1-21.ここ掘れワンワン
ミトとソラが山道の行きつく先に到達すると、ヤクノの鋭い視線がミトに突き刺さった。
何も言わなくても、抱えた文句の伝わってくる視線から、逃れるように目を逸らすと、その先でヒメノが二人を確認するように見てくる。
「よし、全員揃ったね。ほな、入ろか」
そう言いながら、ヒメノが自身の背後を親指で示し、ミトはその向こう側に目を向けた。
そこには小さな家屋が立ち並ぶ開けた場所が広がっていた。人がいないと事前に聞いていたように、建物の数に対して人気はなく、立ち並ぶ家屋も廃れて崩れそうなものもある。
「このどこかにスミモリが潜んどる可能性が高い。どこにおるかは分からん。どんな力を使うかも分からん。これから探すけど、警戒は怠らんように。分かったな?」
確認するようにヒメノが他の三人を睨みつけ、ミトとソラは大人しく首肯した。
それに反して、ヤクノは立ち並ぶ家屋を睨みつけ、不満そうに拳を握り締めている。
「片っ端から建物を崩せば、自分から姿を見せるんじゃないですか?」
そのように言いながら、ヤクノは拳を振るう仕草を見せたが、その提案にヒメノは怒るように眉を顰めて、ヤクノの額を小突いた。
「あほか。出てくるのが超人やったらどないすんねん。私らは目立たれへんことを忘れんな。物騒な手段は取れへん。分かったな?」
言い聞かせるようにヒメノから注意され、ヤクノは仕方ないと語った表情のまま首肯していた。
その態度にヒメノは若干の不安を覚えたようで、ミトとソラに目を向け、集落の方に指を向ける。
「二手に分かれて探そか。私はヤクノとこの辺を見るから、ソラとミトくんが向こうの方を探してくれへん?」
勝手に暴れ出さないように、ヤクノを監視するつもりらしく、ヒメノが一緒に行動すると知ったヤクノは不満そうだったが、それをヒメノは軽く睨みつけるだけで黙らせていた。
ここには完全に上下関係が成り立っているようだ。ヤクノの力の一端を垣間見ているミトからすれば、そのヒメノの態度が恐ろしく、ヒメノの指示に大人しく従うことを決める。
「ほな、行ってきて。見つけたら、ワンコールくれたら、ええわ」
ヒメノがスマホを取り出し、ミトとソラは首肯しながら、集落の奥へと足を踏み入れた。
古びた家屋が立ち並ぶ様子はさっきいた場所と変わらないが、この辺りはさっき以上に家屋の老朽化が進んでいるように見える。
「この中にいるのかな?人が触れたら、結構、分かりそうだけど」
人が踏み入っていない荒れ方をしている家屋の数々は誰かが踏み入るだけで、そこに証拠を作りそうだ。
スミモリがこの集落のどこかにいるのなら、家屋を詳細に調べなくても、それを確認するだけで分かるかもしれない。
「入らなくてもいいかも」
ミトの言葉に賛同するようにソラが首肯し、そのように呟いた。
中まで順番に探っていかなければ、そこに潜んでいるかどうか分からないとしたら、四人で集落全体を探すのに結構な時間がかかりそうだったが、その必要がないと分かれば、時間はかなり短縮できる。
ミトとソラは並んで歩きながら、家屋の外に人が踏み入った形跡や扉などを開いた形跡がないか、その部分を集中的に観察し始めた。
山道近くの家屋から集落の奥へと順番に見ていくが、草木は荒れたように生え、どこにも踏まれた形跡はない。家屋の扉や窓も錆びたまま動かされていないどころか、動かそうとしても動かなくなっているようにすら見える。
「誰もいなさそうだよね?」
ミトが家屋を確認しながら聞くと、隣でソラが首肯した。
誰かがここに踏み入って、自身の痕跡を消せるとは思えない。
何年も人が立ち入っていないように見える荒れ方に嘘はないだろう。
「こっちにはいない」
そう断定するように呟いたソラが集落の更に奥へと目を向けた。
「向こうは外から入れるかも」
ミト達が通ってきた山道だけが集落に続いている道のようだが、山道を通らなければ他にも立ち入る手段はある。
集落の奥は山から直接繋がっていて、険しい山肌を登っていけば、そこに辿りつけるはずだ。
「向こうから入ってくるのかな?」
ミトはやや怪訝に思っていたが、確かに可能性自体は存在している。
ここで成果を上げると決意したばかりのミトがその可能性を否定するわけにもいかない。
ミトはソラと共に更に集落の奥へと足を踏み入れ、そこにスミモリがいるか確認しようとした。
そこで不意に鼻をつく臭いに襲われた。思わず鼻を手で押さえると、隣でソラも同じ行動を取っている。
「何の臭い?」
眉を顰めながらミトが聞くと、ソラはかぶりを振ってから、辺りに目を向けている。
「分からない。木材か何かが腐ってるのかも」
「まあ、人がいないのなら、何の臭いがしても不思議じゃないのかもしれないけど」
そう呟いてから、ミトはふと思いつくことが一つあった。
この臭いの中で可能なのかは分からないが、人を探す手段として匂いを追いかけるものがある。
人間には不可能だが、犬は捜査に使われるくらいに優秀で、その犬をミトは腕に二匹も飼っている状況だ。
と一瞬、考えてから、ミトは無理だと悟った。
この強烈な臭いが邪魔していることも確かだが、そもそも、スミモリの臭いをわん太郎もチャッピーも知らない。
それが手段として可能だとしても、元の匂いが分からなければ追いかけられないだろう。
そう考え、落胆するミトの様子にソラが疑問を懐いたそうだった。
「どうかした?」
「いや、腕から出す犬で匂いを探せるかもと思ったんだけど、探す匂いを知らないから無理なことに気づいて」
残念そうに考えたことが不可能だったことを伝えると、ソラは少し考え込むように動きを止めてから、ぽつりと零すように呟いた。
「人の匂いは探せるかも……?」
その思いつきの一言を聞いて、ミトは思わず納得した。
確かに固定の誰かは探せないかもしれないが、漠然と人がいるかどうかは分かるかもしれない。
試してみる価値はあるのかもしれない。
そう思ったミトが腕を構え、わん太郎の名前を呼ぶ。
「わん太郎!人がいるか探してくれ!」
ミトが命令を告げた直後、ミトの右腕が一瞬の内に変化し、そこから巨大なわん太郎の頭が飛び出した。
それは一直線に動き出し、集落の中を横切るように移動していく。
「本当に見つけた?」
思いつきが成功したのかと思い、ミトとソラがわん太郎の頭を追いかけるように走り出し、すぐにミトは異変に気づいた。
走れば走るほどに鼻をつく強烈な臭いがきつくなっていく。
これはまさかと考え、ミトは犬の習性を思い出す。
犬は人間から感じて良い悪いの判断は関係なく、臭いのきついものを好む習性がある。わん太郎もチャッピーも良く落ちて汚れたタオルなどを拾ってきて、困った覚えがあった。
まさか、ここに来て、それが発動したのか、とミトは思い、慌ててわん太郎を止めようと右腕を引いた。
「待て!わん太郎!」
そう強く言いつけた瞬間、ピタリとわん太郎の動きが止まって、叱られた後のようにそそくさと右腕に帰っていく。
その動きに失敗したとミトが思った直後、ソラがミトの袖を不意に引っ張った。
どうしたのかとソラに目を向ければ、ソラがわん太郎の向かっていた先に指を向ける。
「その先からきつい臭いがする」
「ああ、うん。多分、その臭いに釣られたんだと思う」
「何か、吐いた後の臭いもしない?」
「えっ?」
そう言われ、臭いを嗅ごうとしたが、強烈な臭いの中ではその違いは分かりそうになかった。
そもそも、吐いた回数など限られていて、その臭いがどういうものだったのか、実際に嗅いでみないと思い出せない。
そう考え、その先を眺めたら、ふとわん太郎が通った跡に不自然な凹みがあることに気づく。
わん太郎が踏み荒らして、既に痕跡は消えかかっているが、それは誰かがそこに踏み入った足跡のように見えた。
「あっ……誰かいるかも……」
ミトがその跡を指差し、ソラにそう声をかけると、それも確認したらしく、ミトの方を見ながら頷いてきた。
ゆっくりと足を進めて、わん太郎が進んでいた先にある家屋の裏側を覗き込んでいく。
「誰かいますか……?」
そのように声をかけた直後、家屋の裏で物音が聞こえ、誰かの驚く声が聞こえてきた。
「ヒィッ……!?」
「誰ですか?」
その声にミトが質問しながら、更に家屋の裏へと足を踏み入れようとした瞬間、家屋の影に隠れていた何かが動き出し、叫ぶように声が聞こえてきた。
「来ないで……!?」
その声にミトとソラが驚き、思わず足を止めた直後、物陰から飛び出した人影が慌てて走り出そうとして、ミトとソラの前で盛大に転んだ。




