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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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1-20.ヤマノススメ

 山道は人が歩けるようにはなっているものの整備された道ではなく、足元の覚束ない中を歩き続ける必要があった。

 それに加え、ミトは昨晩、緊張からほとんど眠れていない。


 その影響もあってか、ミトの足は早々に遅くなり始めて、先を歩くヤクノやヒメノから少しずつ遅れるようになっていた。


「大丈夫?お水かお茶飲む?」


 ミトの隣を歩きながら、ソラが心配した様子で聞いてくる。手にはヒメノから受け取ったお茶と水のペットボトルを持ち、ミトに勧めている。


「大丈夫……ありがとう……」


 そう言いながら、ミトはソラのペットボトルをやんわりと断るように手を出し、前方を歩くヤクノとヒメノの背中を見た。


「大丈夫か?休憩するか?」


 そこでヒメノが振り返り、ミトの様子を窺いながら聞いてくる。


「ヒメノさん。そんな時間はありませんよ。ついてこれない奴は置いていけばいい」


 その提案に苦言を呈するようにヤクノが振り返って、ミトを睨みつけるように見てきた。

 鋭い視線と鋭い言葉にミトは言える言葉がなく、置いていかれても仕方ないと自身の不甲斐なさを申し訳なく思うことしかできない。


「まあ、いきなり山登らされて、疲れてもしゃあないやろ。靴も別に登山用とちゃうし、少しくらいは面倒見な」


 そう言いながら、ヒメノは少し歩く速度を緩めて、ミトの隣まで来てくれた。


「急がんでええからな。どっちにしろ、目的地は決まっとるし、急がなあかん理由も、ここまで来たら、あんまないから」

「目的地?これはどこに向かってるんですか?」


 ミトが必死に足を動かしながら聞くと、ヒメノは山道の先をまっすぐに見据えた。


「この道の先に集落の跡地があるねん。数年前までは人が住んどったんやけど、人口減少とか、いろいろと重なって、麓の町に移動してから、誰も住んでへん場所がな。ほら、怪人って人目につく場所は行かれへんやろう?逃げるとしたら、そういう誰も住んでない集落とか、使われていない学校とか、廃病院とか、そういう場所になんねん」


 スミモリが逃げ込んだ先に人のいなくなった集落があり、そこには誰もいない家屋が立ち並んでいる。それほど怪人が潜むに最適な場所はなく、辿りつけたとしたら、そこに隠れている可能性が高いと考えられているようだ。


 しかし、その考えだと少し気になるところがミトにはあった。


「それってつまり、絶対に見つかると決まったわけじゃないってことですか?」

「まあな。山で遭難しとったら分からんし、あくまで可能性が高いだけやな」

「じゃあ、これって無駄足の可能性も?」

「あるけど、それはしゃあないやん。どこにおるとか分かってしもたら、先に超人が殺しに行っとるよ」


 確かに超人側が公開した情報を元に動いているくらいだ。

 確実にスミモリが発見できると決まっているわけではないことくらい、最初から分かっているべきだった。


「できれば、超人より早く見つけて、私達で止められたら、無駄に向こうの名声が上がることもなくていいよねぇ、くらいの気持ちでやっとる仕事やから、その辺は間に合わんかったら仕方ないくらいに割り切るしかないわ」


 確実性を求めても仕方がない。怪人となっても、怪人が寄り集まっても、限界はそこに存在する。

 ヒメノの達観した発言にミトも一応納得し、自身の今の努力が無駄にならないことを祈ろうと思った。


「ああ、あかんわ。ちょっとヤクノが先行き過ぎてるから、後ろ行ってくるわ。一人やと何かあったら危ないし。ミトくんとソラは自分のペースでええからね」


 そう言い残し、ヒメノが歩く速度を速めて、山道をどんどんと進み始めた。

 その後ろ姿を見送り、ミトは自身の体力のなさに情けなさを覚える。


 この状態なら、スミモリが発見できない方がいいのかもしれない。きっと見つけても足を引っ張るだけだ。

 ミトがそのように落胆した気持ちに沈む中、ミトの隣でソラが覗き込むように顔を見てきた。


「一回、休憩する?」

「いや、大丈夫。行こう」


 ソラの提案を撥ね退け、歩き出してしばらく、ミトはふと疑問に思って、隣を歩くソラをじっと見つめていた。


 ソラは最初に逢った時から、ミトの味方をしてくれているが、ミトはそれだけのことをした覚えがない。

 それどころか、ソラの仲間であるはずのハヤセを殺したくらいだ。


 ヤクノの剥き出しの殺意は恐怖しかないが、ミトに対する反応とすれば、あれが正常なはずだ。ソラの対応こそおかしいとミトは思ってしまう。


 どうして、これほどまでに良くしてくれるのかと疑問に思ったミトの前で、ミトの視線に気づいたらしいソラが不思議そうにミトの顔を見てきた。


「どうかした?何かついてる?」


 そう言いながら、米粒でも探すようにソラは自身の顔に触れているが、さっきソラが食べていたものはあんぱんだ。顔に米粒がつくはずがない。


「いや、そうじゃなくて……」


 そこでミトは思ったことを口にするか悩んだ。


 場合によっては、これを聞いてしまうことでソラの対応が変わる可能性だってある。

 下手に触れない方がいいのかもしれないと、ミトの元来の気弱さが気持ちを固めようとしてくる。


 しかし、どこかでちゃんと確かめないと、ミトはこの無条件の優しさに甘えて、どこかでダメになるかもしれない。


 そう考え、ミトはここで一度、向き合おうと覚悟を決めた。


「あのさ……どうして、ソラはそんなに僕に良くしてくれるの?僕はソラにそこまでされるようなことを何もしてないよね?寧ろ……ハヤセさんを殺してしまったのに……」


 ミトが何とか届くだけの声で疑問を口にすると、ソラは不意に足を止めて、不思議そうに首を傾げた。


「ハルは一人だと寂しくない?」

「えっ?いや、それは……寂しいけど」


 一人であることに寂しさを覚えることと、今のミトの疑問のどこに繋がりがあるのかとミトは疑問に思ったが、それを聞いたソラは安心したように小さく微笑み、納得したように首肯した。


「うん、そう。なら、良かった。そうだと思ったから、私はハルと一緒にいる」

「どういうこと?」

「一人は寂しくて、誰かと一緒にいることは温かい。それを知ってるから、私はハルを一人にしたくない」


 そう言いながら、ソラは僅かに手を伸ばし、ミトの袖を掴もうとした手前で、その手を引っ込めた。

 それから、少し表情を暗くし、僅かに俯く。


「シュウさんのことは寂しい……けど、それが態とじゃないって聞いたし、皆がハルを悪く言うかもしれないと思ったら、私はハルの味方でいるって決めたから。だから……ダメだったかな?」


 どこか怯えた様子で首を傾げ、そう聞いてきたソラに、かぶりを振るだけの無慈悲さはミトになかった。

 ゆっくりと首肯すると、再び安心したように小さく微笑み、ソラが前方に目を向ける。


「行こう、ハル。二人のところまで、一緒に」


 ソラが再び歩き出し、ミトはその背中が先を歩く姿を少し見てから、その後ろをついて歩き出した。


 きっとソラにも何か理由があるのだろう、とソラの気持ちを聞いたことでミトは思った。

 きっと今のソラの優しさに甘えていてはいけない。


 そう思いつつも、ソラが言ったようにミトの近くに味方としていてくれているところは、今のミトにとってありがたいことも確かで、ミトは再びソラを追いかけるように歩きながら、その背中にかける言葉を探しても、何も出てこなかった。


 代わりにミトは改めて覚悟を決めて、山道の先をまっすぐに見る。


 ソラが心配していたことも全てなかったことになるほど、自身の力を証明してみせる。

 あのヤクノにも認めてもらえるくらいには、自分の立場をここで確立する。


 そのためにも、スミモリを絶対にここで見つけ出して、この仕事を完璧に終える。


 そう気持ちを固めたミトの前に、山道の終わり目とそこに立つヤクノとヒメノの姿が見えてきた。

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