2-6.急がば回れ
ヒノエを駅まで送ることが決定し、さっきとは違う駅に二人は向かうことになったのだが、アズマヤは目的の駅とは違う方向に歩き出し、ヒノエを案内し始めた。
単純に駅まで直行で送ること自体は可能だが、ブラックドッグがどこで追いかけてくるか分からない。パワーもいつまでも気絶しているとは思えない。
どこかであの二人が追いかけてくる可能性があるなら、できるだけ二人が追跡できないように、移動経路を分かりづらくする必要がある。
可能な限りの迂回をしてから駅に向かうことを決めて、アズマヤはヒノエと共に歩き出した。
その道中、アズマヤはせっかくなので、ヒノエに質問を投げかけてみることにした。
ここまで気になってはいたが、聞いていいか分からなかったことをもうすぐ別れるから、という理由で、ここでぶつけてみることにする。
「その、あの二人から逃げてまで、ヒノエさんがどこに向かっているか聞いても大丈夫ですか?」
アズマヤがそう問いかけると、隣を歩くヒノエは少し迷ったような顔をしてから、ぽつりと話し始めた。
「実は私の母の体調があまり良くなくて」
「病気、ですか?」
「はい。心臓が悪くて、三年ほど前から入院しているんです」
「では、そのお母様に逢いに行こうとしてたんですか?」
「はい」
ヒノエがどこか切羽詰まった様子で急いでいることは見ているだけでも分かった。
何かとても大事な用事があるのだろうとは思っていたが、アズマヤの想像よりも事実は重く、ヒノエの焦りの向こうにアズマヤの知らない情報が隠れている気がした。
「毎日、お見舞いに行ってたんです。それがしばらく行けなくなって、きっと心配していると思うし、何より、私が心配だから、どうしても最初に見に行きたくて」
ヒノエの目的がはっきりと見え、アズマヤはヒノエを絶対に駅まで送り届けると、心の中で改めて決意していた。
その一方で、ヒノエの話の中に見え隠れするアズマヤの知らない常識が割って入って、アズマヤの思考が少し乱される。
ヒノエはしばらく母親の見舞いに行けていないと言っているが、それはさっき言った怪人になったという経緯が原因だろう。
そうは思うのだが、アズマヤの知っている怪人は少なくとも、途中でなるものではなく、最初からそういう存在であるはずだ。
その疑問を解消するために、アズマヤは改めてヒノエに聞いてみることにした。
「その、さっきも聞いたんですけど、怪人になるってどういうことですか?怪人って最初からそういうものじゃないんですか?」
アズマヤの何かを疑う目にヒノエは少し戸惑った様子でかぶりを振った。
「私も詳しくは分からないんですけど、少なくとも、私は少し前まで本当にただの人間だったんですよ」
「それが今は怪人に?」
「はい。少し前に事故に遭って、それから気づいたら、怪人になっていました」
「それは事故に遭ったから怪人になったんですか?」
怪人になってしまう事故と言われても、アズマヤの中には想像もつかないが、今の話の流れから汲み取るにそういうものがあるのかもしれない。
そう思いながらアズマヤは質問したが、ヒノエからの返答はノーだった。
「いえ、そうじゃなくて、事故に遭ったことで私、かなりの重傷を負ったそうなんです。それこそ、すぐに手術しないといけないくらの怪我で。何があったのか、ちゃんと覚えてないんですけど」
ヒノエが困惑したように笑い、アズマヤも同じように困惑した。
事故に遭ったことで怪我をした。手術が必要なほどの怪我で、その怪我を負った結果、怪人になっていた。
今の説明から読み取るとそういう話だが、怪我を負ったことと怪人になったことがアズマヤの中で繋がらない。
そう思っていたら、そこを繋げるワードをヒノエが口にした。
「その怪我を治すために、私は手術を受けたそうなんです。それが怪人に改造する手術だったみたいで」
「は、い……?」
アズマヤは動揺を目に宿しながら、ヒノエの口にした言葉に首を傾げた。
怪人に改造する手術、とヒノエは間違いなく言った。そう聞こえた。
だが、それがどういうことなのか、アズマヤの頭は言葉の意味以上にヒノエの言語そのものを正しく処理できている気がしない。
「怪人に改造する手術……?それはあれですか?特撮とかで見る改造手術的な?」
「多分、そういうことだと思います。私は怪我を負って、気を失っている間に受けたそうなので、詳細は分からないんですけど、きっとそうだと」
「ちょっと待ってください。それってつまり、怪人は人が生んでいるということですか?」
混乱するアズマヤからの問いにヒノエは「多分」と返答し、アズマヤは動揺を隠せなかった。
人が怪人を生み出すと言われても、そのようなことが可能なのかとアズマヤの頭は訴え、その可能性をアズマヤは正しく判断できない。
「私も最初は信用できなかったんですけど、事故に遭う前は絶対になかった。この身体から漏れ出す冷気の存在に気づいて、それは信じるしかなくて」
「冷気……?」
そう言われ、アズマヤはヒノエに触れた時、ヒノエの身体が異様に冷たかったことを思い出した。
「その冷気って所謂、怪人が持つ特別な力ですか?」
「多分、そうだと思います。自分でもあんまりコントロールできないんですけど、少しなら温度とか量も変えられるので」
自分の手を見つめながら、そのように呟くヒノエの姿を目にし、アズマヤはさっき逢った二人の超人のことを思い出していた。
一人はルーレットという訳の分からないことを言い出した結果、外れを引いて気絶し、もう一人は犬の姿で喋っていた。
あれもアズマヤの常識にないことで、冷静になって考えてみれば、今のヒノエの様子とあまり大きく変わった部分が見て取れない。
もしも怪人がアズマヤの常識の中にある怪人と大きく違い、ヒノエの言うように人の手で作られた存在なのだとしたら、あれらの超人との区別はどこにあるのだろうかとアズマヤは思った。
怪人が人の手で生み出され、超人は自然的に力を手にした。
そう考えたら、超人が怪人を始末することに説明がつくようで、一部に納得のできない部分も生じる。
その中でもアズマヤが疑問に思った部分は、二人の超人がヒノエを追っているようだった点だ。
あれはまるで怪人となったヒノエの存在を最初から把握し、そこにいると分かっていた様子だが、超人が怪人の存在を最初から知っているなら、そこから見逃す理由が分からない。
アズマヤはヒノエから聞いた新たな常識に頭を悩ませ、怪人と超人という存在に何とか答えを導き出そうとした。
その苦悩する様子に気づいたのか、不意にヒノエがアズマヤの名前を呼んだ。
「あの、アズマヤさん」
「は、はい?」
「このことは口外しないで頂けますか?話しおいて悪いのですが、怪人がどういう存在なのかとか、そういうこともあまり考えて欲しくないんです」
「えっ?それはどうして?」
「アズマヤさんがいらない争いに巻き込まれてしまうかもしれないからです」
怪人という存在が世間の常識と違っている以上、世間の常識の中にあるあらゆる部分、特に近しい超人の存在については疑問が生じる。
その疑問を追及することで、アズマヤに新たな危険が及ぶかもしれない。ヒノエはその点を危惧したらしかった。
元から考えてもアズマヤの頭で分かるかどうか怪しいことだ。答えが出たところでアズマヤにできることもあるとは思えない。
「分かりました。これは秘密にしておきます」
そう約束し、アズマヤはヒノエに安心してもらうことにした。
心の底から全く考えないと言えるかは分からないが、少なくとも、前向きに考えることはないと思う。
触れ方の分からないものに触れるには、まだ少し動機も証拠も足りない。
人工的に怪人を改造手術で生み出していることが真実なら、それは暴かれるべき秘密かもしれないが、その秘密を暴く手段も、その秘密が実際にそうである確証も今のアズマヤにない以上はここで口を閉ざすことが唯一の手段であることも間違いはない。
アズマヤの中に少量の疑念が誕生しながらも、ヒノエとの約束を守るように頭の中から考えても分からないことを消し去ろうとしたアズマヤの前に、ようやく目的とする駅が見えてきた。
迂回をしたこともあって、それなりの時間がかかってしまったが、何とかヒノエの体力は持ったようだ。
「あ、あの、本当にありがとうございました」
駅を前にし、ヒノエが心からの感謝を告げるようにアズマヤに頭を下げてくる。
それにかぶりを振って、アズマヤはヒノエから聞いた目的地のことを思い出した。
「お母様と無事に逢えることを祈っています」
アズマヤが伝えると、ヒノエは笑顔で頷いて、もう一度、アズマヤに頭を下げてから、駅の方に歩き出そうとする。
そこで声がした。
「ようやく追いついた。随分と回りくどい道を通ったんだな」
その声にヒノエの足が止まり、アズマヤとヒノエの表情は同時に固まっていく。
「まあ、仕方ない!道に迷ったんだろう!」
そこに元気に叫ぶような声まで加わって、アズマヤの身体から血の気が引いていく感覚があった。
「さあ、もう逃がさない」
「正義の制裁だ!」
アズマヤとヒノエの背後で、パワーとブラックドッグがそう言った。




