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6-27.一匹の部外者

 部屋の奥で身体を垂らし、シトは苦悶の表情を浮かべていた。顔からは雨に濡れたように水が滴り、地面にぽたぽたと垂らしている。何をされたかまでは分からないが、そこで行われたことが真面ではないことくらいは明白だった。


 シトは後ろ手に縛られているのか、両腕を背中側に回したまま、不自然に肩を持ち上げていた。その背中からは天井にかけて光が伸び、それが少し先の地面に繋がっている。光の正体が何かは分からないが、シトを吊るしているものであることは間違いないだろう。


「シト!」


 ミライがシトの名前を呼びながら突き進もうとし、それに気づいた男がシトに触れたまま、手を伸ばした。


 男の力は分かっている。水を身体から自由に撃ち出すはずだ。指先からでも、金属を抉るほどの水を撃ち出せる以上、シトの口元に突っ込まれた指は銃口に等しい。


「おい、動くとこの女を殺すぞ?」


 男が声を荒げて叫ぶ。状況の優位性をこちらに知らしめる行動だ。流石のミライも、その声に足を止め、その場に立ち止まっていた。


 ――が、しかし、男にとっても、そして、ヒマリ達にとっても、そこには予想外の要素が含まれていた。立ち止まったミライの様子に、歩き出す様子のないヒマリ達に、男は満足したような表情を見せていたが、その中で一人だけ、部屋の暗がりに潜むように足を動かし、平然と男に近づく存在がいた。


 それもそうだろう。何せ、一人だけ、シトのことを良く知らない人物が――いや、()がいたのだから。


 暗闇からブラックドッグが跳ねて、男に飛びかかった。男はそのことに気づき、咄嗟にブラックドッグの方に腕を向けようとする。


 だが、人間の反応よりも犬の方が素早く、男の意識の向く先から、ブラックドッグは簡単に退いていた。男は突き出した手の先から水を噴き出し、ブラックドッグを射抜こうとするが、ブラックドッグは少し離れ、男の水を容易に見られる距離を維持している。


 その隙にヒマリは部屋の中央を伸びる光を指差し、ミライに声をかけた。


「あれを切れ」


 それを聞いたミライが駆け出し、そこに繋がる光に異形の手を振るっていく。光は異形の手に押しやられ、やがて音を立てて切れる。ぷつんと光が弛み、そこでようやく光の正体が糸であることに気づく。


 シトの身体は地面に投げ出された。そのことに気づいたヒマリ達の見知らぬ女が、シトを逃がさないように捕まえようと手を伸ばしているが、それよりもミライの動きの方が速かった。

 女や男の手にシトが渡らないように飛び出し、その隙間に割って入るように異形の手を振るう。床に触れた手は容易に穴を開け、そのことに二人の怪人は流石に躊躇いを覚えた様子だった。


「また、こいつかよ……!?」


 男が再び対峙することになったミライに厄介そうな顔を見せ、手を突き出している。その動きに反応し、ミライは腕を異形のものから、光り輝くものに変えていた。

 そこで始まった攻防を目の当たりにし、ジッパがヒマリの顔を見てきた。


「あの……! 俺はスイミさんが巻き込まれないように助けてきますね!」

「ああ、分かった」


 ヒマリがそう返答すると、ジッパは三人の怪人が争う最中に駆け出し、シトの元まで近づこうとしている。ミライがそのことに気づいているかは分からないが、ジッパもこういう場自体には慣れている。立ち回りを間違えることはないだろう。


 それよりも、とヒマリは部屋の中を見回し、気になっていたことを考えていた。


 状況から察するに、二人は怪人だ。一人はそのことが明白で、もう一人の女の方は確定ではないが、シトを捕らえている糸の異様さから、それを生み出した怪人であると考えるべきだろう。


 そうなると、この場所にいるのは、どちらもヴァイスベーゼの怪人ということになる。

 酒鬼組の人間が、アサギがいない。そのようなことがあり得るはずはない。


 そう考えたヒマリがゆっくりと部屋の中から、天井に目線を移していた。もう少しで最上階につくところだった。つまりは上があるということだ。


 そこにいるのかと、そう思ったヒマリが歩き出そうとしたところで、場を掻き乱すだけ掻き乱し、一息つくように戻ってきたブラックドッグが声をかけてくる。


「どこに行く?」


 その声に視線を動かし、ヒマリはただ地面に伸びるだけのリードを見つけ、それに手を伸ばした。


「酒鬼組の人間もいるはずだ。そいつを探しに行く。お前は好きにしろ」


 そう言って、ヒマリは再び立ち上がり、今度こそ、部屋から出ていこうとする。


「待て」

「まだ何かあるのか?」

「首輪も外せ」


 そう命令するブラックドッグを見つめ、ヒマリはふんと鼻を鳴らしてから、特に何かをすることもなく、部屋から出ていった。


「おい、無視するな!」


 背後から怒号が聞こえてきた気もするが、それはすぐに猛烈な水音に掻き消され、ヒマリは気のせいかと思った。



   ◇   ◆   ◇   ◆



「大丈夫ですか、スイミさん?」


 シトの元に駆け寄り、ジッパはそう声をかけていた。シトはゆっくりと顔を上げ、弱々しく微笑むと、「ごめんね」と謝罪する。


「謝るとか良いんですよ。とにかく、逃げましょう」

「そうしたいけど、逃げられなくて」


 そう言いながら、シトが手足を動かしたことで、ジッパはシトの両手両足が拘束されていることに気づいた。その拘束を外そうと手を伸ばしてみるが、そこに絡まった糸はどうにも解ける様子がない。


 それどころか、その糸は単純に絡まっているわけではなかった。両腕も両足も、それを拘束している糸はしっかりと縫い込まれている。肌から伸びた糸はどれだけ引っ張っても切れる様子がない。


「ダメだ、ミライちゃんの力がないと……!」


 そう思ったジッパが振り返ってみるが、そこで飛び散る水飛沫の中、怪人を押し返すミライに声をかけて、こちらに手を回せるだけの余裕はなさそうだった。


 水を撃ち出してくる怪人だけではない。一緒にいた女の方も、さっきミライが砕いた地面の欠片を持ち、そこで何かをしている。

 異様な糸は流石に怪人が作り出したものと考えるべきだろう。この状況でそれができるのは、あの女だけだ。


 ということは、今も糸を使って何かをしようとしているのかもしれない。そうジッパは気づくが、それを止めるだけの手立てが今のジッパにはない。


「ああ、ミライちゃんを手助けできたら……」


 そうしたら、シトも解放できて、ジッパ達には余裕ができる。その余裕をうまく活用できれば、男達を制圧できる可能性も、ここからうまく逃げ出すという選択肢も取れるはずだ。


 そう思うのだが、そのための手段がジッパにはなく、ヒマリに頼るしかないかと思ったジッパが、そこで部屋の中からヒマリの姿が消えていることに気づく。


「あ、れ……? ヒマリさん……?」


 ジッパが困惑し、きょろきょろと部屋の中を見回し始めたところで、地面に伏せるように倒れ込んだままのシトが回転するように身体を起こし、ジッパに声をかけてきた。


「アイガモくん!」

「はい?」


 その声に振り返ったジッパの前で、シトが唐突に胸を張り、堂々と宣言してくる。


「これを使って!」

「は、い……?」

「早く! 手を突っ込めば分かるから!」

「はぁい!?」


 唐突に自身の胸元に手を突っ込めと言ってくるシトに、ジッパは何が起きているのか理解できず、ただ赤面することしかできなかった。必死に両手を振るい、言葉以上に仕草で、そんなことはできないと何とか意思表示をする。


「そういう初心な反応はいいから! 早く!」

「いや、そんなこと……!?」

「胸だな」


 そこでジッパとシトの近くから、不意にそう声が聞こえ、ジッパの目の前を黒い何かが横切った。


 それがブラックドッグであると気づいた直後、大きく振るわれたブラックドッグの頭の動きに合わせ、シトの胸元が勢い良く切り裂かれる。


 そこから飛び出す赤い塊を目にしたことで、ジッパの目はゆっくりと見開かれ、喉の奥から声が転がるように飛び出した。


「えっ……?」


 ジッパのその声を掻き消すようにブラックドッグが着地した時、その口元には破かれたシトの衣服の一部が咥えられていた。

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