1-34.ミッションコンプリート
「おかしい。ヒメノさんに繋がらない」
スマホを片手にミトの近くまで戻ってきたヤクノが怪訝げに眉を顰めていた。
「ソラは?」
ヒメノとソラは共に行動しているはずだ。ヒメノに繋がらずとも、ソラに連絡が取れれば、ヒメノの安否は確認できる。
そう思ったのだが、既にヤクノは試したらしく、小さくかぶりを振る。
「何かあったのかもしれない。向こうと合流する必要がある」
「澄森真央はどうするの?ここに放置するの?」
この場から立ち去ろうとするヤクノを慌てて呼び止め、ミトが足元のスミモリを手で示した。
若干の同情が芽生えたからではなく、単純にミト達がこの山を訪れた理由がスミモリだ。
そのスミモリを放置し、ソラとヒメノを探しに行っても問題ないのか分からない。
足を止めたヤクノは振り返り、ミトの示すまま、倒れるスミモリを一瞥してから、面倒そうに舌打ちをする。
「ノーライフキングがいた。俺がここに来る前に動けないようにしてきたが、それもいつまで続くか分からない。ヒメノさん達に何かあったとしたら、すぐに助けに行くべきだ。その死体よりもヒメノさん達の方が大切だ」
向けられる殺意か、普段の振る舞いか、ヤクノが素直に大切と表現するとは思っていなかったミトは、ヤクノのその真に迫った発言に驚きを感じた。
堂々と言い切ったヤクノがその場から歩き出そうとする姿を目にし、ミトは慌ててその隣まで駆け寄る。
「スミモリが気になるなら、お前は来なくてもいい。あそこで見ていろ」
「ううん。君が僕のことを恨んでいても、僕が君を嫌う理由はないし、君の今の考えは僕も凄く分かるものだったから、二人を助けに行くなら、僕も一緒に行くよ」
ヤクノに対する印象はあまり良いものではないが、それは嫌っているという意味ではなく、恐れているという意味でのことだ。
ソラ達をはっきりと大切と言い切れる今の姿もそうだが、慕っていたハヤセを殺され、殺したいほどに恨んでいる相手だとしても、仕事をこなすためなら、役目を任せる気概など、ミトがヤクノを好きになる理由はあっても、嫌う理由自体はない。
何より、今のヤクノの考えはミトも強く賛同するもので、ヤクノの恨みに振り払われても、ミトはしがみついていくつもりでいた。
寧ろ、その恨みがあるからこそ、ミトはヤクノのために動こうとも考えていた。
「……勝手にしろ」
そう言ったヤクノの言葉に甘えて、ミトがヤクノと一緒に歩き出そうとした瞬間のことだった。
向かう先から僅かに足音が聞こえ、ミトとヤクノは足を止めた。
ゆっくりと耳を欹てて、その音が気のせいではないことを確認してから、ヤクノがミトに屈むように指示を出してくる。
その指示に従ったミトとヤクノが木陰に身を潜めるように、ゆっくりと屈み込んだ。
その間にも足音はどんどんと接近し、ミトとヤクノは息を呑んだ。
相手が誰であるか分からないが、場合によっては先に仕掛けるかとも考え、二人が警戒する中、足音がすぐ近くに迫って、ゆっくりと人影が見えてくる。
それはソラとヒメノだった。
「ヒメノさん!?ソラ!?」
その姿を確認したヤクノが木陰から飛び出し、二人に声をかけた。
二人の視線は揃ってこちらに向いて、ミトとヤクノの姿を確認したのか、ほっとしたように笑みを浮かべる。
「良かった。二人共、無事やったみたいやね」
「俺達は無事ですけど、ヒメノさん……」
呆然とした様子でヤクノが呟くのも無理はなかった。
ヒメノは自力で立てないのか、ソラに肩を貸してもらう形で、何とか歩いている状態だった。
「何があったんですか?」
ヤクノが心配した目で聞くと、ソラが申し訳なさそうに俯いて、ぽつりと説明し始める。
「その……超人と逢って……それで逃げるために、私がヒメノごと電気で攻撃を……」
「しゃあないねん。ノーライフキングに捕まってしもたから、私がソラに頼んだの」
落ち込むソラを励ますようにヒメノが言い、ヤクノは納得したのか、少しだけ安心した顔をしていた。
何とか、ミト達は全員が無事のまま、合流することができたらしい。
「それでスミモリは?」
ヒメノの質問にミトとヤクノが思い出し、二人を案内するように来た道を戻り始めた。
少し歩いたところでは赤い血溜まりの中に倒れたスミモリがいる。
「これは死んどるん?」
「はい。自分の毒に耐えられなかったようで、今も表面に毒が」
ヤクノの説明を聞いたヒメノがスミモリを観察するように眺めてから、ソラの抱える自身の持っていた鞄を指差す。
「ソラ。そん中に水の入ったペットボトルとかあるから、それをぶっかけて、洗い流してくれへん。いつ超人共がやってくるか分からんから、できるだけ急ぎめで」
ヒメノの指示を聞いたソラが首肯し、ヒメノをヤクノに預けてから、持っていた鞄に手を突っ込んで、中からペットボトルを取り出した。
それを倒れるスミモリにかける姿を見てから、ヒメノがミトとヤクノに目を向けてくる。
「二人共、お手柄やね。これで遺体を回収できたら、今回の一件はうちの武器になる。仕事は成功や」
微笑みながらミト達を褒めるヒメノの言葉を聞いて、ヤクノがやや機嫌が悪そうに視線を逸らした。
「俺は何もしてませんよ。そいつがいなければ、今回は途中で見逃して終わってました。そいつの成果です」
そう言いながら、自身を指差すヤクノを見て、ミトは面食らっていた。
まさか、ヤクノが自分を褒めるようなことを言うとは思っておらず、どのようにリアクションを取ればいいのか分からなかった。
「い、いや、僕こそ、ただ追いかけていただけで、何にもできてないし、次はもっと役に立てるように頑張ります」
そう宣言しながら、ミトはソラに洗われるスミモリを見下ろし、そこに重なる自分の姿をもう一度、見た。
立場次第ではどうなっていたかは分からないが、今のミトはスミモリの側ではなく、こちら側に立っている。
その違いが何を意味するのか、その違いで結末は変わるのか分からないが、少しでも自分の為せることをしようとミトは改めて誓う。
少しでも、これ以上の後悔はないように。
ミトは罪も悲しみも全て背負って、怪人組合に所属する怪人として、ここから生きていく覚悟を再び決めた。
◇ ◆ ◇ ◆
何度目かの呼びかけと何度目かの揺さ振りに反応し、ゆっくりとウェイトレスの瞼が動いた。
静かに目と目が合って、困惑したように視線を彷徨わせる姿を前にし、ノーライフキングは微笑みを浮かべる。
「おはよう」
その一言に自身の失態の数々を思い出したのか、一瞬で顔を青くしたウェイトレスが飛び起きて、ノーライフキングの前で盛大に土下座をした。
「すみませんでした!」
「いいよ。謝らなくて大丈夫だよ」
ノーライフキングはそう告げるが、ウェイトレスの気は晴れないのか、慌てて辺りを見回してから、焦った様子でノーライフキングに言ってくる。
「あの……!怪人達を急いで追いかけます!まだ間に合うかも……!」
ウェイトレスはすぐさま飛び出し、スミモリや他に遭遇した怪人達を追いかけようとしていたが、それを止めるようにノーライフキングがウェイトレスの腕を掴んだ。
「ああ、もういいよ。君が目覚めるまでに時間が経ってしまったし、今から追いかけても多分、追いつかないよ」
「そ、それは……本当にすみません!」
ウェイトレスが再び土下座を噛まし、ノーライフキングは微笑みながら、かぶりを振る。
「いやいや、大丈夫だって。確かに怪人は逃がしてしまったけど、別に収穫がなかったわけじゃないから」
「収穫、ですか?」
「うん。確か、徒党を組んでる怪人がいたよね。名前は……何だっけ?」
ノーライフキングの突然の問いにウェイトレスは不思議そうな顔をしていたが、何を聞いているかは分かったのか、答えを返してくれる。
「怪人組合ですか?」
「ああ、そうだ。怪人組合……」
その名前を噛み締めるように呟いてから、ノーライフキングはそれまでの微笑みとは違う妖しい笑みを浮かべる。
「気になるよね……」
「えっ?」
戸惑うウェイトレスの前で、ノーライフキングは確信した何かを飲み込むように小さく頷いていた。




