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6-30.惨劇の肝試し

 シトがまだ純真さを保った大学生の頃のこと。友人と交わした会話が全てのきっかけだった。


「心霊スポット?」


 友人の齎した話にシトは眉を顰めた。大学近くにある廃墟に、夜な夜な幽霊が出るという噂があるらしい。真偽は不明ながらも、それを面白がった友人に見に行かないかと誘われ、シトは悩んだ。


 はっきり言ってしまえば、幽霊自体に興味はなかった。怖いか怖くないかで言えば、怖い寄りではあったが、そのことは関係なく、わざわざ心霊スポットと噂される場所に行くほどの好奇心を持ち合わせていない部分が強かった。


 とはいえ、友人からの誘いということもあって、シトはうまく断る理由が思い浮かばないことを理由に、廃墟探索に付き合うことを決めてしまったのだ。


 その週の金曜日から土曜日を迎えた夜中の一時頃。シトは友人達と廃墟近くで待ち合わせ、幽霊が出るという廃墟に足を踏み入れることになった。


 ――のだが、そこは思っていた廃墟とは違っていた。確かに外から見ている分には廃墟そのものだったのだが、意外と中は綺麗に掃除されている部分があって、最近も人の出入りを思わせるものだった。


「今も誰かが使ってない?」

「多分、私達と同じように忍び込んだ人でしょう?」


 シトの漏らした疑問に友人の一人があっけらかんと答えた。


 シト達の足は止まることなく、どんどんと廃墟の奥に入っていく。廃墟はかつてホテルとして使われていたのか、今もその名残のようなものが各所に見られていた。一夜くらいなら、シトでも寝泊まりできそうな部屋も多数見受けられる。


 その様子がシトの中に疑問を膨らませた。


 確かに、今も心霊スポットとして有名なら、それなりに人の出入りはあるだろう。この綺麗さが生まれた部分も、それが理由だとすれば、それなりには納得できる。


 だが、そうであるなら、この中を知った人が少しくらい、ここを寝泊まりの場所に使っていても不思議ではないのではないだろうか、と思った。

 家出した少年少女やホームレスなど、住むところがない人にとっては、これほどまでに最適な住居はないだろう。


 それをしている人が、それ以上に人そのものが、全くいないのはどうしてだろうかと、そこが廃墟だとしても、シトは不思議に思った。


 そして、それは廃墟の階段を上った先でのことだった。


 先を歩いていた友人の一人が立ち止まり、後をついてきていたシト達に、静かにするように指示してきた。


「どうしたの?」

「誰かいる」


 そう言って、覗き込んだ部屋の中には、数人の男達が話しているところだった。会話は途中からであり、詳細は分からなかったが、向き合った男の片方が何かを手渡していることは分かり、その中身を目撃したシト達は目を丸くした。


「銃?」

「これ、やばくないか?」


 一人がそう気づき、シト達はその時になってようやく、足を踏み入れてはいけない場所に踏み入れてしまった事実を理解した。


 すぐに立ち去ろうと動き出すが、目撃してしまったものに気持ちが焦っていたのだろう。その場から離れようとした時、友人の一人が物音を立ててしまった。

 その音に、中にいた男達はすぐ気づいた。


「誰だ!?」


 その声が部屋の中から聞こえたと同時に、シト達は一斉に逃げ出していた。必死に廃墟の中を走り、外に向かっていこうとする。


 ――が、シト達が目撃した物は、シト達の足を止めるのに十分な代物だった。


 背後から銃声が聞こえ、気づいた時には友人の一人が倒れていた。それが何度も続き、最後のシトが足に痛みを覚え、転がったところで、誰も立っていないことに気づいた。


 一人は胸から血を流し、動く気配がなかった。一人はシトと同じように足を撃たれ、動けなくなっていた。一人は頭の半分以上がなく、知人でも一見して誰とは気づけない姿になっていた。一人は喉を撃たれ、苦しそうに息を漏らす音だけを響かせていた。


 絶望がシトの身体に伸しかかる中、先ほどの部屋にいた男達が近づいてきた。その中の一人が、そこに座り込んだシトを見下ろしてくる。

 一見すると、優しそうに見える顔つきだが、その目に含まれた負の感情は言葉で言い表せないほどで、シトはそこに底知れない恐怖を感じた。


「連れていけ」


 男がそう命令し、シトは無理矢理に引き摺り上げられる。抵抗しようにも、男達の力の前では抗うことすら許されなかった。


 これがシトの絶望の始まりであり、アサギとの出逢いでもあった。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 シトを連れ去ったアサギ達が最初に行ったことは、シト達の正体を知ることだった。名前を含む素性を問われ、シトは当然のように黙秘した。当時はただの大学生であったシトでも、それを話せばどうなるかくらいは想像がついた。


 シトが強情にも話そうとしないことが分かると、アサギ達はシトが話をしたくなるように、様々な手段を用いるようになった。

 肉体的な苦痛を与えることはもちろんのこと、女性としての尊厳を貶めるようなことや精神的に追い込むようなことも多数された。


 それでも、シトは必死に耐えていたのだが、その努力も全て無に帰す事実が伝えられることになる。


 それがシトと同じように足を撃たれ、動けなくなっていた友人の一人に関することだった。シトは必死に耐え、何も話さないようにしていたのだが、その友人が話してしまったとアサギから告げられたのだ。

 その時、シトはこれまでの努力が無駄だったということと、世界には一人も味方がいないのではないかという絶望感に襲われた。


 そこから先は自暴自棄とすら言えた。シトは全ての苦しみから解放されるように、これまで話そうとしなかったことを全て話し始めていた。


 アサギ達の質問に抵抗することなく答え、情報をいくつも渡してから、ある日、アサギがぽつりと零した。


「しかし、君は従順で良かった」

「えっ……?」

「いや、君の友人だった子は何も話すことなく、傷が原因で死んでしまったからね。君はせめて話してくれて非常に助かったよ」


 そうしてアサギの浮かべた笑みが、シトの脳裏にこびりつくことになった。シトは全てが罠だったことを知り、ここまでの努力を自らの手で無駄にした事実を叩きつけられた。


 シトはそれまで以上の絶望を負いながら、同時に友人が全員殺されたという事実も相俟って、シトは強い憎悪をアサギに向けることになった。

 いつか、ここから抜け出せる時が来たら、その時は殺してやる。そう心の中で密かに決意した直後のことだった。


 ある日、シトの監禁されている部屋を、酒鬼組の一人の組員が訪れた。


 その組員は以前から、拷問という建前で、自身の欲求を満たすために、シトに性的暴力を振るっていた。最近は組内での心証もあるのか、他の組員にばれないように、こっそり一人でシトの部屋を訪れることが多かった。


 その時もそうだったのだが、あくまでこっそりと行動していることが原因だろう。シトを襲っている最中、シトは部屋の扉が開け放たれていることに気づいた。

 目の前の組員さえ何とかできれば、ここから脱出できる。そう気づいたから、シトが行動を取るまでは早かった。


 何せ、その男の急所は目の前に晒されていたのだ。シトが男の動きを封じることは容易だった。


 何の遠慮も躊躇いもなく、全世界の男が平等に死を感じる一撃を与え、シトは部屋から抜け出していく。

 足に残った傷が強い痛みを生んでいたが、それでも、シトは止まらなかった。ここで止まったらどうなるかは、既に捕まった廃墟で嫌というほどに見せられていた。


 シトは必死に監禁されていた場所から逃げ出そうと走り、もう少しで外に出られるというところまで来ていた。


 そこでシトが逃げ出したことが知られてしまったのか、組員達が騒ぎ始めたことが分かった。見つかってしまえば終わる。シトに抵抗する手段はない。

 シトは慌てて、その建物から飛び出し、警察に助けを求めようと考えた。


 ――が、それほどまでに急いでいたことが原因だろう。シトは飛び出した先の周囲を確認する余裕もないまま、背後から酒鬼組の組員が迫っているか、確認することに必死になってしまった。


 そのため、飛び出した先が道路であることも、そこを車が走っていることも気づかず、気づいた時には全身を激しい衝撃が襲っていた。


 シトの身体は地面に投げ出され、そのまま一切の動きが取れなくなる。その様子を酒鬼組の人間が見たかは分からない。見ていなかったとして、シトを見つけられることはもうできなかっただろう。見ていたとしたら、シトは死んだと思ったのかもしれない。

 少なくとも、その時のシトもそうだった。死を自覚し、すぐに意識を手放した。


 それから数時間――数日後のこと。シトはゆっくりと目を覚まし、混濁した記憶の中で、自身の生を実感する。

 この時のシトは自身が生まれ変わったようなものであることなど、一切分かっていなかった。

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