謝る中、アズマヤはぼうっとしたままの視線で、その女性を見つめてしまう。
「あっ、あの、アズマヤさん。この方は踏鞴目菊果さんと言って、ミチカさんの運転手とかをしている方です。今は部屋の案内をしてくださっていて、屋敷にいる間はお願いも聞いてくれるとかで」
アズマヤの視線から何者かと疑問に思っていると思ったのか、ヒノエがそのように説明してくれた。
アズマヤが軽く会釈するように挨拶すると、キッカも同じように軽く会釈を返してくる。
「ミチカ様から貴方のお願いも聞くように言われている。困ったことがあれば、声をかけて欲しい。後で内線の番号を教える」
「あっ、はい。ありがとうございます……」
アズマヤがキッカに頭を下げると、キッカは案内を再開し、アズマヤの隣の部屋にヒノエを招き入れていた。
ぼうっと立ち尽くしたまま、その姿を見送っていると、不意にアイユがアズマヤの耳元に口を近づけ、囁くように言ってくる。
「惚れちゃった?」
「なっ!?急に何ですか!?」
急なアイユの発言に戸惑いながら、赤面したアズマヤは必死にかぶりを振って、アイユの言葉を否定する。
「そんなわけないじゃないですか!?」
「アハハ!だよね~」
慌てふためくアズマヤを見ながら、楽しそうに笑っていたアイユだが、不意に笑みが消えたかと思えば、真面目な顔でアズマヤの顔をじっと覗き込んでくる。
「さっきも言ったけど、私はヨースケくんとセツナちゃんはここで別れた方がいいと思ってるからね。ヨースケくんがセツナちゃんのことを好きになったとしても、あんまり怪人との恋はお勧めできないし、それが一番だと思うよ」
「それは……もちろん、分かってます。俺がいても、ヒノエさんの足を引っ張ることになると思うんで」
「そう……なら、よし!ごめんね、何度も言っちゃって。別に二人が嫌いとかじゃないから、そこは誤解しないでね」
「はい、大丈夫です」
ニコニコと笑顔を浮かべたまま、去っていくアイユを見送りながら、アズマヤは再度、アイユから言われたことを思い浮かべる。
ヒノエとはここで別れる。ただの人間であるアズマヤと怪人であるヒノエの関係を考えたら、それが一番だ。
そう改めて思いながら、アズマヤは与えられた自室に戻っていくが、そこに若干の寂しさのようなものが生まれていることに、アズマヤはほんの少しだけ動揺した。




