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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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1-22.闖入者

 ミトとソラの前に飛び出し、盛大に転んだ人物は二人と年の近い青年だった。身体を擦りつけるように横転し、荒れた地面に自分の型を作っている。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ヒッ!?や、やめて……!?」


 ミトが心配して手を差し伸べようとすると、青年は自身の顔を隠しながら後退り、消え入るような声で呟いた。

 悲鳴交じりの声はミトとソラを恐れているように聞こえる。


 男子大学生。スミモリの情報と目の前の青年は適合しているが、人を殺害した怪人という印象からはかけ離れている。

 ミトやソラから離れようとする様子も、顔の半分を隠す髪の毛の内側から見える眼差しも、全てが気の弱さを表現しているようで、とてもじゃないが凶悪な怪人とは思えない。


「大丈夫ですか……?」


 ミトが不安げに聞くと、青年は怯えた目をしばらくミトに向けてから、不意に込み上げてくる衝動に耐え切れなかったように、その場に蹲った。


「オボッ……ゴボッ……ゴッ……オボェ……」


 その場に跪いて、青年は身体の内側から湧いてきた気持ち悪さを地面に吐き出した。


 鼻をつく臭いの隙間から、嘔吐物特有の臭いが届いて、ミトはさっきのソラの言葉を思い出す。

 ソラはこの強烈な臭いの中から、この臭いを嗅ぎ分けたらしい。


「大丈夫ですか?」


 ミトがその場に膝をついて、青年に声をかけた。


 良く見れば、青年の顔色はかなり青白く、体調がかなり悪そうだ。吐いた後の呼吸も荒く聞こえる。


「ここから離れて、ちゃんと休んだ方が……」


 そう声をかけても、青年はミトの声を聞く様子がなく、一通り、気持ち悪さをその場に吐き捨てると、再びミトから離れるように後退った。


「ごめんなさい……!やめてください……!助けてください……!」


 何かに怯えたように小さく呟きながら、ミトの接近を拒絶するように青年は手を伸ばしてくる。


 その様子を目にし、ミトはもしかしたら、この青年がスミモリなのではなく、他にいるスミモリを目撃したのかもしれないと思った。


 スミモリの力は何か分かっていないが、毒に関連することだけは分かっている。

 体調の悪さも、スミモリの力の影響を受けて、そうなったのかもしれない。


 そう思ったら、青年をこのままにしておくわけにはいかないようにミトは思い始めた。


「あの、安心してください。ここで他に誰かを見たんですか?」


 ミトができるだけ青年を落ちつかせるように言うと、青年は顔を覆った手の隙間から怯えた目を向け、それから、視線をあちらこちらに彷徨わせ始めた。


「あの……えっと……うっ……」


 何かを言おうとした青年が気持ち悪さに襲われたのか、不意に口を手で押さえ、再び身体を折り曲げる。

 地面に向けられ、手で蓋をされた口から、今にも何かが溢れ出しそうな雰囲気だ。


「大丈夫ですか!?」


 その様子を心配したミトが青年の傍に駆け寄って、その背中に手を置いた。ゆっくりと摩っていくと、青年の様子が落ちついていく。


「ありがとう……ございます……」


 青年がぽつりとお礼の声を零しながら、顔を地面に向けたまま、僅かに視線を上げた。


 見上げるように見つめる目には、まだ怯えの色が見えるが、少しだけ対応が和らいだ青年に、ミトは敵意のなさを証明するために微笑みを向ける。


「体調が悪いなら、お医者さんに見せましょう。何か心当たりはありますか?」


 その質問から、スミモリと接触したなら、何か分かるかもしれないとミトは思った。


 しかし、ミトの考えとは裏腹に青年はかぶりを振った。

 思い当たる節はないらしい。


「そうですか……取り敢えず、ここを離れましょう。ソラ、ヒメノさん達に人を発見したって……」


 ミトが顔を上げ、ソラにヒメノとヤクノを呼ぶように頼もうとした。


 その時だった。


 不意にミトの鼓動は速くなり、全身から血の気が引いていく感覚に襲われた。湧き上がってくる気持ち悪さが胃の中を押し潰し、車の中で食べたおにぎりや飲んだお茶を口の方へと押し上げてくる。


「オゴッ……!?」


 ミトはその場に蹲り、慌てて口に伸ばした手の隙間から、胃酸交じりのお茶を吐き出す。

 視界がぼやけて、ミトの思考は曖昧になり、何が起きたのか理解することも、考える余裕もなくなっていた。


「ハル……!?」


 その様子を目撃したソラが驚き、目を見開いて、ミトの隣に蹲る青年を見た。


 青年はミトに目を向けているが、その表情に変化はなく、ミトの様子に驚いた雰囲気はない。

 その表情にソラはミトの変化の()()が何か悟り、青年に手を伸ばした。


「ハルから離れて……!」


 ソラが力強く呟くように声を出し、伸ばした手から青年に向かって放電した。


 飛び出した電気は青年の身体を正確に捉え、青年は痛みに悶える声を出したが、ソラの電気はパペッティアとの戦闘で消耗したばかりだ。

 罰ゲームほどの威力はあっても、動きを止める程度の力は出せなかった。


「痛い……やめて……来ないで……!」


 そう言いながら、青年は立ち上がって、集落から離れるように走り出す。


「待って……!」


 ソラはその背中を一瞬、追いかけようと思ったが、その足を止めるようにミトがその場に倒れ込んだ。

 地面に転がって、苦しそうに身体を震わせるミトの目は、どこにも向いていない。


「ハル……!?ハル!?」


 ミトに必死に声をかけながら、ソラはポケットからスマホを取り出した。

 焦りで震える手で何とかヒメノの連絡先を呼び出し、急いで通話を繋げる。


「どした?スミモリ見つけた?」

「ヒメノ……ハルが……ハルが……!?」


 ソラの悲痛な叫びにスマホ越しのヒメノが異変に気づく中、倒れ込んだミトの様子はどんどんと悪化し、次第に呼吸すら儘ならない状況になっていた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



「ここですね。この山の中に逃げ込んだ可能性が高いです」


 山の麓には場違いと思われるリクルートスーツを身にまとった少女が、前方の山を指差して、そう言った。


 その隣に立つ同じく場違いと思われるスーツを着た男が納得したように頷く。


「ここからだと道がないので、山道を探しますか?」


 きょろきょろと辺りを見回しながら、少女はそう提案してみるが、男は少し首を傾げてから、笑顔でかぶりを振る。


「探す時間が勿体ないよ。僕は大丈夫だし、君も足場の悪さはあまり関係ないでしょう?」


 険しい山腹に生えた木々を指差し、男は少女にそう聞いた。

 少女はその問いに悩むこともなく、すぐさま首肯している。


「なら、このまま登ろう。この山って何があるか分かる?」

「数年前まで、人が住んでいた集落跡地があるみたいですね。そこに潜んでいる可能性はあると思います」

「なら、そこを目的に向かおうか。一応、目標がいなくても、()()()()変な物には触らないようにね」

「そんなに()()()じゃないんで大丈夫ですよ!?」


 急にテンションの変わった少女に笑みを浮かべながら、男は頷いて前方の山に目を向ける。


「じゃあ、足取り軽く行こうか」

「はい、そうしましょう」


 そう返事をし、前方に生える木の上に()()()()()()は飛び乗って、それを確認した()()()()()()()()が山の中に足を踏み入れた。

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