1-18.澄森真央
「目的の怪人の名前は澄森真央。十九歳の男子大学生……やから、私と同い年やな」
さらっと自身の年齢情報を織り交ぜながら、ヒメノがそう説明した。
ミトに与えられた今回の仕事の主目的である怪人の駆除。そのターゲットがそのスミモリであるらしい。
「顔写真等は非公開。現在地も不明。ただ逃走方面だけは公開されとる」
「あ、あの~」
ヒメノの曖昧な説明を聞きながら、ふと疑問に思ったミトが手を上げると、ヒメノが鋭い視線を向けてきた。
怒られるのかと思い、咄嗟に手を下げそうになるが、その前にヒメノがビシッと指を伸ばし、ミトに向けてくる。
「はい、ミトくん。発言いいよ。挙手できて偉いね」
「あ、あぅ、あっ……ありがとうございます」
まさか、褒められるとは思っていなかったこともあって、盛大に口籠ってから、ミトはお礼の言葉を口にした。
それからヒメノに促されるまま、ミトは疑問に思ったことを口にする。
「その公開、非公開って、どういうことなんですか?どこから情報を得てるんですか?」
「んなもん、アマガイサイドからに決まっとるやん」
「え?え?どういう……内通者的な奴ですか?」
「ちゃう。超人が追いかける怪人の情報として、一部は世間に公開されとる。怪人組合はそういうところから情報を得るしか、情報を入手する方法がないねん」
「それってつまり、怪人じゃなくても調べたら分かる程度のことしか分からないってことですか?」
ミトに気づきにヒメノは首肯し、ミトは唖然とした。
怪人組合と名乗り、独自に行動していると思っていたから、そこに集まる情報は洗練されたものだと思い込んでいた。
しかし、実際はどこの誰でも手に入る情報から、自分達の行動を決めているらしい。
それを信じて動いても大丈夫なのかとミトは不安に思ったが、ここに来てしまった以上、ミトに従う以外の選択肢はなかった。
「質問はそれだけ?」
「あ、はい……」
「ほな、次行くで」
そう言いながら、ヒメノがスマホを取り出し、画面をタップし始めた。
まさか、現在進行形で怪人の情報を確認しているのだろうかと思っていたら、ヒメノがスマホの画面から顔を上げ、忘れていたかのように聞いてくる。
「そういえば、ミトくんはスマホ持っとるん?」
「え?スマホくらいはもちろん……」
そう言いかけて、ミトは思い出した。
怪人になってから、ミトの元持っていた持ち物は消え、今は何もない。
スマホどころか、財布すら持っていない状態だ。
「いや、持ってないです……」
「ほな、後で準備しとくわ。今回はソラにでも見せてもらい」
ヒメノがそう言った途端、ソラが即座にミトに近づいて、ピタリとくっついてきた。急なソラの接近にミトはドギマギし、全身を緊張で固くする。
「はい、どうぞ」
そう言いながら、ソラがスマホの画面を見せてきて、ミトは緊張で固まった首を何とか動かし、その画面に目を向けた。
スマホを取り出し、わざわざ何を見るのだろうかと思っていたが、そこには何かの事件を報じたニュース記事が映し出されている。
良く見てみると、それは最近起きた殺人事件のようだ。
「二日前のこと。ここから少し離れたところで、大学生四人が何者かに殺害された。死因は毒殺。明らかな他殺で、犯人は未だに捕まってないんやけど、この大学生四人組年齢はバラバラやけど、全員同じ大学に通っとるねん」
ヒメノの言った言葉を聞きながら、記事を順番に読んでいたミトは該当の大学名を発見した。
確かに全員が同じ大学に通っているようだが、大学生四人が集まっているのなら、その四人が同じ大学に通っていても不思議ではないのではないか、と思いそうになったミトの前で、ヒメノが続きの言葉を口にする。
「澄森真央と」
「えっ?」
その一言に思わずミトは驚いた表情で、ヒメノに目を向けていた。
四人の大学生が殺害され、その大学に通っていた生徒の一人が怪人として紹介されたばかりだった。
その二つの情報を並べれば、怪人になりたてのミトでも答えに辿りつける。
「この四人はそのスミモリが殺したってことですか?」
「その可能性が非常に高い。少なくとも、超人はそう考えとるらしい」
もしも本当にスミモリが大学生四人を殺害しているなら、それはミトがこれまでに思ってきた怪人のイメージ通りの悪逆非道だ。
確かにそれを許せば、怪人のイメージは更に悪化し、何もしていない怪人まで迫害を受ける現状を更に強めるかもしれない。
「このスミモリの駆除が今回の目的。犯行がスミモリのものかも分からない以上、現状はどうするか不明。やけど、人を殺しとる可能性もあるからなー。まあ、殺さなあかん可能性も考えつつ、当日は絶対に警戒するように。何してくるか分からんからな」
「あ、あの、この毒殺って、怪人の力が原因ですか?」
怪人や超人は特殊な力を一つ有している。
それはミトも同じことで、腕からわん太郎達が出てくることを考えたら、身体から毒を出せる怪人がいてもおかしくはない。
「可能性は高い。けど、毒は外部から入手したもので、例えば、相手に抵抗させないようにすることが怪人としての力かもしれへん。毒がそうやとしても、毒自体を生み出すのか、毒を持った動物を使役するとかなのかは分からん。まあ、決めつけるのは危険やな」
ヒメノの忠告に納得しながら、ミトが首肯すると、ヒメノは手に持っていたスマホを仕舞い、パンパンと手を叩き始めた。
「ほな、仕事の説明は終了。出発は明日の朝五時。集合場所は屋敷の玄関前。早いから今日はもう寝えや」
その言葉を聞いたヤクノがさっと立ち上がって、鋭い視線を一度、ミトに向けてから、一言も発することなく、ヒメノの部屋から出ていった。
その恨みの籠った視線に怯えながら、ミトは一つ不安に思っていたことを吐露する。
「あ、あの、一ついいですか?」
「何や?はよ、帰ってくれへんと、私が寛がれへんねんけど?」
ヒメノが強く自分の部屋アピールをしながら、ミトとソラに立ち上がるように促してくる。
それを見たソラがさっと立ち上がったのに対して、ミトは戸惑いながら、とぼとぼとソファーから離れる。
「その、何か訓練的なことはないんですか?怪人の力をうまく使う訓練とか」
「ないよ、そんなもん」
「な、い?」
「あるわけないやん。あんたがそうやったみたいに、私らも怪人になる前はただの一般人やったんやで?戦いがどうとか、力がどうとか、そんなこと教えられるわけないやん」
「そ、うですか……」
ヒメノは当然のことのように言ったが、その言葉はミトを強く絶望させるのに相応しかった。
それではこれから何かが起きたら、ちゃんと対応できるか分からないと言われたようなものだ。
万が一の際には、死ぬ覚悟を決めるしかない。
そう言われたようにミトは感じた。
「まあ、一つ安心しとき。怪人がそうであるように、超人も大半は素人や。こっちの抵抗を封じられる奴ばっかりやない。一部、気いつけなあかん奴はおるけど、そういうのに逢わんかったらええねん」
「因みに、その気をつけないといけない超人というのは?」
「有名どころやと、ノーライフキングはそうやね。後はパワーとか、アイアンレディとか、あの辺は見つかったら終わり。遭ってしもたら、もう手合わせて祈るしかない」
ヒメノは少し冗談っぽく言っていたが、そこで名前の挙がった一人、ノーライフキングとミトは一度、ニアミスしている。
そのことを考えたら、あの時、どれだけ危険だったかを再認識し、ミトは少しの笑みも浮かべられなかった。