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7-4.接触不良

 ソラの治療は程なくして、恐怖さんの口から完了が報告された。恐怖さんは見えない額の汗を拭い、ソファーの上で落ちついた呼吸を見せるようになったソラを見下ろしている。


「これで恐らく、きっと、多分、大丈夫だろう。治療は専門外だから、何とも言い切れないが、最善は尽くしたということにしておこう」


 煮え切れない不穏さに満ち満ちた言葉を並べつつも、恐怖さんはそれ以上にやれることがないと行動で示すように、用意された治療器具を片づけて、隣にいるサラさんに目を向けていた。


「では、一仕事を終えたことだし、私たちも休むことにしよう。部屋の準備はしてくれているのかね?」


 恐怖さんがサラさんから、隣に立っていた女性の方に目を移し、問いかけるように首を傾げた。女性の鋭く、冷ややかにも見える目が僅かに歪み、小さな笑みを含ませる。


「ええ、もちろん。最上級の部屋を一つ。貴方のために用意していましたよ」


 そう告げる女性の雰囲気はこれまでの物とは少し違っているように見えた。雰囲気全体に見られた硬さが消え、刺々しさすら感じさせる声が少し丸くなったように聞こえる。


 その変化に対する疑問をミトが浮かべていると、恐怖さんは女性の返答に満足したのか、小さく頷いてから、視線をツインテールの少女の方に向けていた。


「大体の傷の治療は終えたけどね。いくつかの骨は折れたままだ。動かす際には気を付けないと、それらが動いたら、内臓を傷つけかねない。分かるかね?」


 ソラを動かすかどうかの指示はしないながらも、動かすのであれば慎重に、と苦言を呈するように恐怖さんが告げ、ツインテールの少女は緊張の面持ちで頷いていた。恐怖さんからの圧というよりは、ソラが未だ無事とは言い切れない状況に動揺しているのだろう。


 それはミトも同じことだった。

 ソラがあれほどの怪我を負った責任は自分にある。ソラがどう考えているかは分からないが、少なくとも、ミトはそう思っている。


 もしもソラが完全に回復しなかったら、その時は何をすればいいのかと、ミトは頭の中で償う方法を考えてみるが、自分程度にできることは限られている。ソラから零れ落ちたものを埋めるには、あまりにも足りない存在だと自覚している。


 恐怖さんはツインテールの少女がソラを動かすのかも、その場で見守るのかも、自分で決めればいいと思っているのか、それ以上の言葉を告げることはなく、女性の案内でリビングを出ようとしていた。


 その前にサラさんにだけ声をかけ、自身についてくるように告げて、三人は揃って歩き出す。その姿を見送りながら、ミトはほんの少し前まで、丸く変化していたはずの女性の雰囲気が、再び刺々しさを含んだものに変わっていることに気づく。


 今の一瞬で何があったのかと思っている間に、恐怖さん達はリビングを後にし、リビングにはミトと治療を終えたソラ、ソラに付き添うツインテールの少女と、起きているのか眠っているのかも分からないヤクノだけが残されていた。


 軽快な口調の恐怖さんが消え、重たい沈黙がリビングに広がる。ミトはソラが無事かと不安な気持ちを抱え、確認しようかと考え始めるが、ソラを近くで見守るツインテールの少女の存在もあって、どうにも近寄りがたい。


 気になっているのは、この場所を訪れた時、最初にツインテールの少女がミトに見せた表情だった。どこか敵意すら感じさせる表情と、さっき恐怖さんと一緒に部屋を出ていった女性に言われた一言を思い出し、ミトの中に不安な気持ちが募る。


 もしかしたら。


 いや、もしかしなくても。


 自分は歓迎されていないのかもしれない。


 そのような考えが頭の中に浮かび、ミトは動けずにいた。ソラに対する心配の気持ちと、自分自身の立場に関する不安な気持ちが胸の内で混ざり、ミトは落ちつかない気持ちに縛られている。


 部屋の扉がゆっくりと開いたのは、その時だった。ミトの視線とツインテールの少女の視線が同時に動き、リビングの入口の方に向けられた。

 そこにさっき部屋を出ていったカシマが立っていた。玄関で弄ばれていたはずのコマザワのところに向かったはずだが、どうやら、そちらの用件は終わったらしい。


「組合長たちは?」


 カシマがそう問いかけ、ツインテールの少女の方に目を向ける。


「治療が終わって、自分の部屋に行った。ママは案内するって」

「ああ、それでこの状況……」


 カシマが困ったように頭を掻き、部屋の中をゆっくりと見回す。この時になっても、ヤクノが身を起こす様子はない。


「カシマ。ソラちゃん、運べる? 骨が折れているらしいから、慎重に運ばないといけないらしいんだけど」

「無理言うなや。怪我とか、そんなん関係なく、ソラは触られへん」


 カシマがそう答えている様子を見て、ミトは当然の事実を今になって思い出していた。


 そういえば、ソラは誰にも触れられない体質だった。ある程度の放電を終え、身体の中に蓄積された電気が少なくなっていれば、それも少しは緩和されるが、それでも、完全に触れられるほどに電気は消えない。

 こうしている間にも電気は蓄積し、その内、身体から散らばり始めるに違いない。


 そう考えたら、さっきまで何の影響もなく、少なくともミトの目には痺れているように見えなかった恐怖さんは何をしていたのかと、ミトは今更ながらに疑問を懐いた。


 もしかしたら、ソラの体質が一時的にも改善されているのかと思いたいが、それなら、その確信を恐怖さんが持っていたことに疑問がある。


「服の上からなら大丈夫でしょ?」

「ある程度、電気を放っとったら、そうかもしれんけど、途中で落とすことになったら、それこそ一大事や。流石にそんな危険は冒せへん」


 カシマの拒絶は全うだった。最後まで運べる確証がないのに運んでしまえば、ソラの怪我の悪化に繋がるかもしれない。

 その理由をツインテールの少女も否定できなかったようで、開きかけた口をゆっくりと噤み、少女は項垂れるようにソラを見つめている。


「分かった。私が運ぶ」


 不意に少女がそう口走った。


「えっ……?」


 唐突な言葉にミトは驚き、ソラの身体に手を伸ばし始めた少女を止めようと身体を動かしかけたが、それよりも早く、カシマがミトの近くで声を発する。


「持ち上げられるんか?」

「ソラちゃんなら大丈夫」

「なら、任せるわ」


 そう告げたカシマの前で、少女はゆっくりとソラの身体を持ち上げていた。優しく抱きかかえるように連れて、やや不安げな足取りで、ゆっくりとリビングの中を歩き出す。


「落としそうになったら、せめて、優しく置いてあげろよ」

「分かってる。絶対に傷つけないから」


 少女は真剣な口調でそう言い残し、ソラを連れてリビングから出て行ってしまう。


「あ、あの、あの子は本当に大丈夫なんですか?」


 止める様子のないカシマにミトは言葉を挟めずにいたが、少女が部屋を出たタイミングで、我慢し切れずにそう聞いていた。


「まあ、モカがソラを傷つけることはないやろうし、大丈夫やろ。実際、モカ以外に運ぶのは厳しいしな」

「それはどういう……?」


 ミトがカシマの言葉の意味を聞こうとしたところで、カシマの手がゆっくりとヤクノの顔に伸びる。ペチペチと手の甲で頬を叩くように動かすと、ヤクノの瞼がゆっくりと開いて、じっとカシマの顔を見つめ始める。


「引き千切るぞ」

「どこを?」


 ヤクノの呟いた怒りの籠った一言を軽く受け流し、カシマはミトの方に目を向けてくる。


「二人も、ある程度は動けるようになったやろ? ここより休みやすい部屋を用意しとるから、そっちに案内しよか」


 そう言いながら、カシマは親指を立て、天井を示すように動かしていた。

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