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1-19.おにぎりとパンとお茶と水

 迎えた翌朝。ミトが集合時間を意識する必要もなく、部屋の扉がノックされた。


 ミトがそのノックの音に答え、扉を開けると、そこにはソラが立っていた。


「おはよう、ハル」


 そのように挨拶してから、ソラはミトの変化に気づいたのか、不意に顔を近づけて、穴が開くほどに見つめてくる。


「大丈夫?ちゃんと眠れた?」


 その問いにミトは苦笑を浮かべ、僅かに首を傾けた。


 初めての仕事を何の準備もなく迎えるという緊張感に負け、昨晩、ミトはほとんど眠れなかった。

 僅かに意識が飛んでも、すぐに悪夢が現実に引き戻し、気づけば今朝を迎えていた。


 きっと傍から見ても、それが分かるような顔をしているのだろう。ソラの心配そうな視線がそれを物語っていた。


「大丈夫。行こう」


 そう無理矢理に告げながら、ミトはソラの背中を押し、集合場所となる屋敷の玄関前にそそくさと移動を始めた。


 道中、ソラはミトの様子を心配するように、何度も質問を投げかけてきたが、ミトは不要な心配をかけまいと大丈夫であると言い続け、二人は玄関前に到着する。


 そこには既にヒメノとヤクノが待っていた。ミトとソラが姿を現すと、すぐに二人の視線がこちらに向いて鋭く突き刺さる。


 そう思っていたら、ヒメノの視線はすぐに和らいで、手元のスマホに向けられた。


「オッケー。時間通りやな。じゃあ、軽く説明しよか」


 ヒメノがそう告げる最中も、ヤクノの視線はミトから揺るがなかった。いつまでも向けられる鋭さに、比喩表現ではなく穴が開きそうだと思い、ミトはお腹を摩った。


「これから、スミモリが潜伏していると予想される場所に向かう。途中まではサラさんの運転する車で行って、近くについたら、そこからは歩きや。朝飯は車ん中で配るから、ちゃんと食べときや。死ぬで」


 ヒメノが説明をしながら、屋敷の前に止められた黒のミニバンを指差した。既に運転席にはサラさんが座っている。


「ああ、それと、忘れる前にこれ」


 そう言いながら、ヒメノはポケットに手を突っ込み、そこから一台のスマホを取り出した。

 そのスマホが目の前に差し出され、ミトは戸惑いながら受け取る。


「えっと、これは……?」

「スマホ。ないと不便やろ」

「え?あの、契約とかは?」

「ああ、その辺は心配せんでも大丈夫。ちゃんと使えるから。ただ入手ルートとかは聞かんといてな。私も知らんし」


 あっけらかんとヒメノは説明するが、明らかに合法とは思えないスマホの存在に、ミトは酷く困惑した。


 これを受け取ってもいいのだろうかと思うが、受け取らないと、いろいろな場面で支障が出ることは間違いないだろう。

 これが違法なものだとしても仕方ない、と言い訳にもなっていないことを思いながら、ミトはスマホをポケットに突っ込んだ。


「連絡先とかは車ん中で交換するか。取り敢えず、はよ行かな、遅なったら目立つわ。車乗ろか」


 ヒメノが促し、止められたミニバンの方に近づこうとしたところで、ミトが昨日から気になっていたことを思い出し、立っているその場所を見回した。


「あの、ヒナコさんは?」


 ヒメノの姉と紹介されたヒナコの姿を昨日、初めて逢った時からミトは見ていなかった。


 仕事の説明の場にもいなかったが、流石に当日は来るだろうと思っていたのに、今もいないことにミトは気づき、そのことが気になった。


「ああ、姉貴なら来んよ。今回は別件があるから不参加」

「別件?」


 ミトは何気なく聞いてしまうが、ヒメノの返答は急角度からミトを刺すものだった。


「怪人組合の他の支部に協力の要請をしに行っとんねん。ほら、ハヤセさんが死んで、人手が減ったから、しゃあなしね」

「あっ……」


 その返答にミトが動揺し、思わず固まった瞬間、近くで話を聞いていたらしいヤクノの視線がミトに突き刺さった。

 水にインクを落としたように、雰囲気がじわじわと暗くなっていき、ミトは逃げるように疑問に感じた部分を質問する。


「他の……!支部とかあるんですね」

「なんや?怪人組合がこれだけの人数で活動しとる、小さな組織やと思ったんか?」


 ヒメノは冗談っぽく聞いてきたが、正にその通りであるからミトは笑えなかった。


 恐怖さんの趣味も混ざった私設組織。それくらいの印象だったため、他に人がいる可能性を微塵も考えていなかった。


「ちゃんと日本全国に味方のおる、でっかい組織やから安心しい」


 ヒメノがそう言ったことにミトはひっそりと驚く。


 学校の部活くらいに軽い勧誘で入ってしまったが、その実、日本全国に広がるほどの組織であると知って、ミトは今更ながらに不安を覚える。


 そのような場所に自分がいてもいいのか、という不安もそうだが、そのような組織で名の知れたハヤセを殺した自分がいても許されるのだろうか、と疑問に思う気持ちも強かった。

 ヤクノと同じように、自分を恨んでいる怪人が他にいるのではないかと考えたら、ミトは急に自分の立場が怖くなる。


 もしかしたら、自分はただ利用されるためだけに、この怪人組合にいるのではないか。

 ミトの頭の中では超人と対面し、盾として使われる自分の姿しか思い浮かばなかった。


「ハル?」


 そこで不意にソラの声が聞こえ、ミトは現実に引き戻された。


 ヒメノの何気ない発言から考え込んでしまったが、気づけば、ミトとソラ以外の二人は車に乗り込んでいる。


「何しとん?はよ、乗らんかい」


 ヒメノに急ぐように促され、ミトはソラと共に後部座席に乗り込んだ。ミトとソラの前には、ヒメノとヤクノが座っている。


「じゃあ、サラさん。お願いします」


 ヒメノがサラさんに声をかけると、ミニバンは恐怖さんの屋敷を出発した。


 出発早々、ヒメノが脇に置かれたビニール袋を手に取って、その中に手を突っ込んでいる。


「はい。おにぎりとパン。どっちがいいか答え」

「おにぎり」


 ヒメノのその問いにヤクノが真っ先に答えた。無骨な返答でヒメノの方に目を向けることもない。


「具は?」

「梅か鮭」

「どっちもないから、()()()な」


 全く違った第三の選択肢を渡されるが、ヤクノはそれに不満を言うことなく受け取り、窓の外をじっと眺めたまま、そのおにぎりを食べ始めた。


「はい、二人は?」

「パン。甘いやつ」

()()()()でええか?」


 ヒメノの問いにソラはこくんと頷き、渡されたあんぱんを受け取っていた。

 それから、ヒメノの視線がミトに向く。


「ミトくんは?」

「えっと……じゃあ、おにぎりで」

「具は?ツナマヨと昆布、後、たらこの三種類あるで」

「じゃあ、ツナマヨで……」

「ほい」


 ヒメノからおにぎりを受け取って、ミトもヤクノやソラと一緒にそれを食べ始める。


「あと、これ飲み物ね。お茶。水もあるけど、どっちがいい?」


 ヒメノがペットボトルを差し出すと、ヤクノが無言でお茶を受け取っていた。

 その対応を特に気にすることもなく、ヒメノはミトとソラを見てくる。


「二人は?」

「私はお茶」

「じゃあ、僕も」

「オッケー。水派はおらんかったか」


 そう言いながら、ヒメノは唯一、水を取り出し、それに口をつけていた。


 そこまでの一連の出来事を思い返し、ミトはおにぎりを口に運びながら、少し驚いていた。


 ヒメノと最初に逢った時は厳しく、怖い人にしか見えなかったが、今の流れを見るに、意外と面倒見のいい人なのかもしれない。

 思えば、こうしてミトの初めての仕事に付き添っているのも、そういうところがあるからかもしれない。


 そう考えていたら、隣でソラがミトの袖を引っ張ってくる。


「どうしたの?」

「これ」


 そう言いながら、ソラはスマホを見せてきた。

 どうやら、連絡先を交換しようと言っているらしい。


 確かに、ここから何が起こるか分からない以上、連絡手段は確保しておくべきだ。

 そう思ったミトは首肯し、ソラと連作先の交換を始めると、それに気づいたヒメノが思い出したかのように言った。


「ああ、そうやな。確かに連絡取れるようにしとかな。ほら、ヤクノもちゃんとミトくんと交換しときよ」


 ヒメノがスマホを取り出しながら、ヤクノに話を振って、ヤクノの視線がミトに向く。


 その視線にミトが強張っていると、ヤクノは小さく舌打ちをしてから、自分のスマホを取り出していた。

 交換はしてくれるらしい。


 そんなことがありつつ、サラさんの車は早朝の空いた道路を快適に進み、すぐに目的地らしき場所に到着していた。


「ついたね。よし、降りよか」


 どこについたのかも分からないが、ヒメノに促されるままミニバンを降りると、すぐ目の前を伸びる険しい山道が目に入った。


「さて、じゃあ、ここから、この山、登るで」


 そう告げながら、ヒメノが山道を指差したことにミトは表情を歪める。


 こうして、怪人四人による早朝登山がスタートした。

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