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6-16.バウリンガル

 声を張り上げたブラックドッグを前にし、ヒマリはどうどうと宥めるように両手を動かした。


「元気そうで何よりだ。全く話をしないつもりでもないらしい」

「俺を捕まえて何が目的だ?」

「お前を捕まえた理由に関して言うなら……まあ、ただの成り行きだ」

「成り行き?」


 ブラックドッグはケージの中で怪訝げに眉を顰めている。犬なので、詳細な表情の違いまでは分からないが、口調は困惑を含んでいるから間違いない。


「正直なところ、捕まえるつもりはなかったんだが、何か入っちゃったから、まあ……」

「不本意ながらも、みたいな空気を醸し出すな!」

「まあ、全く用がないかと聞かれたら、そういうわけでもないしな」

「何だ? 人質にして、身代金でも要求するのか?」

「そんなことしない。第一、そいつに意味があるのか? どうせ、切るだけだろう?」


 超人の親玉が実際にどのような人物で、どのような思想を持っているかは分からないが、これまでの超人の様子や怪人としての自分達の立場などを考えれば、その対応は目に見えていた。


「ブラックドッグは怪人の手に落ちた。もう一緒に始末するしかない。そういう話に落ちつくんだろう?」


 それまでヒマリと会話をしていたはずのブラックドッグだが、その言葉には口を閉ざしていた。否定したくても否定できないのだろう。ヒマリの指摘は何も間違っていなかったと見える。


「金は必要ない。欲しいのは情報だ」


 ブラックドッグと世間話を続けるつもりはない。ヒマリはブラックドッグをここに連れてきて、この場に出した理由を語り、ブラックドッグは僅かに目を細めていた。怪訝な目でヒマリの本心を探るように見つめてくる。


「情報、だと?」

「そうだ。超人の抱えている情報が欲しい」

「超人の持っている情報を俺から聞き出したいってことか?」

「まあ、そういうことだ」


 ヒマリがブラックドッグの確認に頷くと、ブラックドッグはふんと鼻を鳴らし、口元に笑みを浮かべた。


「お前は俺が何かを聞かれて、それで素直に情報を明け渡すと思っているのか?」

「さあな。悪いが、俺はお前のことを知らない。俺が聞いて、それで話すかどうかは試してみないと分からない」

「ふん! 馬鹿らしい」


 ヒマリの考えを一蹴するように鼻を鳴らし、ブラックドッグは目を逸らした。何も話さないという意思表示なのかもしれないが、ヒマリは気にすることなく口を開く。


「聞きたいことは指定暴力団、酒鬼組と怪人組織、ヴァイスベーゼに関する情報だ」


 ヒマリがそう切り出しても、ブラックドッグは反応を示すことなく、目を逸らしたままだった。その様子をじっと見つめながら、ヒマリは問いかける。


「超人は何か握っていないのか?」


 その言葉にもブラックドッグは反応を示さない。


 話さないと決め切っているのか、それとも、情報を握っていないのか、その差を見極めようと思いながら、ヒマリはブラックドッグを見つめてみるが、こういう時に犬の姿は厄介だと思う。人とは違う反応を見せることから、どうにも心情がうまく読み取れない。

 ケージ一つで拘束が済むのは楽だと思ったが、そうでもないのかと考えながら、ヒマリは深く溜め息をつく。


「よし、分かった。じっくりと話すことにしよう。ジッパ、準備していた物を用意してくれ」

「あれですね。分かりました!」


 ジッパが部屋から出ていく。その後ろ姿を見つめるようにブラックドッグが視線を動かし、それから、ヒマリの方を向いてきた。


「何だ? 拷問で口を割るつもりか?」

「いや、それはもう、この前やったばかりだ」

「この前やった……?」

「いや、気にしないでくれ。それをするには、残念なことに情報をお前が握っているという確証がない。無駄な労力は割かないつもりだ」

「それは、賢明なことで」


 皮肉を言うようにブラックドッグは言ってから、視線を逸らしていた。その先にはミライが立っている。


「パラドックス。お前は何をしている?」

「何って?」

「どうして、怪人に堕ちた? その男に唆されたのか?」

「別にそういうことじゃない」


 ブラックドッグは一瞬、ヒマリの方に鋭い視線を向けてから、ミライの様子を窺っている。まるで極悪人を見る目だと思いながら、超人にとっての怪人はそういう存在なのだろうかと、ふとヒマリは自身の立場を考える。


「なら、どうして?」


 ブラックドッグがそう問いかけると、ミライはまっすぐとした目をブラックドッグに向け、ぽつりと零すように声を出した。


「ミレニアムが殺された、から」

「……? ミレニアムのことと、お前が怪人に堕ちたこと、それがどう関係するんだ?」


 ミライのことを把握していたくらいだ。ミレニアムのこともブラックドッグは知っていたようだが、どうしてミレニアムが死に至ったのか、その理由までは知らないのだろう。

 ブラックドッグが単純に知らないのか、超人が詳細を把握していないのかは分からないが、認識の乖離はそこに起きている様子だった。


「ミレニアムはヴァイスベーゼの怪人に殺された」


 ミライがそう伝えると、ブラックドッグはようやく表情に変化を見せた。微かな驚きが浮かび、ヒマリはブラックドッグが僅かでも、ヴァイスベーゼの情報を持っていると確信する。


「アザラシという男だ。そいつがミレニアムという超人を殺した」

「だから、私は皆に協力して、ヴァイスベーゼを追っている」

「復讐のために?」


 ブラックドッグの問いかけにミライは頷き、ブラックドッグは目を丸くしていた。犬の顔でも分かるほど、はっきりと驚きを現した表情だ。


「ミレニアムを殺害した犯人までは把握していなかったのか?」


 ヒマリが問いかけると、ブラックドッグは意外にも素直に頷いた。


「殺されたという事実しか伝わっていない」


 そう答えてから、ブラックドッグはミライに柔らかな目を向け、やや戸惑いの籠った声を出す。


「パラドックスはミレニアムに懐いていた。そのことは良く知っている。だから、お前が復讐に出るということも。だが、怪人に堕ちてまで、その復讐を果たしたいと思うのか? ミレニアムはお前にとって、そこまで大きな存在だったのか?」


 ブラックドッグの問いかけは、ミライの気持ちを知っているヒマリからすると愚問でしかなかった。


 だが、ミライの気持ちやミレニアムに対する認識を思えば、恐らく、ブラックドッグも近しい間柄ではなかったのだろう。ミライの気持ちを把握していないとしても不思議ではない。


「ミレニアムは数少ない私を見てくれた人だった。私を受け入れてくれた。ミレニアムだけが、私の居場所だった」


 超人という存在ではなく、ミレニアムの隣にいる時だけ、ミライはミライであり、パラドックスになれていた。それがなくなった今、ミライに残されたものは、居場所を失った恨みだけだ。

 そのことをブラックドッグはようやく知ったようだった。


「なら、尚更……」


 ブラックドッグがそう言いかけた、その時、部屋から出ていたジッパが戻ってきた。手には皿の乗ったトレイを持ち、扉を開けながら声をかけてくる。


「お待たせしました」

「な、何だ? この匂いは?」

「腹が減っていたら気難しくもなるだろう? まずは空腹を満たすところから始めようと思い、そのための食事を用意した」


 ヒマリが戸惑うブラックドッグに答えると、ブラックドッグはやや不機嫌そうに眉を顰めた。


「それはつまり、食事でも出せば俺は話す、と思っているということか?」

「さあな。それも試してみないと分からない」


 ヒマリが適当に誤魔化すと、ブラックドッグの視線が戸惑いと怒りの混じったものから、純度百パーセントの怒りが籠った鋭いものに変化した。

 相当に怒っているらしいが、本当に空腹なのかもしれない。そのように思いながら、ヒマリはジッパに指示し、ミライに食事を手渡して、ケージの中に入れてもらう。


「安心しろ、毒も薬も入っていない」


 ブラックドッグの前に置かれた皿を見ながら、ヒマリがそう念を押していると、その寸前まで怒りに染まっていたブラックドッグの表情が困惑一色に変化した。


「ちょっと待て……? これは何だ……?」

「何がだ? ちゃんとした食事だろう?」


 そう言いながら、ヒマリも見つめた皿の上には、ホカホカと人肌程度に温められた()()()()()()()が乗っていた。


「いや、犬の餌だろうが!」

「いや、犬だろう?」

「中身は人間だ! 犬の餌など食うか!」


 はっきりと拒絶するようにブラックドッグは叫び、ヒマリは残念そうに皿の上を見つめる。


「何だ……。奮発して、高いものを買ってきたというのに……」

「そういうことじゃねぇ!」


 抗議するようにブラックドッグは叫び、残念なことに缶詰は一口も食べられることなく冷えていくのだった。

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