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 目覚めて最初のヒマリとの会話を終え、シトは深く息を吐いていた。緊張や動揺、自身に対する嫌悪感など、いくつかの負の感情を込めた溜め息だ。シトの気持ちは暗くなり、目を覚ましたばかりでありながら、もう一度、夢の世界に逃げ込みたい気分に陥る。


 だがしかし、そうしてはいられない理由も、シトはちゃんと思い出していた。ゆっくりと物音を立てないように気をつけながらベッドから抜け出すと、そっと扉に耳を当て、部屋の外の様子を窺う。

 ヒマリ達が何を話しているのか、今の今まで眠っていたシトには良く分からない部分も多かったが、開く扉の音がヒマリ達の移動を教えてくれた。


 シトはゆっくりと扉から離れ、部屋の中を改めて見回すと、そこに置かれた自身の私物を発見し、手を伸ばす。

 最初に手に持った物はスマホだ。そこにどのような連絡が届いているのか、シトは順番に確認していく。


 冷静だったかと聞かれたら、当然、冷静ではなかったと答えるしかない。ヒマリの口から飛び出した名前を聞いた瞬間、シトの中の何かが壊れ、何かが動き出していた。


 そのために、ヒマリ達の行動を考えることなく、無鉄砲に飛び出した部分は多大にある。無謀だったと言われたら、そうとしか言いようのない行動だったが、シトは正気を失いながらも、状況ごとの判断を意外と冷静に行っていた。


 直接的に立ち向かって、素直にシトの願いを聞いてくれるとは流石に考えなかった。当然のように相手方にとって、明確な利益が必要となるだろう。

 それをあの状況で提示できれば良かったのだが、それだけの準備をシトは行えなかった。男を逃がさないように捕まえるには、流石にヒマリやミライを振り払う余裕はなく、シトに許された時間はあまりに短かった。


 シトの行動に対する相手の行動はある程度分かる。もちろん、確率でしか分からないので、それが確実に行われるとは言えないが、これまでの経験も合わされば、それが数字に等しいものなのかどうかくらいの判断はできる。


 シトが男に連絡手段を渡せれば、それを受け取ってくれる可能性は非常に高かった。状況はどうであれ、シトが何者であれ、事前に聞いているだろう情報も含めて、男は接触してきたシトを追い払わないだろうと、シトは自身の考えとしても思えていた。


 そして、それ以外に男との接触を有益なものに変える手段を、シトは思いつかなかった。時間の短さもそうだが、すぐに辿りつくヒマリとミライの行動を予測すれば、自身がカプセルに収められる可能性は非常に高かったからだ。


 悠長に話している時間も、相手についていく余裕も、状況的にはない。それなら、自身がカプセルの中に取り込まれても、相手にこちら側と接触できるだけの物を残しておく。それが最善だろうと考え、シトは行動に移していた。

 それが実際に良かったのかどうかはまだ分からない。これ以外に思いつかなかったという部分も大きく、他に良い手段があったと言われたら、それを否定できるだけの自信はない。


 頼むから、自身の残したものが次に繋がっていてくれ、とシトが心の中で願いながら、スマホを確認すると、そこにはシトも把握していない相手からの連絡があった。


 それを確認した段階で、シトは即座に自身の行動が実を結んだと判断し、再び部屋の外の様子を窺っていた。

 連絡を取っている声を聞かれても厄介であり、ここから抜け出す必要性まで考えれば、外に出てから連絡を取るべきだ。その方がいろいろと交渉がスムーズに運ぶだろう。


 シトはヒマリ達がどこかの部屋に入ってから、出てきていないことを確認し、ゆっくりと見つからないように気をつけながら、部屋から抜け出した。シトは移動した先の部屋で警戒するように周囲を見回してから、ヒマリ達が入ったと思われる部屋を確認し、ゆっくりと物音を立てないように部屋の中を移動していく。テーブルの脇を通り過ぎ、家から出る準備を済ませ、シトはヒマリ達に見つかることなく、こっそりと家からも抜け出していた。


 それから、誰にも見つかりそうにないほど移動し、シトはようやくスマホを取り出す。そこに届いていた連絡に応えると、即座にシトのスマホが着信を知らせた。


 通話の相手は、あの時のスポーツジャージ姿の男のようだった。


「もしもし?」

「本当にあの女か? 半信半疑だったんだが、どういう話だ?」

「あの時も言ったように、私をそちらの人間に合わせて欲しい」

「何が目的だ?」

「直接逢ってくれるなら、その時に説明する」


 シトの端的な返答に、スマホ越しの男は迷っているのか、しばらく黙りこくっていた。


「お前はどういう状況だ? あの怪人達はどうした?」

「捕まってたけど、何とか抜け出せた。今は外から連絡してる」

「つまり、一人か?」

「ええ」


 スマホの向こう側で男は考えているのか、僅かに頭を動かす音がした。スマホにピアスが当たる音が小さく聞こえてくる。


「なら、場所を指定する。そこまで一人で来い。まずはそこからだ」

「分かった」


 シトがそう答えると、男は駅近くのコンビニを指定の場所として伝えてきた。すぐに通話が切れ、シトは少し眉を顰め、スマホを見つめてしまう。

 そのような場所に待ち合わせて、本当に姿を見せるのかと思いながらも、シトはそれに従うしかなく、目的のコンビニに向かって移動し始める。


 目的のコンビニは、駅近くということもあり、それなりに人の入りの多い店だった。ここに現れるのかと思っていたら、再びシトのスマホが着信を示し、シトは通話に出る。


「よし、一人のようだな」

「どこにいるの?」

「言っただろう。まずはそこからだ。次の場所を指定する。そこにも一人で来い」


 そう告げ、男は簡潔に場所を伝えてくると、またすぐに通話が切れた。


 要するに、シトが本当に一人で行動しているのか確認しているのだろう。そうと分かれば、シトは男からの指示に従い、移動を繰り返すしかない。


 コンビニ前で指定された場所に向かうと、またすぐに着信があり、次の場所を指定される。その次の場所を訪れると、再び着信があり、また次の場所を指定される――ということを数回、シトは繰り返す。


 これをどこまで続けるのだろうかと、シトが不安と苛立ちを募らせ始めたところで、男は郊外に立つ雑居ビルを指定してきた。いつまで続けるのかと聞こうとするシトの声を無視し、男は通話を切ってしまい、シトは爆発しそうな感情を抱えながら、指定された雑居ビルに向かう。


 そこに二つの人影があった。その内の一つを目にしたシトは目を丸くし、思わず足を止める。


「よう、やっと逢えたな」


 軽く手を上げながら、そう声をかけてきた人物は、ここまで何度もシトを振り回していたスポーツジャージ姿の男だった。

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