1-27.ラストチャンス
埋もれた身体を起こしてから、ウェイトレスの身体はわなわなと震えていた。
「また……ですか……」
静かにそう呟いたかと思えば、顔を上げたウェイトレスがきっとミトを睨みつけて、抗議するように叫び声を上げた。
「クリーニング代を請求します!」
その問いに面食らって、きょとんとするミトの隣では、ウェイトレスなど存在しないかのように、ヒメノがヤクノに近づいて、ヤクノの様子を窺っている。
「大丈夫か?怪我してへんか?」
「問題ありません」
そう返答したヤクノの視線がミトに移り、その視線に気づいたミトがヤクノを見返した直後、ヤクノはその場に吐き捨てるように舌打ちをする。
その三人の反応を見ていたウェイトレスが顔を真っ赤にしながら、小さく震える指をゆっくりと上げ、ミト達を指差してきた。
「そ、そういう態度を取りますか……いいでしょう!ここは全員、私が捕まえてやりますよ!」
そう宣言するウェイトレスを見やってから、ヒメノが周囲を確認する。
「あの女しかおらんのか?スミモリは?」
「見失いました」
「ああ、そうか。それは残念」
そう言いながら、未だに無視を続けるミト達を信じられないという表情で見るウェイトレスを見返し、ヒメノがヤクノに質問を投げかける。
「あれは超人か?」
「はい」
「そうか。どういう力か分かったか?」
「重量の変化。それが超人としての力だと思います」
「なるほどな」
納得したように頷きながら、ヒメノはヤクノからミト、ソラに視線を移し、それから今度はウェイトレスを見つめていく。
あまりに無視されるためか、ついには抗議の声もやめて、ウェイトレスは地面に埋まった自分の足を引っ張り出しているところだった。
「なら、ここは私とソラで引き受けるから、ヤクノとミトくんはスミモリを追ってくれ」
「えっ?」
「はあ?この馬鹿と二人で、ですか?」
驚くミトの隣で、あり得ないと表情や態度で語りながら、ヤクノは小さくかぶりを振っている。
「あれ見てみぃ。超人は基本有事の際に対応できるように二人一組で行動する。一人がここにおるということはもう一人、絶対にこの近くにおる。そいつがスミモリを見つけたら、私らの仕事は失敗や。だから、ここであの女一人を全員で相手しとるわけにはいかんねん」
「それは分かっていますが、追いかけるなら俺一人で十分です。この馬鹿はいりません」
ヤクノがミトを否定するように指差し、ミトは若干の傷を負うが、ヤクノの指摘は全うのように思えた。
ミトがヤクノと一緒に行動しても、ヤクノを苛立たせるだけで協力できるとは思えない。
自分が行かなければいけないのかと思っていたら、ヒメノはヤクノの言葉を否定するようにかぶりを振った。
「あほか。お前一人で、どうやってスミモリを追いかけるねん。見失ったんやろうが。ミトくんの出す犬の鼻を頼らな、見つけることもできへんやろう?」
ヒメノの指摘を受けて、ヤクノは悔しそうに歯を食い縛っていた。
図星だったらしい。
「分かり……ました……」
腹の底から無理矢理引き摺り出すように声を出し、ヤクノがきっとミトを睨みつけてくる。その視線に戸惑っていると、ヤクノが苛立ちを隠せないように舌打ちを繰り返し、ミトを急かすように手を動かし始めた。
「早く犬を出せ!?追いかけるんだろうが!?」
「あっ……うん、ごめん……」
ミトが腕に声をかけ、ミトの食らった毒の臭いからスミモリを辿るように指示を出すと、ミトの右腕が不意に変化し、そこからチャッピーの頭が飛び出した。
その頭が勢い良く動き出し、ミトは引き摺られるように走り出す。
「そっちにいるんだな?いなかったら、殺すぞ」
味方であるはずのヤクノに殺意を向けられながら、チャッピーの動き出す方に走り出そうとした二人を見て、汚れたスーツを手で払っていたウェイトレスが目を見開いた。
「ああ!いつの間にか、逃げようとしてる!?そんなの許しませんよ!?」
そう宣言したウェイトレスが頭上高くまで跳躍し、動き出すミトとヤクノの進む先を狙って、一気に落下しようとする。
「ソラ」
「うん」
その動きを見ていたヒメノがソラに声をかけた直後、まっすぐに伸ばされたソラの手から電気が飛び出し、ウェイトレスに襲いかかった。
それに気づいたウェイトレスがくるりと空中で回転して、近くの木の枝に着地する。
「あ、危ない!?電気なんて、感電死するじゃないですか!?」
信じられないという目で見てくるウェイトレスの視線を無視しながら、ヒメノはミトとヤクノが無事にウェイトレスの射程から抜け出したことを確認し、小さく笑みを浮かべる。
「よし、ソラ。これで後はもう遠慮はいらん。男の目なんて気にせんで好きにできるで」
そう言ったヒメノの言葉を聞いて、ソラが不思議そうに首を傾げる。
「ヒメノ。気にしてたの?」
その問いにヒメノの動きが止まり、ゆっくりと考え込むように俯いてから、首を傾げた。
「したことないわ」
「だよね」
知っていたと言わんばかりにソラは力強く頷いた。
◇ ◆ ◇ ◆
撃たれた左足の痛みに意識を奪われつつも、スミモリは必死に手を伸ばし、接近するノーライフキングを追い払うようにそこから毒を飛ばした。
液状になった毒が飛び散って、ノーライフキングの顔に直撃する。
だが、ノーライフキングはその毒をすぐに拭い去って、変わらない微笑みを浮かべている。
「残念ですが、貴方の毒はもう一度、死ぬほどに食らったので効きませんよ。もう一度、私を殺したいのなら、新しい毒を作ってください。その毒が私に効くという保証もできませんが」
そう告げながら、ノーライフキングは倒れたスミモリの近くに立ち、手に持った銃を額に押しつけるように構えた。
絶対に外れることも、避けることも敵わない距離だ。
次の射撃は確実にスミモリの命を奪う。
額の冷たい感触がそれを宣言するようで、スミモリは撃たれた足の痛みを忘れるほどに恐怖し、失禁した。
「ああ、汚いですね。そこまで怯えないでくださいよ。確実に一発で仕留めてあげますから。もう苦しむことはありませんよ」
「……やだ……いやだ……死に……死にたくない……!?」
小さくかぶりを振るスミモリを見下ろし、ノーライフキングは一切微笑みを崩すことなく、小さく首を傾げた。
「他人は殺したのに自分は殺されたくない。随分と傲慢な精神ですね。これだから、怪人は嫌いなんですよ」
頭の上で僅かに引き金を動かす音が聞こえ、スミモリの身体が小刻みに震え始めた。
口元ではガタガタと歯の震える音が止まることなく鳴り続け、額では触れた銃が小さく硬い音を鳴らし続けている。
死ぬ。その意識が頂点に達し、スミモリの意識が引き金を引くより先に吹き飛びかけた。
その寸前のことだ。
「ですが、最後に一つだけチャンスを与えましょう」
不意にその声がスミモリの耳に届いて、吹き飛びかけた意識がスミモリの中に戻ってきた。
「貴方に一つ質問があります。その質問に有意義な回答を頂けたら、貴方を生かしてもいいでしょう。どうしますか?答えますか?」
ノーライフキングが僅かに垂らした蜘蛛の糸を発見し、スミモリは必死に頭を振りながら、その糸にしがみついた。
「分かりました。では、質問です」
そう口にした瞬間、ノーライフキングの表情から笑みが消え、スミモリの額に銃口が強く押し当てられた。
「ミスターフィアーを知っているか?」




