2-11.ドレスアップ
「ここよ、入って」
そう言われ、ミチカに促されるまま部屋の中に踏み込み、ヒノエはそこに広がる光景に驚愕していた。
「こ、ここは……?」
「衣装部屋よ。流石にずっと、そのままでいるのも何でしょう?好きな服を選んで頂戴」
ミチカの案内で踏み込んだ部屋の中には女性物の服が一面に並べられていた。
天井からぶら下がったレールにハンガーで服がかけられ、部屋の全体像が見えないほどの密度で服が並んでいる。
「この中から選んでいいんですか?」
「ええ、どうぞ。安心して。全部、新品だから。サイズもいろいろあるし、入らないことはないと思うわよ」
ミチカの説明を聞きながら、ヒノエは目の前にかけられた一着の服を手に取った。
それは明るい色合いをしたカジュアルなドレスで、その隣にはシックな色合いのワンピースがかかっている。
僅かに服を掻き分けて、部屋の奥の方に並べられた服を見やると、そこには着物のように見える服もあって、その種類の幅の多さにヒノエの中で驚きは積み重なっていく。
「服を選んだら、お化粧をするのもいいかもしれないわね。うちの会社の化粧品は一通り揃ってるし、良ければ私がするわよ」
「えっ!?」
驚いた表情で服を選ぶヒノエを眺めながら、ミチカが口にした発言を耳にし、ヒノエの手は思わず止まっていた。
「い、いえ、そんなことまで……!大丈夫ですから……!」
流石に何から何まで世話になるわけにはいかないとヒノエは断ろうとするが、ミチカはやや不機嫌そうにかぶりを振って、ヒノエにゆっくりと近づいてくる。
「とても綺麗な肌だからこそ、少しはお化粧も必要よ。無防備に晒して、傷ついたら大変」
そう言いながら、ミチカはヒノエの頬を優しく撫でるように触れ、そこで驚いたように目を見開いた。
「冷たっ!?大丈夫!?凄く冷たいわよ!?」
「ああ、はい。大丈夫です。これが私の怪人としての特徴なんです」
身体から漏れ出る冷気のことをミチカに説明すると、ミチカは驚いた顔をしながらも、何かに納得するように頷いていた。
「ああ、それでヨースケくんの足の傷は少し凍っていたのね」
「そうです。あれは……」
そう言ったヒノエの頭の中で、パワーに対して我を失った時のことが思い浮かび、ヒノエの中に罪悪感が膨らんだ。
「あれは……私の所為なんです……」
「セツナちゃん?どうしたの?」
ミチカが心配した目で見つめてくる前で、ヒノエは抱えた罪悪感に押し潰されるように項垂れ、アズマヤにしてしまったことを思い返す。
「私、気持ちが昂ると、うまく冷気を操れなくて、それでアズマヤさんを傷つけてしまったんです……それが本当に申し訳なくて……」
罪悪感に顔を歪ませるヒノエを前にし、ミチカは口を固く閉じ、何かを深く飲み込むように頷いてから、ヒノエの頭をゆっくりと撫でてきた。
「大丈夫。きっとヨースケくんはセツナちゃんの所為で傷ついたなんて思ってないわよ」
「それは……そうだとしても、私は自分を許せないんです……」
アズマヤがどう思っていても、アズマヤを傷つけた事実は変わらない。
その事実を抱え込み、誰よりヒノエ自身がヒノエを強く責め続けていた。
「セツナちゃんは自分を許せないのね。やっぱり、怪人がヨースケくんみたいな普通の人間と一緒にいることはとても難しいから、それも仕方ないわね」
「そう、なんですか……?」
「傷つけるつもりがなくても傷つけてしまう。そういうことは良く聞くわね。怪人同士だとお互いに可能性があるけど、普通の人間が相手だと自分だけが傷つけてしまう。そういうところに強い罪悪感を懐いて、苦しむ怪人は結構多いのよ」
自分と同じように誰かを傷つけてしまった怪人がいる。
その事実はヒノエの心を少し和らげるようで、その事実に和らぐ自分の気持ちが許せないようでもあった。
「ヨースケくんにはヨースケくんの生活があると思うし、この屋敷で少し落ちついたら、セツナちゃんは他の怪人のところに行く方がいいと思うわ。そうしたら、セツナちゃんの不安定な力もコントロールできる手段が学べるかもしれないしね」
「力のコントロール……そういう可能性もあるんですね」
元よりアズマヤとは駅で別れる予定だった。
そこにパワーやブラックドッグが現れ、予定は大きく狂ってしまったが、これ以上、アズマヤを巻き込むわけにもいかない。
自身の力をコントロールできる可能性もあるなら、一人で他の怪人のところに行く道を選ぶべきだろう。
「そうですね。落ちついたら、そうしようと思います」
「うん、それがいいと思う。じゃあ、せっかくだし、別れる前にヨースケくんとたくさん話せるように、二人に泊まってもらう予定の部屋は一部屋にしておこうか?」
不意にミチカがヒノエの頭の上から手を退けて、そのように言ってきたことにヒノエは目を白黒させた。
「えっ……?あい……?」
ヒノエの頭はゆっくりとミチカの言葉を理解し、その進行度を示すようにヒノエの顔はゆっくりと赤くなる。
「そ、そんな必要はないです!?別々の部屋で、できれば、お願いします!」
ヒノエが慌てて両手を振り回しながら、ミチカの提案を拒否すると、ミチカは暴れるヒノエの様子にケラケラと笑い出した。
どうやら、ヒノエはしっかりと揶揄われたらしい。
「流石に年頃の男女を一つの部屋に押し込むことなんてしないわよ。ほら、着替えて、お化粧をしたら、キッカに案内してもらうから、早く服を選んで」
そう言いながら、ミチカは衣装部屋の入口に僅かに視線を向け、そこに立っている一人の女性を確認するように見た。
それはヒノエやアズマヤをここまで連れてきたリムジンを運転していた女性だ。
「あの……あの方は?」
「ああ、紹介してなかったっけ?彼女は踏鞴目菊果。私の運転手兼ボディーガード的な子で、しばらくは私も屋敷で仕事をするから、その間、セツナちゃん達の使用人的なことをしてもらおうと思って」
「使用人、ですか……?」
「そう。この屋敷は広いし、何が何だか分からないでしょう?そういう時はキッカに言いつけてくれたら、いろいろとサポートするように言っておくから」
「そんなことまで……」
ヒノエが様子を探るようにキッカを見ると、視線に気づいたキッカが表情を変えることなく、僅かに頷いた。
キリッとした表情やスラッとした佇まいなど、そこにいるキッカの姿にヒノエは自然とカッコイイと感じる。
「それよりもセツナちゃん。早く服を選んで、二人に泊まってもらう客室にヨースケくんも案内するようにアイユに言ってあるから、早く着替えないと待たせちゃうわよ」
ミチカに急かされ、ヒノエは慌てて服に目を向け、そこにかかっていた爽やかな青系のパステルカラーのワンピースを手に取って、ミチカの前に見せていた。
「じゃ、じゃあ、これで……!」
「よし、決まったなら向こうで着替えよう。ついでに私がお化粧をしてあげるから」
そう言って、ミチカはヒノエの背中を押して、衣装部屋の中を移動し始める。
その強引さに面食らいながらも、ヒノエは大人しく言われるままに着替え、ミチカに化粧を施されるのだった。




