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6-23.俄狂言

 柔和な笑みを浮かべながら、握手を求めてくるアサギを前にして、シトの身体は自然と震えていた。身体の底から湧いてくる感情を噛み殺し、シトは何とか表情を取り繕い、その手に触れる。

 温もりが気持ち悪い。


「このような場所ですみません。どうぞ、お好きにお座りください」


 そう言って、アサギは近くにあったパイプ椅子を差し出してくる。それ以外に座れるものはないので、この状況なりに丁重に扱っていると思うべきだろう。


 アサギは()()()()()腰が低かった。そう見せていることは分かるが、知っていても騙されそうになる雰囲気に、シトは気持ち悪さを覚える。


「それで早速ですが、どうして私達に接触を図ってきたのか、伺っても?」


 シトの正面にパイプ椅子を並べ、アサギはそこに腰かけた。リクジョーとカンザシは少し離れた位置に立って、シトとアサギを遠巻きに見ている。距離はあるが、その雰囲気は鋭く、シトのすぐ近くまで視線は突きつけられている。


「その、実は……」


 シトは理由の部分について、それなりに頭の中で組み立ててはいたが、それはカプセルの中に収められる前のことだった。ここに至るまでに少しずつ思い出し、元の形を復元しつつあるが、それでも、その時に万全だと思えたほどの形は作れていない。


 しかし、ここに来て、理由を説明しないという行動は怪しさに直結する。少しでも疑いを持たれたら終わりだ。


 多少、不格好でも仕方がないと、シトは作り上げていた理由を少しずつ頭の中から取り出し始めた。


「私を助けて欲しいんです」

「助けて欲しい?」


 アサギは怪訝げに首を傾げ、リクジョーとカンザシの方に目を向ける。視線に気づいたリクジョーは眉を顰めながら、軽く首を傾げていた。自分も知らないという意思表示のようだ。


「一体、何から?」


 アサギはそう問いかけながらも、柔らかな笑みを浮かべた表情を一切、崩していなかった。針金を張り巡らせたように、表情は固定されているのだろう。そういう振る舞いができるからこそ、シトはそこにどうしようもない嫌悪感を懐いてしまう。


「私を利用しようとする怪人です」

「怪人……?」


 シトの呟いた言葉に反応し、再びアサギの視線がリクジョーとカンザシに向く。二人の反応は揃ってかぶりを振るもので、それを見たアサギの柔らかな視線がシトに向いた。さっきまでの笑みは少し影を潜めたように思える。


「詳しく伺っても?」

「私は今、怪人に脅され、無理矢理協力させられているんです。潜伏先の確保とか、そういう怪人にはできないことを中心に」


 シトの話の隙間に相槌を打つようにアサギは僅かに頷く。これまでの会話からも、シトのことを知っている様子は全くない。覚えていないか、その時とは違うシトの様子に気づいていないか。恐らくは前者だろうと思いながら、シトは話を続ける。


「ですが、どんどんと要求は過激になって、このままだと何をさせられるか……。それが嫌になって、何とか助けてもらおうと、こちらと――アサギさんと話をしたかったんです」

「なるほど、怪人に脅されて……それで逃げたいと思ったと……。しかし、どうして私達に話を持ち込んだのですか? 警察や怪人なら超人に助けを求めれば良かったのでは?」

「それは……」


 そこから先はシトの頭の中でうまく作り上げられていない部分だった。シトはどうしようかと手探りで進みながら、落ちてある言葉を一つずつ拾い上げていく。


「怪人が相手ですから、ただの警察では難しいと思いました。超人も、純粋に頼れる存在であれば良かったのですが、その協力をしている途中、かなり非人道的な行為を見てしまい、どうしても信用できませんでした」

「それで私達に?」

「はい」

「どうして、そのようになるのですか? 他にも助けを求められる相手はいたのでは?」

「一番の理由は、その怪人がこちらを狙っていたからです」


 シトがそう切り出したことで、アサギの表情は明確に変わった。それまで僅かでも浮かべられていた笑みは消え、真剣な眼差しをシトに向けてくる。

 ここまでよりはシトの知っている姿に近づいたが、それでも、まだ含まれている柔らかさはシトの記憶とは反したもので、シトは嫌悪感に震えそうになる手を必死に止める。


「こちらに怪人がいることは分かっていました。私がその怪人の情報を渡せば、保護してくれるのではないかと、そう思いました」

「なるほど、怪人の情報を……」


 そう言いながら、アサギは考え込むように顎に手を当てる。シトを見つめる目は少しずつ鋭さを増している。何か値踏みでもするような目だ。


「因みに、一つだけ先に伺ってもよろしいですか?」

「何でしょうか?」

「その怪人の名前を教えていただけますか?」

「紅丸日鞠、と名乗っていました」


 シトの答えを聞いたアサギが大きく息を吸い込んだ。表情の僅かな変化が動揺なのか、喜びなのか、シトには判別できない。


 どちらにしても、シトの切った札はアサギの気を引いたらしい。ヒマリには悪いと思いながらも、手段はこれしかなかった。せめてもの罪滅ぼしでもするように心の中で謝罪の言葉を呟く。


「その他にも、その怪人に関する情報は持っているのですね?」

「はい、その怪人の他にも二人、一緒に行動している怪人の情報も持っています」

「そこまで、ですか……」


 アサギの視線が僅かに揺れる。シトから外れ、リクジョーやカンザシの方を軽く見てから、部屋の中を漂っている。何かを考えているらしい。シトはどこまで踏み込めたのか、その様子からは読み取れず、緊張感に包まれていた。


「分かりました。ここに来たからにはご安心ください。もう二度と、その怪人の手には渡さないと約束しましょう」

「本当ですか?」

「ええ、もちろん」


 再び柔らかな笑みを浮かべたアサギを前にして、シトは取り敢えず、最初の関門は突破できたと静かに喜びを得ていた。これで目的に一歩近づいた。後は隙を窺うだけだと思いながら、握った手を胸元に当てる。


「では、詳しい話は別室で伺いましょうか。この下の階にある部屋が、ここよりちゃんとしている部屋なので、そちらに移動しましょう」


 そう言いながら立ち上がるアサギを見て、シトはやはり警戒されていたかと納得する。部屋の様子を見た時点で分かっていたことだが、流石に危険物は持っていないと分かっても、シトの素性が分かっていない状態で、簡単に気を許してくれるはずもないだろう。


「では、案内をお願いしますよ」


 そこでアサギはリクジョーとカンザシにそう告げる。リクジョーとカンザシはアサギからの命令を引き受けて、シトを案内しようと部屋に入るために使った扉の前に歩み出している。


「えっと、アサギさんはご一緒されないのですか?」

「いえいえ、私ももちろん向かいますよ。ご安心ください」


 そう答えるアサギの表情と様子に、シトは若干の不安を覚えながらも、それ以上の追及はできない状況だった。


「ほら、こちらにどうぞ」


 そう言いながら急かすリクジョーに、シトは仕方なく扉の前まで移動する。


 そこで再び先を行くリクジョーと後からついてくるカンザシに挟まれ、今度は雑居ビルを下ることになった。


「緊張した?」


 リクジョーが振り返り、そう聞いてくる。


「まあ、少し」

「だよね。情報しか持ってないし」

「……? どういう意味?」


 リクジョーの言い回しが気になり、シトがそう聞き返したタイミングで、リクジョーはさっきまでいた一つ下の階の扉の前に到着する。


 そこでリクジョーが扉を開き、こちらを振り返ったタイミングで、シトは背後に勢い良く手を引っ張られた。


「えっ……!?」


 そう呟いて振り返ろうとした時には、もう片方の腕も引っ張られ、背中で固定されたように動けなくなる。


「何が……!?」


 そう呟きかけたシトの背中を強烈な衝撃が襲う。カンザシが蹴ったのか、シトは開かれた扉の奥に倒れ込み、その背中をリクジョーが踏みつけてくる。


「足もだ」

「分かってる」


 そう言いながら、カンザシがシトの足元で何かをし始めた。僅かに顔を上げたシトは、そこでカンザシの手から不自然に伸びる細い光を見る。

 それが何かと思っている間に、シトの足はもう片方の足と繋がれたように動かなくなり、身を起こすことも困難になっていた。


「はい、拘束完了」

「ちょっと!? 何これ!?」


 そう抗議の声を上げながら、シトは自身の判断が誤りだった事実を噛み締めていた。

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