6-31.和解と宣言
怪人としてのシトの誕生に、アサギが、酒鬼組が絡んでいたことを知り、ヒマリは深く息を吐いた。溜め息にも似た呼吸の深さに、シトの表情は微かに曇る。
「俺達に声をかけた時点で、俺達のことは把握していたのか? 酒鬼組に恨みがあることも?」
「……ごめん」
「話そうとしなかった理由は何となく分かった」
そこに至るまでの経緯の部分で、シトとして話しづらい話が含まれていたことは事実だ。それも話そうとしなかった理由に含まれてはいるのだろう。
ただそれ以上に気にした部分が、全てを知っていた事実であることは察しがついた。
最初からヒマリとジッパを知っている状態で、シトは怪人組合のスカウトとして接触してきた。
その裏側に、ヒマリ達と同様の酒鬼組に対する復讐心があるのなら、今日に至るまでヒマリ達は利用されていたと言うべきなのだろう。ヒマリとジッパがどう感じるかは別として、シトはそう考える可能性を危惧したはずだ。
印象やこれからの関係を考えたら、シトに話せるはずもなかった。ヒマリは強く納得した。
「強く同情されたくもなかったし、最初から利用するために近づいたと思われたくもなかった。話した方がいいことくらいは分かっていたけど、どうしても……ごめん……」
俯いたシトが謝罪の言葉を呟き、ヒマリは再びゆっくりと息を吐く。溜め息、に聞こえているかもしれないが、そういうつもりはなく、単純に頭の中で言葉を整理していた。
ヒマリの言い方は常にきつい。伝えようとしたことの半分も、うまく伝わらないことが多い。普段はそれでも何とかなる瞬間が多いが、こういう時は話が変わってくる。ちゃんと言葉を選ばなければいけない、とそう思った。
ミライやジッパの視線がヒマリに向く。二人もシトに声をかけたい様子ではあったが、この場ではヒマリが最初に答えるべきだと思っているのか、ヒマリの反応を待っている様子だった。
そのことも分かったからこそ、ヒマリは長く考えている余裕はないと、頭の中に浮かんだ言葉の整理も儘ならないまま、順番に思ったことを口にしていく。
「俺とジッパの目的は酒鬼組への復讐だ。ミライはヴァイスベーゼ。その二つが繋がっている以上、そこには共通性があり、それが一緒に行動している理由だった。利害が一致した。それだけの関係のつもりだった」
ヒマリの言葉にシトの表情が暗くなる。進み始めた話がどちらに転がるか分からず、怯えている様子だ。そのことは分かったが、それをフォローできる言葉もない。
ただヒマリは最初からそうしようと思っていたように、話の舵を切った。
「だが、ミライは少し違ったらしい」
そう告げた声にシトが顔を上げ、ミライの方に目を向ける。
「どうして、超人だったブラックドッグがお前を探すのに協力したと思う? ミライはお前のことを、新しい居場所だと言ったんだ」
ミライにとって居場所というものがどういうものであるのか、シトが知らないはずがなかった。
それを失ったから、ミライはヴァイスベーゼに復讐することを決めたのだ。それを奪った相手を探して、超人としての立場も全て捨て去ることに決めたのだ。
ミライの中では、今のシトは――あるいはヒマリ達は――それほどのものになっていたのだ。
「俺の考えを言うなら、打算でも何でも構わない。お前が俺達を利用しようとしていたのだとしても、目的が一緒ならそれでいい。寧ろ、それが分かった方が信頼できる。何も話さなくても、別に構わない。ただ……」
ヒマリはミライに目を向ける。ミライはヒマリからシトの方に目を向け、そちらで自身を見つめるミライを、少し申し訳なさそうに見つめるシトと目を合わせていた。
「ミライにだけはもう少し、いろいろと話してやれ。それだけできたら、後は何をしてもいい。言っておくが投げやりなわけじゃない。それくらいの信頼は既に得ているということだ」
ヒマリの呟いた言葉に賛同するようにジッパは頷き、ミライはシトの前に歩み寄っていた。シトは大きく目を見開いて、驚いた顔でじっとヒマリを見つめてから、ゆっくりとジッパやミライに視線を移していく。
「シト、大丈夫」
ミライはそう告げて、シトの手を取る。
「一緒に頑張ろう」
ミライのその言葉にシトはゆっくりと目を潤ませてから、力強く頷いていた。
ようやく目的が一致した。不安定だった関係性が安定したことを悟り、ヒマリは安堵したように息を吐いてから、僅かに顔を逸らす。目線はシトやミライから移り、ジッパでもない、その場にいる第三者に向けられていた。
シトの暴走に関する一件は、これで一旦、落ちついたと言えるのだが、問題はもう一つ、ヒマリも想定していなかった別の形で残っていた。
「それで、どうしてお前はここまでついてきたんだ?」
ヒマリがそう聞くと、ブラックドッグの視線がヒマリに向いた。場所は言うまでもなく、ヒマリ達が落ちついているところから分かるように、シトの用意した拠点だ。
その中にブラックドッグも平然と交ざり、今のシトの昔話や和解までの経緯を見守っていたが、ヒマリの記憶が確かならブラックドッグは解放したはずだった。
「どうして、ついてきただと?」
そう言ってから、ブラックドッグは僅かに視線を逸らし、何かに気づいたようにハッとした顔をする。
「何故だ……?」
「自分でも分からないのか……」
ヒマリはブラックドッグの様子に唖然とし、思わず頭を抱えていた。
ブラックドッグのリードを外し、自由に行動していいと伝えたはずだ。首輪は外していなかったが、それも超人と合流したら、簡単に外されることだろう。市販の首輪だ。難しいことではない。
そこに固執しているわけではないだろうとは思っていたが、ブラックドッグは単純にヒマリ達の様子に流されるまま、ここまでついてきたようだった。
「どうしますか、ヒマリさん? また捕まえますか?」
ジッパがそう聞いてきたことで、ブラックドッグは警戒するように立ち上がる。
「そのつもりなら、話を聞く前に捕まえている。こちらとしても、別の厄介ごとを抱えるつもりはない。酒鬼組とヴァイスベーゼの関係性でも手土産にして、超人を動かしてくれたら、焙り出せていいかもしれないしな」
残念なことに、アサギやリクジョー達の逃走を許してしまったことで、酒鬼組に関する情報は途絶えることとなってしまった。
その部分を掻き回す意味も込め、超人であるブラックドッグを返し、超人の方を本格的に動かしたいとヒマリは考えていた。
「お前の手に乗るのは気が進まないな」
「なら、ケージで大人しく、お留守番でもしておくか?」
「超人の元に帰ろう。接触するために、近くの超人を調べてくれるか?」
すぐに意見を変えたブラックドッグの様子に笑みを零しながら、ジッパはスマホを取り出していた。ヒマリは呆れたように、明確な溜め息をつきながら、わざわざ調べる必要があるのかと疑問に思う。
「警察でいいんじゃないのか?」
「いや、超人の情報はシークレットだ。相手が正確に把握してくれていないと、説明が無駄に必要になる」
「超人と直接的に逢った方が楽なのか」
「そういうことだ」
ヒマリがブラックドッグの説明に納得していると、超人について調べていたジッパの表情が不意に変わった。
「何だ、これ……?」
「どうした?」
「これ、超人で調べようとしたら、出てきたんですけど、ここに映っているのって……」
そう言いながら、ジッパが見せてきたスマホの画面には、一つの映像が映っていた。その映像の中の見慣れた仮面に、ヒマリは思わず眉を顰める。
「ジョーカー……?」
その呟きに反応したミライとシトが立ち上がり、ジッパの手元を覗き込むように顔を近づけてきた。ジッパは僅かに屈み、スマホの画面を三人に見せながら、映し出された映像を再生する。
それはヴァイスベーゼから超人への宣戦布告の映像のようだった。ボイスチェンジャーを使っているような、特徴的な高音で話しながら、ジョーカーは超人の時代が終わり、怪人が世の中を支配すると宣言している。
それから、その証明として、ジョーカーは何かを取り出した。黒い布をかけられたボウリングの球くらいの大きさのもので、それを見せつけるように示してから、ジョーカーは布を取る。
そこから出てきたものは、見知らぬ男の生首だった。
「何だ、これは……?」
ヒマリ達の反応やスマホから聞こえる音声に興味を持ったのか、そこでブラックドッグがヒマリ達の脇まで近づいてくる。
その時、ミライがぽつりと呟く。
「あれ、この人……」
その声を掻き消すように、ヒマリの隣から画面を覗き込んだブラックドッグが、驚きに満ち満ちた声を漏らした。
「スティンガー……!?」
「知り合いか?」
ヒマリが問いかけると、ブラックドッグは首肯する。
「超人の一人だ……」
それは急激な状況の変化を、ヒマリ達に告げていた。