1-26.リローデッド
地面に半分埋まった身体を起こし、ゆっくりと立ち上がりながら、ウェイトレスは身体についた土を払っていた。
スーツの汚れを気にするように細かく、端から順番に払っていく途中、ヤクノが摘んだ部分に気づいて、ウェイトレスは顔色を変えている。
「ああっ!?破れてる!?新調したばっかりなのに!?」
悲しみに暮れるウェイトレスの前で、ヤクノは摘んでいたスーツの切れ端を捨て、腕の感覚を確認していた。
ウェイトレスの異常な重さに押され、両腕はしばらく変な体勢を取ってしまったが、動かすことに大きな影響はなさそうだ。
十分摘むことも、掴むこともできる。それが分かれば良かった。
その前でウェイトレスがきっと睨みつけるように視線を動かし、やや涙で濡れた目でヤクノをじっと見てきた。
「べ、弁償してください……!?」
わなわなと震える唇で文句を言ってくるウェイトレスにヤクノは首を傾げ、今も押さえている破けたスーツの端に目を向ける。
リクルートスーツを弁償しろと言っているのかもしれないが、それを怪人に頼んでくるとはどういう神経だと思いながら、ヤクノは拳を構えた。
「するか、デブ」
「だから……!?」
その一言を聞いたウェイトレスが怒りで顔を真っ赤にし、大きく地面を踏みつけたかと思えば、その身体は宙高く舞い上がって、周囲に生えた木々すら超えそうなほどの高さに到達している。
そこでヤクノに向かって足をまっすぐに伸ばし、ウェイトレスはヤクノを捉えるように睨みつけてくる。
「重いだけで太ってません!」
そこだけは譲らないという硬い意思で叫びながら、ウェイトレスはヤクノを貫くように落下し始めた。
その速度はさっきの高さまで飛んだとは思えないほどに加速し、咄嗟に身体を動かして離脱したヤクノが立っていた場所に、勢い良くウェイトレスは突き刺さった。
地面に足の半分が埋まり、そこにヤクノが立っていたら、どうなっていたかを証明するように地面には罅が入っている。
「避けないでください!」
抗議するようにウェイトレスは叫んできたが、今の大振りな動きをゆっくり見ながら食らうはずもない。
避けるに決まっていると思いながら、ヤクノは地面に突き刺さるウェイトレスを捕まえようと手を伸ばした。
その手に気づいたウェイトレスが地面を強く蹴り飛ばし、再びフワッとした軌道で木の上に飛んでいく。
今度は生えた木の枝に着地し、そこからヤクノを見下すように見てきた。
「貴方の力は良く分かりました。怪力じゃなくて、握力が強いんですね。その所為で、私のスーツがこんなことに……」
再び悲しそうに自身のスーツを見るウェイトレスを眺めながら、ヤクノは舌打ちをする。
「重い女かと思ったら、軽い女か」
「誰が尻軽ですか!?」
ヤクノが微塵も言っていないことに激怒し、ウェイトレスは木の枝から飛び出した。再び空中で足を伸ばし、ヤクノを狙って一直線に落下してくる。
その重さはやはり地面を砕くほどで、ヤクノは厄介さに眉を顰めた。
軽くすることも、重くすることもできる。
その重量の変化が超人としての力だろうとはすぐ分かるが、分かったところで対抗策がないと何もできない。
ヤクノはウェイトレスに指摘されたように力の本質は握力だ。どのように小さな面積でも摘めれば、一切放さない自信がある。
だが、それは摘めた場合の話で、今のウェイトレスのように自由に動かれたら、そもそも摘むことも掴むこともできない。
ヤクノの握力は死んでいる。
幸いなことに攻撃自体は大振りで、躱し続けることは簡単だが、ここで時間をかけることは得策ではない。
ここにウェイトレスがいる以上、他に超人がいる可能性も高く、その超人がスミモリを発見したら、今回の仕事は失敗に終わる。
他の超人と合流されたら、ヤクノが捕まる可能性も高まる。場合によっては殺害されるかもしれない。
時間をかけても良いことはないが、すぐに終わらせる手段がヤクノにはない。
ここはどうすることが正解かと頭を働かせるヤクノの前で、再びウェイトレスが宙高くに移動し、足をまっすぐに伸ばしてきた。
この状態からウェイトレスが落下する間に、その身体の一部を掴む。
解決策はこれくらいしかないが、これはあまりに危険な手段だ。失敗すれば、ヤクノの身体は粉砕される。
しかし、これ以外に手段がないことも確かで、ヤクノは全ての意識を空中にいるウェイトレスに向けた。
確実に掴む。そう決意し、ウェイトレスの身体をじっと見つめた直後、ウェイトレスは落下を始める。
その腕か、足に手を伸ばそうと、ヤクノが両手を構えた、その瞬間だった。
「ワンワン!」
不意にどこからか、そのような犬の鳴き声が聞こえた直後、ヤクノの視界に割って入るように巨大な犬の頭が登場し、ウェイトレスの身体に思いっ切り衝突した。
ウェイトレスの身体は重さを忘れたように吹き飛んで、地面を何度も転がりながら、大小様々な穴を作っている。
ぶつかった犬の頭は重さに面食らったのか、その場に落下し、悲しげな声を漏らしたかと思えば、来た道を戻るように駆け出した。
その先に目を向けると、こちらに走ってくる人影が見えた。
「わん太郎!?どうしたの!?」
そのように自身の腕から伸びる犬の頭に声をかける姿を見て、ヤクノは大きく舌打ちをした。
「死ななかったのか、あの馬鹿」
そう呟くヤクノの姿を発見したらしく、ヒメノとソラがこちらに手を振っていた。
◇ ◆ ◇ ◆
ノーライフキングに毒を与え、逃げ出したスミモリはすぐに足を止めて、蹲ることになっていた。
ノーライフキングに与えた毒は即効性の高い、非常に強力な毒だった。
そのこともあってか、スミモリを襲う気持ち悪さは激しさを増し、少し走った程度で、もう動けなくなっていた。
何度も嘔吐いて、地面に気持ち悪さの全てを吐き出してから、スミモリはそこに交じったものを発見し、目を大きく見開く。
「血ィ……?」
スミモリが地面に入った物の中に、明らかに血と思われる物が交ざっていて、スミモリは恐怖した。
このまま毒を使い続ければ、自分は死ぬかもしれない。
「い……嫌だ……せっかく、自由になれたのに……!?」
これまでの人生を振り返り、スミモリが大きくかぶりを振った瞬間、スミモリの背後から足音が聞こえてきた。
その音に反応し、振り返ったスミモリの前に、ゆっくりと一人の人物が姿を現す。
「ああ、ここにいましたか。良かった良かった。逃げられたかと思いましたよ」
それはさっき毒で殺害したはずのノーライフキングだった。
「あっ……!?えっ……!?何で……!?」
「ああ、別に驚く必要はありませんよ。何てことはない。貴方の毒と一緒です。これが私の超人としての力ということです」
そう言いながら、ノーライフキングは自身の胸に手を置き、さも当然のように言う。
「私は死なないんですよ。何をしても、何をされても、絶対に」
穏やかに微笑みながら、自身を見つめる姿に、さっき見た血走った目のノーライフキングの姿が重なって、スミモリは恐怖した。
化け物。本当の化け物がそこにいる。
そう思って、身体を起こそうとした瞬間、ノーライフキングが懐に手を入れ、そこから何かを取り出した。
それが何かを確認するよりも先に、激しい破裂音が辺りに響いて、スミモリはその場に崩れ落ちた。
見れば、スミモリの足には穴が開き、そこから真っ赤な血が流れ出している。
「い、痛い……!痛い!?」
足を手で押さえ、悶えるスミモリの前で、ノーライフキングが口を開く。
「残念です。穏便に済ませようと本気で思っていたのですが、抵抗されたので、もう手段は選びません」
その言葉に恐怖で表情を染めながら、ゆっくりとスミモリは視線を上げていく。
「貴方を殺して処分します」
微笑みながらそう告げるノーライフキングの手の中には、鈍く光る拳銃が握られていた。




