1-32.自業自毒
「お願いします……助けてください……見逃してください……お願いします……」
地面に額を擦りつけながら、必死に懇願するスミモリを見下ろし、ミトの心は氷点下まで冷え切っていた。
耳に入る言葉はミトの脳が理解する前に外に漏れ、ミトはスミモリが何を言っているのかも分からなくなる。
この男は日本語を話しているのかと疑問に思いながら、ミトはスミモリに優しく話しかけた。
「顔を上げてください」
その一言を聞いたスミモリが必死に懇願するように叫んでいた言葉を止めて、ゆっくりと僅かな希望を見る目で、ミトを見上げるように顔を上げる。
その瞬間、ミトは足を振り下ろし、スミモリの銃創の残る足を踏み抜いた。
「ぐあぁっ!?」
スミモリの悶え苦しむ声を聞きながら、ミトは二度、三度とスミモリの足を踏みつける。
その度にスミモリが何かを言おうとしているが、言葉はすぐに呻き声に掻き消され、ミトの耳に届く前に消えていく。
「助けてください?」
ミトが首を傾げながら、スミモリの足を踏みつけた。
「見逃してください?」
ミトの踏みつけから自身の足を守るように、スミモリが傷の残る足を抱きかかえようとするが、それを見たミトが許さないと言わんばかりに足を蹴り上げて、スミモリの上半身を蹴り飛ばす。
それから、今まで以上に無防備になった足を見下ろし、傷のある位置を正確に狙って、ミトは再び足を振り下ろす。
「何を言っているんですか?」
ミトは心の底からの疑問を問うようにそう聞きながら、スミモリを見下ろしたが、スミモリはミトの話など耳に入っていないかのように、ただひたすらに痛がっている。
「貴方が殺した動物達は命乞いをしましたか?命乞いをされて、貴方は見逃しましたか?」
スミモリがミトの足を止めるためか、自身の毒を与えるためか、ミトの足を掴もうと手を伸ばしてきた。
それを見たミトが振り下ろしかけた足を止めて、スミモリの手を拒絶するように、反対側の足で蹴り飛ばした。
無防備になった足を再び見下ろせば、次に待っている行動は掲げた足を振り下ろすことだ。
スミモリがどれだけ痛がっても、どれだけやめるように懇願しても、ミトはひたすらに足を踏みつけ続ける。
「や、やめ……!?痛っ……!?」
「そうやって動物達が声を上げて、貴方は手を止めましたか?少しでも罪悪感を懐きましたか?自身の行いを後悔しましたか?」
ミトがどれだけ質問を重ねても、スミモリが答えることはない。
そもそも、スミモリからの答えなど、ミトにはどうでもいいことだった。
「僕は貴方の足をどれだけ踏んでも、貴方の足がそれで二度と動かなくなっても、貴方がここで痛みの末に死んだとしても、後悔しませんよ?」
結果的に殺害してしまったハヤセと違って、ここに明確な殺意を持って、スミモリを死に追いやったとしても、ミトの心には微塵の後悔も苦しみもない。
そう断言できるほど、ミトは目の前のスミモリが許せなかった。
「貴方のような人に生きる価値はありません。貴方の手によって、弄ぶように殺された動物達のためにも、貴方はここで潔く死んでください」
ミトが力強く足を踏み抜いて、スミモリが絶叫を上げた。
スミモリの下には足から漏れ出た血が溜まって、大きな水溜まりのようになっている。
「……やだ……」
痛みに悶えるスミモリの口から、小さくか細い声が漏れ、ミトは首を傾げた。
「今、何と?」
「い……やだ……!?」
そう口にしたかと思えば、スミモリは一気に身体を起こし、ミトに抱きつこうとしてきた。
咄嗟にミトはスミモリの毒のことを思い出し、スミモリの両腕から逃れるように後ろに下がる。
その前でスミモリの身体が地面に倒れ込み、ゆっくりとミトを見上げるように顔を上げた。
見れば、身体のあちこちから汗でも血でもない液体が溢れ、スミモリの全身を覆っている。
その液体の一部は地面に垂れ、そこに生える草木を一瞬で枯らしていた。
「いやだ……死にたくない……死ね……死ね!?」
ミトに恨みをぶつけるようにスミモリがそう言った瞬間だった。
スミモリの口から吹き出すように血が飛び散って、地面を赤く染めた。
「あっ……?ああっ……?何……これ……?」
その呟きを最後にスミモリの身体はゆっくりと倒れ、そのままピクリとも動かなくなった。
身体の表面には毒がついたままだ。ミトは触れることなく、スミモリに顔を近づけて、スミモリの様子を確認する。
息をしていない。
そう気づいたミトがゆっくりとスミモリから離れ、触れられないスミモリを冷めた目で見下ろした。
「因果応報ですね」
そう吐き捨てるミトの心に同情する気持ちは一ミリもなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
直角に曲がった首がゆっくりと起き上がり、胴体と水平になった。
その瞬間、白目に黒目が回復し、ノーライフキングの意識が現実に戻ってくる。
ゆっくりと身体を起こそうと試みるが、身体のあちこちに痛みが発生し、動かそうにも意識が届かない。
骨を折られている。
すぐに状況を理解したノーライフキングは頭だけを起こし、辺りに目を向けた。
さっきの少年の姿はない。逃げたか、一緒にいた少年を追ったか、どちらにしても、この場にはいないようだ。
ノーライフキングを殺害し続ける方法もあったはずだが、思いつかなかったか選ばなかったか、どちらにしても賢明だと思いながら、ノーライフキングはゆっくりと回復する身体を起こした。
少年の向かった先は分かっている。その場所にスミモリもいるだろう。
少年に聞きたかったことは聞けていない。
そちらの質問も兼ねて、さっきの少年を追おうとノーライフキングは立ち上がった。
そこで近くから聞こえる足音の存在に気づいた。
野生の獣か何かかと一瞬思ったが、それと共に微かに話し声も聞こえてくる。
女性の話し声だ。
「こっちで大丈夫やんな?ミトくんの跡を追いかけるだけでいいやんな?」
何かを心配そうに聞く女性の声が一つ。誰かと会話しているようだが、もう一人の声は聞こえない。
だが、聞こえる足音から二人いることは間違いないように思われた。
誰だとノーライフキングが声の聞こえる方に目を向け、その足音の正体を待ち構えていると、やがて二人の若い女性が姿を見せる。
さっきの少年達と近いくらいの年齢だろう。
さっきの少年達の仲間か、とノーライフキングが思ったのも束の間、視線はすぐに片方の女性の背中に向けられた。
そこには意識のないウェイトレスが背負われていた。
「ああ、あかん。跡がここまでしか残ってないわ……」
ウェイトレスを背負った女性がそのように言いながら、ゆっくりとノーライフキングと目が合った。
その表情の変化を観察し、ノーライフキングは理解する。
さっきの少年達の仲間のようだ。
ノーライフキングの顔には、いつもの微笑みが浮かんでいた。




