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7-6.青天白日

 コマザワに執着するジュンを引き剥がし、自室に放り込んだ直後、カシマはやり残したことがあったと思い出していた。ヤクノの顔を思い浮かべ、今から部屋に戻ろうかとも考えるが、ベッドの上で寝転んでいたヤクノを思い出し、頭を掻く。


 恐怖さんの屋敷の襲撃について、カシマ達が知っていることは断片的に伝わってきた情報だけだ。具体的に何が起きて、今の結果に繋がっているのか詳細の部分は知らない。

 その部分を聞きたいと思い、その相手として屋敷の面々ではヤクノが最適だろうと考えていたのだが、ここから部屋に戻って、長く話を聞くだけの体力は今のヤクノにはなさそうだった。


 流石に無理はさせられない。急いで聞かなければいけないことでもないので、これは明日に回すしかないだろう。

 情報の共有を待っているかもしれないこの家の面々にも、詳細は明日聞くことを言っておかないといけないと考えながら、カシマはヤクノの様子を思い返す。


 ヤクノ達がこの家に到着する前、カシマはヤクノ達の雰囲気が最悪ではないかと危惧していた。それは屋敷が襲われたこともあり、ソラやヒメノなど、明確な被害が出ていることも理由の一つだが、それ以上にミトが行ったというハヤセ殺しについて、ヤクノが許すとは思えなかったからだ。

 常にミトの首を狙っている。そういう関係性が作られ、それを引き摺っているのではないかとカシマは考えていた。


 だがしかし、実際に逢った二人の雰囲気は少し違っていた。


 険悪ではない、とは流石に言い切れないくらいの関係だろう。それは見ているだけでも伝わってくるもので、同じ部屋に放り込まれたコマザワが可哀相に思えてくるくらいだ。


 ただそれは雰囲気の悪さに留まっていて、同じ部屋になることにヤクノが拒絶を示すことも、ミトがヤクノの存在に怯えることもなかった。

 恩人を殺した相手だ。常に命を狙っていてもおかしくはないと思うのだが、そういう関係性には至っていないらしい。


 それが最初からそうなのか、あるいは途中で変わったのかは分からないが、どちらにしても、ヤクノが一定の許容を見せるミトという存在に、カシマは少しずつ興味が湧きつつあった。


(何をしたんやろ?)


 ミトとヤクノの顔を思い浮かべながら、カシマはそう思った。



   ◇   ◆   ◇   ◆



(何をしちゃったの?)


 自身に詰め寄るツインテールの少女を眼前に、ミトは心の中で声にならない悲鳴を上げていた。


 少女の視線は鋭いものだった。親の仇を見つけたようであり、恋敵を睨みつけるようであり、親友の悪口を聞きつけたようであり、虐められたペットを守るようであった。

 単純な敵意と殺意に留まらない、相手を払い除けるような視線に気圧され、ミトは完全に言葉を失っていた。直立の姿勢のまま、身体の芯からコンクリートで固められたように動けなくなる。


 本当に何をしたのかとミトは疑問だった。少女の投げかけた質問の意味も分からなかった。

 ソラに近づいているのかと聞かれても、同じ屋敷で暮らしていたら、近くにいることくらいはあるだろう。それすらもいけないことだと言われたら、どうしてそう言われるほどに、自身は嫌われているのかと不思議に思うことしかできない。


 少女とは初対面である。それは間違いなく、事実であるはずだった。


「答えは?」


 何も言い出さないミトに痺れを切らしたのか、更に詰め寄るように顔を近づけながら、少女はそう聞いてきた。僅かな傾きで触れそうなほどの近さに顔を置きながらも、少女は一切の怯みなく、剥き出しの敵意をミトに突きつけている。


「ち、かづく、とは……?」


 辛うじてミトの口から飛び出した言葉がそれだった。他にも聞きたいことはあったが、話の本筋から逸れてしまったら、少女の額がミトの鼻面に突き刺さることは確定的だったので、本筋から逸れないところで疑問を解消するとしたら、それくらいの言葉しか用意できなかった。

 ミトの問いかけに少女の眉がピクリと動く。眼前で見せつけられた少女の変化に、ミトの体内を緊張が走る。実際の電流ではないはずだが、身体は電気が流れたように固まって、指一本すら動かせない。


「は、あぁ~」


 不意に少女が盛大に溜め息をついた。僅かに身体を曲げ、頭が近づいてきたことで、ミトは本当に額が頭の中心に飛んでくるのかと怯え、身構えてしまっていた。


「だから、はっきり言うと」


 そう言いながら、少女は顔を上げるよりも早く、ミトの襟元にもう片方の手まで伸ばし、両手でミトの身体を持ち上げるように力を込めていた。実際にミトは僅かに浮かび、爪先立ちを強要される。


「ソラちゃんに手を出していないか聞いてるの。分かった?」


 一から十まで言わないと分からないのかと呟きながら、少女はミトの顔を怯むことなく睨みつけてくる。

 手を出していないかとは、それはどういう意味だ、とは流石にならない。そこまで言われたら、近づくなと言われた理由もはっきりとしてくる。


 要するに、目の前の少女はどこの馬の骨とも分からない男が、ソラに勝手に近づいて口説こうとしていないかと不安だったのだ。


 それほどまでに目の前の少女はソラと親しいのだろう。親しい友人が傷つくかもしれないと思ったら、必死になって止めるのにも納得がいくというものだ。


 とはいえ、少女が心配するようなことはミトとソラの間には何もない。

 ミトはしっかりと少女の目の前でかぶりを振り、身の潔白を証明するように断言する。


「そんな関係じゃないよ」

「本当? 嘘ついてない?」


 敵意を疑念に変え、少女は疑いに満ち満ちた目でミトの顔をじっと見てくる。詐欺師ではないかと見破ろうとしている目ではあるが、ミトは一切の嘘をついていないので、そのことに動揺することはない。


「嘘、は言ってない……風か……」


 全面的に信用したわけではない様子だが、一定の納得は得られたのか、少女は表情や雰囲気から敵意や疑念を僅かに取り除き、ミトの身体をゆっくりと下ろしてくれる。


「言っておくけど、今後、ソラちゃんに手を出すことがあったら、()()から」


 そう言いながら、少女は僅かに片足を上げ、膝を突き上げるような動きを見せてきた。

 一体、ナニを潰すというのだろうか。ミトの頭の中には最悪な想像が浮かび上がり、少女の言動に恐怖する。


「分かったら、大人しくしておいてね」


 最後に、それまでの行動が全て演技だったのではないかと思わせるほどの笑顔を浮かべ、少女は踵を返していた。


 立ち去る少女の背中を見つめて、ミトはゆっくり、その場に崩れ落ちるように座り込む。背中や額、脇には信じられないほどの汗がびっしょりと掻いていた。服は絞れば、紙コップを満杯にできそうなほどに濡れている。


(お、女の友情って怖い……)


 少女の剣幕を思い返し、過ぎ去った恐怖を振り返るように感じていると、不意にミトは少女の心配していたこととは別角度の事実があったことを思い出していた。


 もしも、ソラの怪我に自身が関わっていると知られてしまったら、その内容がどうだとしても自分は殺されるかもしれない。

 そう考え、ミトは再び襲ってきた、さっき感じた以上の恐怖に全身を震わせる。身体の腺という腺が緩み、あらゆるところから汗が吹き出しそうになっていたが、辛うじて失禁は免れていた。

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