2-1.運命の出逢い
出逢いは中学生の頃だった。
当時通っていた中学校の敷地内で猫の鳴き声を聞いたことが発端だった。
学校の中で猫の鳴き声を聞くことなどそうそうない。何事かと思いながら、鳴き声の聞こえる場所を探ろうと、校庭の一角にある茂み付近に足を踏み入れた。
そこで自分と同じように、探るように茂みに近づいてくる男子生徒を発見した。
それが三頭晴臣だった。
ミトの方も自分以外にもう一人、猫の鳴き声に引かれた生徒がいることに気づいて、こちらに微笑みながら、唇の動きだけで見つけたかと聞いてきた。
それにかぶりを振って、二人は揃って慎重に茂みの中を探っていき、その中に座り込む一匹の子猫がいることに気づいた。
子猫は何があったのか、足に怪我を負っていて、自力で歩けなくなっていたらしく、二人が覗き込んでも、視線に怯えるように逃げようとするだけで、実際に逃げられてはいけなかった。
「怪我してる……」
ミトは小さな声で呟きながら、子猫に優しく手を伸ばした。
警戒する子猫が威嚇と思われる声を上げても、ミトは気にすることなく、子猫を包み上げるように持ち上げる。
それに抵抗するように、子猫は小さな手でミトの手を引っ掻いて、そこに小さな傷を作っていたが、ミトは痛みから僅かに顔を歪ませるだけで、変わらず子猫に微笑みかけていた。
「その子をどうするんだ?」
「取り敢えず、先生のところに連れていくよ。それから、怪我を見てもらえるように頼んでくる」
「なら、俺も行くよ。俺も見つけた一人だし、その子が心配だから」
そのように告げると、ミトは驚いた顔をしながらも、嬉しそうに微笑んで、二人は子猫を職員室に届けることにした。
その出来事をきっかけにミトとは話すようになり、ミトが猫だけでなく、動物全般を好きでいることや、その好きが高じて、今では動物保護施設のボランティアにも足を運んでいることを知った。
その動物に対する愛情や普段の振る舞いを見ていく中で、ミトに対する一つの印象が決定づけられた。
三頭晴臣は良い奴である。
それが東野耀介のミトに対する印象の全てだった。
◇ ◆ ◇ ◆
ミトがボランティアのために通っていた動物保護施設で事件が起きたことは知っていた。
何者かが侵入し、職員の他、施設にいた動物を殺害し、逃走しているらしい。
警察は現在も犯人を追っているらしいが、その事件を知る少し前から、ミトが学校に来なくなったことや連絡が取れなくなったことの方をアズマヤは気にしていた。
どうしたのだろうかと思いながら、家にも訪ねてみたが、ミトは不在である上に、詳しい説明はできないと言われ、ミトに何があったのか、アズマヤの中で疑問は募っていた。
その中で警察が学校を訪問し、アズマヤに話を聞きたいと言ってきたことは驚きでしかなかった。
何の話かと思ったが、それがミトの通っていた動物保護施設での一件だと分かり、アズマヤの中で目の前の刑事に対する不信感が募った。
これは何を聞こうとしているのだろうかと思ったところで、刑事の一人が口を開いた。
「この施設にボランティアとして、三頭晴臣という高校生が通っていたそうなんだ。君の同級生で、聞くところによると君は友人だとか?」
「ええ、まあ。ミトとは中学の頃からの友達ですけど?」
「そうか。それで最近、そのミトくんと連絡は取った?」
「いえ、ちょっと前から連絡が取れなくなって、心配してますけど」
アズマヤの返答を聞いた刑事が何かに納得したように頷き、アズマヤを見てくる。
その視線が不気味に映って、アズマヤは不快感を覚え始めていた。
「連絡が取れる前のミトくんはどんな様子だった?ボランティア先での不満とか漏らしてなかった?」
「そんなこと言う奴じゃありません」
「本当に?人間関係とか、何も言ってなかった」
「……何が聞きたいんですか?」
刑事の質問にアズマヤは明確に不快感を露わにしながら、そのように聞いていた。
その態度を見た刑事が誤魔化すのは無理と判断したのか、ようやくアズマヤから話を聞こうとした理由の説明を始める。
「実は事件が起きてから、そのミトくんだけ所在が分かってないんだ。家にも帰っていなくてね。今はどこにいるのだろうと探しているんだよ」
「あいつを疑っているってことですか?」
その問いに刑事は首肯し、アズマヤは声を荒げながら、かぶりを振った。
「あり得ない!ミトがどれだけ動物を愛しているか知ってますか?そのミトが施設の職員を殺すとか、保護されてた動物を殺すとか、絶対にあり得ない!」
アズマヤは断定的に告げるが、刑事の態度は変わらなかった。
「あいつが犯人だという証拠があるんですか?あいつを犯人だと疑うなら、証拠を見せてください!」
アズマヤが問い詰めるようにそう告げると、刑事の一人がアズマヤを落ちつかせるように掌を見せてきた。
「まあまあ、確かに証拠はないよ。だけどね。ミトくんが過去にやったことを考えたら、可能性は否定できないんだよ」
「過去にやったこと?」
怪訝げに眉を顰めるアズマヤの姿を目にし、刑事は驚いた様子だった。
「あれ?もしかして、君は知らないの?」
「あいつが何をやったんですか?」
「小学生の頃、猫を虐めていたという理由で、近所の子供に重傷を負わせたんだよ。それも三人も」
「は、あ……?」
それはアズマヤが聞いたことのないミトの話だった。
「嘘、ですよね?それって、本当にミトがやったことですか?」
「本人も認めていたそうだし、これは間違いない。落ちていた石で殴打したようだよ」
ミトが猫を守るために子供を殴った。
そう聞くと確かにあり得る話ではあるとアズマヤは思った。
動物を愛するミトの中で、人間の立ち位置が他の動物より少し低いと感じる瞬間はあった。
それでも、現実にその事実を突きつけられると、どうしても動揺は隠せなかった。
「まあ、もしもミトくんから何か連絡があったら、警察に連絡を」
これ以上は聞いても無駄と思ったのか、これ以上は聞けないとアズマヤの様子に判断したのか、刑事は最後にそれだけ頼み、その日は帰っていった。
しかし、刑事が帰ってからも、アズマヤの中では聞いてしまったミトの過去が残り続けて、誤魔化せないほどの動揺を与えていた。
もしかして、ミトが本当に施設で、とほんの一瞬だけでも、そう考えかけた瞬間、アズマヤは自分自身に耐え切れないほどの嫌悪感を覚えていた。
◇ ◆ ◇ ◆
ミトが犯人ではないと思っていたとしても、ミトと連絡が取れないだけでなく、家にもいない事実はアズマヤも気になった。
ミトの過去のことを忘れるように、今のミトはどうしているのかと考えながら、アズマヤは学校から自宅に帰るため、駅に向かっている最中だった。
駅近くの交差点で信号待ちをしながら、ミトのことを考えている時、同じように信号待ちをしている一人の女性が目に入った。
透き通るような肌をした綺麗な女性だったのだが、その服は少し汚れ、山の中を駆けてきたのかと思うほどだった。
それだけでなく、表情はあまり優れず、呼吸している様子はどこか息苦しそうでもある。
明らかに体調が悪そうに見えるが大丈夫だろうかとアズマヤが思っていると、まだ信号が変わっていないというのに、その女性の身体が動き出した。
「いや、まだ……」
赤信号だと告げる前にアズマヤは気づいた。
女性は歩き出そうとしたのではなく、立つこともできなくなったように、その場に倒れ込もうとしているようだ。
「危ない!」
咄嗟にアズマヤは手を伸ばし、倒れかけた女性を支えるように身体を抱き止めた。
その間も目の前では交差点を通る車が通過し、もう少しで轢かれていたとアズマヤはヒヤッとする。
「大丈夫ですか!?」
アズマヤが女性に声をかけると、女性はやや疲れた様子で振り返り、アズマヤを見てきた。
「す、すみません……ありがとうございます……」
か細いながらも透き通るような声で、女性は微かにそう告げた。




