1-24.ファーストコンタクト
鬱蒼と荒れ茂った山地はスミモリを追跡するのに都合が良かった。
スミモリが逃走してから、ヤクノが現場に駆けつけて、スミモリを追い始めるまで、それなりの時間が経過してしまっていたが、掻き分けられた草木を見れば、スミモリが逃げたルートは手に取るように分かった。
このスミモリの移動する痕跡を追いかければ、いつかはスミモリのいる場所に辿りつく。
その考えから、鬱蒼と生い茂った草木を掻き分け、道にもならない斜面を滑り降りながら、スミモリの後を追いかけるヤクノだったが、その足は考えと違って、スミモリに到達する前に停止した。
ヤクノの足を止めたのは、ヤクノの進行を妨げるように倒れた樹木と対面したからだった。
それも一本ではなく、数本の木がヤクノの進みたい方向に覆い被さるように倒れている。
それが進路の邪魔をしているだけなら良かった。ヤクノが脇に退けるだけで、スミモリの追跡は再開する。
問題はそれらの木が草木を押し潰し、そこに存在した痕跡を掻き消していることだった。
いくつか続く跡はあっても、それがスミモリの通った跡なのか、木によって押し潰された跡なのか判断できない。
ヤクノは苛立ちながら、周辺を確認するように歩き回って、倒木とその下に見られる痕跡を見比べる。
木は明らかに痕跡を上から押し潰している。
つまり、スミモリが通った後に倒れてきたということだ。
明らかに痕跡を潰すように倒れた木を見て、そこまで都合の良いことが起きるのかと疑問に思ったヤクノが倒木の根元に目を向けると、その部分が分かりやすく腐食していた。
「チッ……!小賢しいことをしやがって……!」
恐らく、スミモリの作り出した毒による倒木だ。
その確認方法はないが、倒れた木だけでなく、木の根元に触れた植物も枯れていることから、間違いないだろうとヤクノは思った。
スミモリの痕跡は途絶え、ここから先の分からない山の中を走っていくのかとヤクノは考えた。
スミモリに到達できれば良いが、そうならなかった場合は山のどこに辿りつくか分からない。
追いつけない可能性が高いなら、ここは一度、来た道を戻って、ヒメノ達と合流するのも手だ。
血が昇って沸騰しかけた頭を冷やしながら、ヤクノは冷静に物事を判断しようと周囲を見回した。
追いかけるにしても、スミモリが向かった方角の可能性すら分かっていない状況だ。
流石にその選択はないと考え、引き返そうとヤクノが思った直後、上の方から僅かに物音が聞こえた。
木の撓る音だ、とヤクノが思いながら顔を上げた瞬間、ヤクノの視界を通過するように、何かが目の前に落ちてくる。
その何かを確認するためにヤクノが視線を下げるよりも先に、その何かの落下した場所から声が聞こえてきた。
「あれ?こんなところでどうされたんですか?」
いつの間にか、そこに立っていたリクルートスーツ姿の少女がそう声をかけてきた。
「大丈夫ですか?遭難してますか?」
心配した様子で聞いてくる少女の顔をじっと見てから、ヤクノは再び物音の聞こえた頭上に目を向ける。
そこから落下してきた何かがあって、その何かの落ちた場所に少女が立っていることや、世事に疎いヤクノでも見覚えのある顔を並べれば、そこに立つ少女が何者であるかは検討がつく。
スミモリを探しに来た超人。
そう考えながら、再び目の前に立つウェイトレスにヤクノは目を向けるが、ウェイトレスはヤクノに気づいている様子はなかった。
恐らく、ヤクノのことを知らないのだろう。怪人として有名であるわけでもないので、追っている怪人ではないとすれば、当然と言える反応だ。
「もしも大丈夫そうであるなら、少し質問してもよろしいですか?」
そのように聞きながら、ウェイトレスはスマホを取り出していた。
警戒することなくヤクノに接近し、手に持ったスマホをヤクノに見せようとしてくる。
「この人を見ませんでしたか?」
ウェイトレスが見せてきたスマホには一枚の画像が映し出され、そこには人が映っているらしかったが、それを確認するまでもなく、ヤクノはウェイトレスが誰を探しているのかは分かっていることだ。
それよりも、これは想定外のチャンスだとヤクノは考え、接近するウェイトレスが自身の間合いに入った瞬間、ヤクノは素早く手を伸ばした。
その動きにウェイトレスは驚くように手を引っ込めているが、その動きでは間に合わない。
ヤクノは残されたウェイトレスの腕を左手でがっしりと掴み、ウェイトレスは掴まれた痛みに顔を歪めた。
「痛い!?何して……!?」
そうウェイトレスが呟くよりも先に、ヤクノは掴んだ腕に力を込めて、ウェイトレスの片腕を貰おうとした。
ウェイトレスの力までは分からないが、ここで片腕を失えば、相当な優位に立てるはずだ。
そのように考え、ヤクノは握った左手に力を込めようとしたが、その寸前、ヤクノの視界が急激に落ちた。
視界だけではない。ヤクノの肩が外れる勢いで、ウェイトレスの腕を掴んだ左手が落下し、ヤクノは地面に勢い良く倒れ込む。
「グアッ……!?」
左半身から地面に崩れ落ちるように座り込み、左手に強い衝撃を覚えた直後、ヤクノは掌全体を潰すように襲う痛みに苦悶の声を漏らし、その次の瞬間には身体の前面を地面に押し当てていた。
うつ伏せに倒れている、と分かった時には遅く、ヤクノの背中に異常の重さの石が乗せられる。
そう最初は思ったが、実際は違った。
見れば、ウェイトレスがヤクノの上に乗っかっていた。
「貴方……怪人ですね!?」
そして、今更と思うことを自信満々に言いながら、ウェイトレスはヤクノの顔をまっすぐに指差してきた。
◇ ◆ ◇ ◆
全身を襲う電気の痛みから逃れ、山の中を走って、走って、走り続けた結果、スミモリは猛烈な気持ち悪さに襲われ、転がるように木の根元に項垂れた。
どこまで追ってくるか分からないが、進路を妨げるために途中で毒はばら撒いた。
それが機能していれば、少しは時間を稼げるはずだが、それでも、あまり大きな余裕はない。
一刻も早く、この場所から離れないと、と考える頭とは別に、押し寄せる気持ち悪さの波はスミモリの胃を圧迫する。
少し嘔吐いた後、耐え切れなかった気持ち悪さを地面に吐き出し、スミモリは気持ち悪さを紛らわせるように大きく深呼吸した。
体調の悪さの原因は何となく想像がついている。
そもそも、気持ち悪さを覚え始めたのは、自身の身体から毒を生み出した後からだ。
そこから一向に回復することはなく、今も気持ち悪さが続いていることや、毒を作った後に激しい波が襲ってくることを考えれば、体調の悪さの原因がどこにあるのかは誰でも分かる。
どうやら、毒を生み出せても、無効にするだけの力はないらしい。
走り回ったことで血流が速くなり、毒の回りも速くなってしまったのか、今まで以上の気持ち悪さに耐えながら、スミモリはしばらくその場に蹲ったまま、動き出せずにいた。
その時、スミモリの背後で僅かに物音がした。
「大丈夫ですか?」
スミモリが目線を向けるよりも先に人の声が聞こえ、スミモリを心配した様子で声をかけてくる。
「体調が悪いのなら、救急車を呼びましょうか?それとも」
その声を聞きながら、スミモリが目線を背後に向け、こちらに近づいてくる人物を見やる。
口元の嘔吐物を拭いながら、スミモリはこちらに迫る顔を確認しようとしたが、その顔を見たら、口元を拭うことも忘れ、スミモリは蛇に睨まれたように固まっていた。
「霊柩車の方がお好みですか?澄森真央さん」
そう自分の名前を呼ぶ声を聞きながら、スミモリはゆっくりと表情に恐怖を押し出し、怯えるように後退った。
ノーライフキング。
それは良く見知った超人だった。




