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6-20.少女の本音

 足音か、あるいは匂いか。ヒマリ達が部屋に入る前から、ブラックドッグはヒマリ達の来訪を分かっていたらしく、扉を開けた時にはケージの中で身を起こしていた。

 ブラックドッグの視線がヒマリ達に突き刺さる。鋭い視線には敵意や怒りよりも、警戒の感情が見て取れる。冷静さは失っていない様子に、ヒマリは若干、安心する。


 ブラックドッグの前まで歩み寄ったのは、今度はヒマリではなく、ミライだった。ケージの前で屈み込むと、ブラックドッグと向き合うように正座する。


「今度はパラドックスが話をするのか?」


 ブラックドッグは怪訝げに眉を顰め、ミライをじっと見つめる。その視線にミライは頷き返し、ブラックドッグはふんと鼻を鳴らした。人が変わった程度で結果が変わるものかと思っているのだろう。


 それはヒマリも同感だった。

 ミライがここから、どのように交渉するつもりなのか、ヒマリにも分かっていない。どこに交渉が成功するという算段があるのか、未だに疑問に思っている状態だ。


 大丈夫なのかという不安を抱えながら、ヒマリがミライを見つめていると、ミライはゆっくりと口を開く。


「シトがいなくなった」


 開口一番、そう告げたミライの言葉に、ブラックドッグは分かりやすく眉を顰め、僅かに首を傾げていた。


 いなくなった、と言うからには、生物であることは分かっただろうが、ではシトとは誰なのかと考えても、ブラックドッグに分かるはずもない。


 何せ、ブラックドッグが現れた時点で、シトはカプセルの中だった。ブラックドッグは今に至るまで、シトとは一度も逢っていないはずだ。


「誰だ、そいつは?」


 正直にブラックドッグはそう聞くが、ミライは説明をすることが面倒なのか、する必要がないと思っているのか、ブラックドッグの問いに答える様子を見せなかった。


「シトは多分、酒鬼組かヴァイスベーゼと逢ってる。理由は分からないけど、そうするだけの何かがあって、一人で逢いに行ったんだと思う」

「待て、パラドックス。話が見えない。お前は俺に何を話したい?」


 正面からの交渉であるなら、ブラックドッグは何かしらの負の感情を露わにし、突き返すことができたのだろう。


 しかし、ミライの持ち込んだ話はブラックドッグの知らないものだった。一から十まで、ミライの話していることが分からないとなれば、流石のブラックドッグも困惑するしかなかったようだ。


「シトを探したい。手伝って欲しい」


 そして、ブラックドッグを置き去りにしたまま、ミライの話は執着地点に到着する。


 そこまで来れば、話の全貌が分からないブラックドッグでも、ミライが何を頼みたいかは察したようだ。困惑だけを詰め込んでいた表情に、僅かな冷静さが混じり、ブラックドッグは冷ややかな目でミライを見つめる。


「シトというのが誰なのかは知らないし、どういうことがあったのかも分からないが、取り敢えず、パラドックス、お前の目的は俺の鼻を頼りたいということか?」


 ブラックドッグの確認作業にミライは正直に頷く。ブラックドッグはミライの反応に溜め息をつくと、ゆっくりと返答に困るように顔を逸らしている。頭の中でゆっくりと言葉を吟味している様子が良く分かる。


「まず聞きたいんだが、それを俺に正直に話して、それで俺が協力すると思っているのか?」


 ブラックドッグからの問いかけに、ヒマリは心の中で、それはそう思うだろう、と思っていた。

 どこからどう考えても、今の話の持ち込み方で、ブラックドッグが納得して協力するとは思えない。


 何より、ブラックドッグにメリットがない。


 ヒマリの頼みにしても、交渉の主導権を握っているのはブラックドッグの方だ。必要なものを全て持っているブラックドッグから見て、何の対価もない交渉に応じる理由がない。


 しかし、ミライは表情一つ変えることなく、それが当然のことであるように頷いていた。それを見たブラックドッグの表情が僅かに険しくなる。


「お前は俺を馬鹿にしているのか?」

「してない」

「なら、普通に考えろ。この状況でお前の頼みを聞く理由がない。その頼みを聞いて、俺に何の得がある?」

「ヴァイスベーゼを見つけられる」


 ミライがそう答え、ブラックドッグはゆっくりと溜め息を吐いた。


 確かに怪人であるヴァイスベーゼは超人から見ても、追う対象ではあるだろう。それが見つけられること自体は望ましいことであるはずだ。


 しかし、それは別にヴァイスベーゼに限った話ではない。この場にいるヒマリとミライ、それにいなくなったシトも、全員が怪人である。それらからの頼みを素直に聞く暇があるなら、ヒマリ達を如何に捕まえるかを考えて行動するだろう。


 馬鹿にしているのではなく馬鹿なのか、とブラックドッグがミライを見つめる目は語っていた。同じことをヒマリも思った手前、それを責める言葉はない。


「交渉になっていない。俺が聞く理由はない」

「なら、手伝ってくれたら、()()()()()()()()()()()()、と言ったら?」

「ん……?」

「ちょっ……!?」


 唐突に口にしたミライの言葉を聞いて、ブラックドッグは分かりやすく表情を変えた。ジッパも慌ててミライを止めようと思ったのか、割って入るように踏み込みそうになるが、それをヒマリは制止する。


「ヒマリさん……!? 今、勝手に……!?」

「あいつに任せる。そう決めた」


 ヒマリは短くそう告げ、ジッパはヒマリの言葉に納得し切れないながらも見守ることにしたようだった。


 ミライがじっとブラックドッグを見つめ、ブラックドッグはやや戸惑いの表情で、そのミライを見つめ返している。言葉の中に含まれた嘘を探ろうとしているのだろうが、今のミライは嘘を言っていないはずだ。


 こういう場でうまく嘘をつけるほどに、ミライは賢くない。


 だからこそ、今、ここで怪人をしている。


「本気で言っているのか?」

「もちろん」

「すぐにここまで他の超人を連れてくるぞ?」

「だとしても、仕方ない。シトを見つけるためだから」

「どうして、そこまでする? そんなにミレニアムの復讐を果たしたいのか?」


 ブラックドッグの問いかけにミライは少し黙る。それまでは即座に反応を見せていたミライだ。そこで今までと違う様子を見せたことに、ブラックドッグだけでなく、ヒマリも少し疑問に思った。

 どうしたのかと思いながら、ミライの背中をじっと見つめていると、ミライは頷くことなく、口を開く。


「シトも、私の()()()()()()だから」


 その一言にブラックドッグは驚きで目を見開き、恐らく、ヒマリも同じ表情をしていた。隣ではジッパも同じように驚いているはずだ。

 それほどまでに、ミライがまっすぐに放った言葉は意外なものだった。


 ただ目的が同じである。同じ相手を探している。それくらいの関係から続いているものだと思っていたが、ミライの中では少しずつ、ヒマリ達との関係性に変化が生じていたらしい。

 そのことをヒマリは今になって知り、どのように反応すればいいのか戸惑った。


「ヒマリさん……!」


 隣でジッパがヒマリの名前を呟き、ヒマリの視線が移る。

 ミライの言葉を素直に受け取り、嬉しそうに微笑むジッパの表情を見て、これだけ素直に受け取り、表現できたら、どれだけ楽に、楽しく生きられるのだろうと、ヒマリはジッパが心の底から羨ましく思った。


「それは……俺達とは違ったということか?」


 ブラックドッグの問いかけに、ミライは押し黙っていた。何も言うことなく、ただ僅かに俯く。それだけで、ブラックドッグは全てを察したようだ。


 ブラックドッグの視線がヒマリとジッパに向く。じっとこちらを見つめる目には、それまでの鋭さはない。

 ブラックドッグはゆっくりと息を吐いた。深く肺の中の空気を全て新しい空気と変えるような、そんな長い息だ。


「匂いで、確実に追えるという保証はない。それでもいいのか?」


 ブラックドッグの問いかけに、ミライは顔を上げ、即座に頷く。

 ヒマリとジッパはブラックドッグの言葉に驚きながら、思わず目を合わせる。


 政府の飼い犬であったはずのブラックドッグが、一時的とはいえ、怪人の飼い犬となった歴史的瞬間だった。

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