1-33.正直者
地面を踏み締める音が聞こえ、ミトは背後に目を向けた。見れば、山をこちらに降りてくる人がいる。
それが誰かと確認するよりも先に、降りてきた人物がミトの姿を発見し、怪訝げに眉を顰めた。
「お前……そこで何してる?」
そう問い詰めるように聞いてきたのはヤクノだった。
スミモリを追いかけていると思っていたミトが立ち止まっている。その姿に仕事を放棄したと思ったのかもしれない。
ミトがそうではないことを伝えるために返答しようとした直前、こちらに歩いてきたヤクノが倒れ込むスミモリを発見し、足を止めた。
「そいつは……スミモリか?」
ヤクノの問いにミトはゆっくりと首肯する。
「死んでるのか?」
「息はもうしてない」
倒れ込むスミモリをじっと見下ろしてから、ヤクノはやや鋭い視線をミトに向けてきた。
「お前が殺したのか?」
「ううん。多分、自分の毒で死んだんだと思う」
確信はないが、ミトの前でスミモリは血を吐いて倒れた。その直前に毒を生み出し、全身を覆っていたところを見るに、その毒にやられた可能性が高いだろう。
ヤクノはミトの返答を聞きながら、スミモリをしばらく見下ろしてから、その身体を確認しようと思ったのか、手を伸ばして触れようとした。
その姿を見たミトが慌ててヤクノの手を掴み、声を荒げる。
「触れたらダメだ!表面の液体は全部が毒で、触れた植物がすぐに枯れるくらいだった!」
ミトの突然の行動にヤクノはやや驚いたように目を見開いてから、ミトの掴む手を振り切って、懐からスマホを取り出した。
「ヒメノさんに連絡する。お前はそこで待っていろ」
そう言いながら、ヤクノはスマホを片手にミトから離れていく。
その後ろ姿を見送りながら、ミトはスミモリが死亡する直前のことを思い出していた。
その時のミトは何かに支配されたように、スミモリに対する恨みを抱え、一切の躊躇いなく、スミモリの傷を踏み抜いていた。
スミモリが死亡した今も、その行動に対する罪悪感はない。
全てスミモリの行動が引き寄せた当然の報いだ。
そう思ってから、ミトはふとヤクノが自分に向けてくる敵意のことを思い出す。殺意でもあるあの負の感情はさっきのミトと同じく、恨みから生まれたものだ。
もしかしたら、ヤクノもさっきのミトのように思っているのかもしれない。
ハヤセを殺害したミトを一切許すことはなく、強い恨みの元でミトを殺そうとしたのかもしれない。
そう思ったら、ミトはヤクノが自分を許す未来など訪れないように思えてきた。
肉食動物と草食動物が肩を組み合うように、許せないと心の底から思った相手を受け入れることはできない。
ミトがスミモリを拒絶したように、ヤクノがミトを拒絶しているなら、ここでこうしていることでさえ、ヤクノは吐き気が催すほどの不快感に襲われているはずだ。
少しでも認めてもらえると考えた自分が愚かだった。
自分はこの罪と一生向き合って、ヤクノの恨みを正面から受け止めないといけない。
ミトは再び倒れ込むスミモリを見下ろし、その姿に自身の姿を重ねる。
きっと自分もこうやって死ぬのだろう。
そう思ったら、ほんの僅かだが、さっきまで一切の同情が湧かなかったスミモリの死体にすら、同情が湧いてくるようだった。
そのミトから離れ、ヒメノに連絡しようとしたヤクノが耳に当てたスマホを離し、画面に目を向けた。
ヒメノに通話をかけても、一向に繋がる気配がない。
(何があった……?)
眉を顰めるヤクノはミトの想像とは対照的に、ミトのことを微塵も考えていなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
拘束したウェイトレスを人質として連れながら、ヒメノはソラと共にミト達の後を追おうとした。
だが、二人と合流する前にヒメノとソラの前には別の人物が立ち塞がり、二人の足は止まった。
そこまでは別に構わないことだが、問題は対面した相手だった。
あまりに有名過ぎる顔は怪人であるなら誰しもが分かるものだ。
「ノーライフ……キング……?」
思わずヒメノが呟いた声に反応し、ノーライフキングが微笑みを浮かべ、ゆっくりと首を傾げた。
「私をご存知ですか?」
その問いをしながら、ノーライフキングの視線がヒメノの背後に向いた。
そこにあるものは言うまでもない。
人質予定のウェイトレスである。
「それ、私の知り合いなのですが、どうして意識を失っているか、説明していただけますか?」
そう言いつつ、ノーライフキングの体勢が僅かに変わって、ヒメノは既に相手が理解していることを察した。
言い訳の余地はなく、向けられているものは好奇心ではなく敵意だ。
「ソラ……私が合図したら、電気を頼むで……」
万が一の時のことを考え、ソラに小声で伝えると、ヒメノの鞄を抱えるソラが小さく首肯する。
「何の相談ですか?こちらは説明を求めているだけですが?」
「ああ、この人やったら、倒れてたから急いで麓まで連れていこうと思っていたんですよ。貧血とかじゃないですかね?」
「ほう、貧血ですか?」
ノーライフキングが感心したように声を漏らし、ゆっくりと首を傾げ、ヒメノの後ろを覗き込むように見た。
「その手に見える結束バンドも貧血が原因だと?」
「知りませんか?結束バンドで指を止めたら、貧血が改善するってネットで噂に……」
ヒメノが適当を言い切る前に、ノーライフキングはヒメノの前まで踏み込んできた。
咄嗟にヒメノはウェイトレスを落としてから、接近するノーライフキングを追い払うように足を振るうが、その足は読まれていたように振り切る前に止められる。
「御冗談を」
そう言いながら、ノーライフキングがヒメノの腕を掴むように手を伸ばしてきた。
その手を振り払おうために、ヒメノはノーライフキングの腕を掴もうとするが、その手すらもノーライフキングの手に掴まれ、ヒメノはあっさりと拘束される。
「痛っ!?」
後ろ手に腕を締められ、ヒメノが苦悶の声を漏らした。
その声を聞いても、ノーライフキングは一切表情を変えることなく、ヒメノに質問を投げかけてくる。
「君はさっきの少年達の仲間かな?」
「……やとしたら、なんやねん?」
「ああ、そうですか。だとしたら、一つ質問があったんですよ」
そう言ったかと思えば、唐突にノーライフキングの表情が変化し、ヒメノを睨みつけるように見てくる。
「ミスターフィアーを知っているか?」
その問いにヒメノは眉を顰め、ノーライフキングを睨みつけた。
「ああ、何て?」
そう告げたヒメノをノーライフキングはしばらく見つめていたが、やがて、ゆっくりと視線をソラに移し、怒りの籠った表情に僅かな笑みを浮かべる。
「その反応は何か知っているようだな」
そう呟いた先で、ソラは少し強張った表情をしていた。
「あの……正直者が……ソラ!今や!巻き込め!」
ヒメノがソラの意識を引き戻すように絶叫した直後、ソラが思い出したように掌をヒメノに向け、そこから電気を放った。
電気はヒメノとヒメノを拘束するノーライフキングの身体に襲いかかって、二人を強烈に痺れさせていく。
「がぁああああ!」
「ご、ごめん……!」
ヒメノが全身を襲う痛みに叫び声を上げ、その声にソラは反射的に電気を止めていた。
ヒメノとノーライフキングが同時に倒れ込み、ソラは急いでヒメノに駆け寄ってくる。
「ヒメノ?大丈夫?」
「ギリギリ意識はあるけど……身体はうまく動かん……肩、貸してくれや……」
ヒメノが何とか残った意識でそう告げると、ソラはヒメノを抱えるように立ち上がって、倒れたノーライフキングとウェイトレスを見やる。
「あの二人は?」
「あかん……ノーライフキングはすぐに起きるし、この状況で戦えへん……あの女も連れて逃げられる状況やないし、今回はもう諦めるしかない……」
ヒメノが僅かにソラの背中を押すと、ソラはヒメノを支えたまま、山の中を歩き始めた。
「……ごめん、ヒメノ」
その途中、小さく呟いたソラの一言を聞いて、ヒメノは苦笑を浮かべる。
「帰ったら、お説教やな……」
冗談っぽく呟いたヒメノに対して、ソラは心の底から申し訳なさそうに小さく頷いていた。




