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6-14.マッスル争奪戦

 パワーの取った行動は現場に混乱を齎していた。ヒマリとジッパ、スポーツジャージ姿の男の三人は唖然とし、ミライのように安堵することも特にないまま、何が起きたのかと倒れたパワーを見つめていた。


 件のパワーは完全に気を失っているようだった。倒れたまま、白目を剥いて、本当に動き出す気配がない。何を言っているかは終始分からなかったが、外れたという事態が与えたペナルティーは実際にあったらしい。


「こ、れは……良かったのか?」


 ゆっくりと状況を認識し始めたのか、倒れたパワーを見つめて、男はそう呟いた。何が起きていたのかは判然としないながらも、そこにパワーが倒れていることを朗報だと感じたようだ。


 実際、それはヒマリも思うところだった。話が通じないという厄介なポイントはあるが、超人をもう一人、捕らえるという状況は美味しいと言えるだろう。


「超人なんて、そうそう転がっているものでもないしな」


 当たり前のことを言いながら、男はパワーの方に近づこうとする。それを見たヒマリが牽制するようにカプセルを構え、ヒマリ達の存在を思い出したように男が見つめてくる。


「おっと、そう言えば、まだいたな」

「いろいろあったが、状況は変わった。これは仕切り直しだ」

「つまり、そちらもあの超人が欲しいと?」

「まあ、そんなところだ」


 ブラックドッグとの交渉まで考えると、ここでパワーを手に入れられるなら手に入れたいと、ヒマリは頭の中で考えていた。


 とはいえ、目の前の男と再びぶつかることを考えたら、そこまでの効果があるのかと疑問も残る。

 何より、それ以外に懸念しないといけないポイントも多過ぎる。ヒマリ自身、仕切り直しと言ったが、仕切り直された部分はヒマリ達と男の状況に留まらない。他の要素も仕切り直されたに近しく、そこまで考えてしまうと、今の状況はあまり望ましいとは言えないものだ。


 ここで本当にパワーを求めてまで動くべきなのかと、まだ少し悩みながらもカプセルを構えると、それに付き従うと言わんばかりにミライが両手を構えた。ジッパは手持ち無沙汰を感じているようだが、男の方を睨みつけてはいた。

 男もそれに対抗するように臨戦態勢を整えていた。パワーとの距離を測りながら、こちらの様子を窺っている。


 息が詰まるような緊迫感が現場に張り巡らされる。誰かが少しでも動いて、その糸が切れた瞬間、一斉に事態が動き出す、という予感だけがヒマリの中に募る。

 男の放つ水に対抗する手段はない。防御手段はミライにしかなく、そこは託す以外の方法がない。パワーをそのまま運ぶことは不可能なので、カプセルの収めるとして、その回収をミライの保護の下、ヒマリが行うか、ジッパが行うか、その部分を考える必要があるだろう。


 悠長に話し合いを進める暇はない。どこで事態が変化するか、そこまで含めて考えると、チャンスはあっても一度だろう。

 そのことは男も悟っているはずだ。こちらを牽制するように見つめながらも、パワーとの距離は正確に測っていることが、視線の動く回数から分かった。


 誰が火蓋を切るか。その瀬戸際に立ったヒマリが迷い、悩み、動くべきかと考える隣で、ジッパがヒマリとミライの背中を押すように駆け出そうとする。そのことに気づいたミライがジッパを守るように走り出そうとし、男はそれに対応するために足を踏み出す。ヒマリもカプセルを構えるしかないという状況が、目の前にはあった。


 しかし、そうして動きかけた一瞬を、そのまま空間に打ちつけるように、ヒマリ達の間を響く声が割って入った。


「動かないでください。一歩でも動いた人は、それだけで攻撃を行ったと判断します」


 それは場を諫める言葉でありながら、誰よりも冷静さを持った女性の声だった。静かでありながら、高圧的な声に押され、ヒマリ達は思わず動きかけた身体を止める。それは男も同じ様子だった。


 全員の視線が動く。その前から、ヒマリは声の主が何者であるか分かっていた。

 分かっていたことだが、想定よりも遥かに早いと思いながら、少し前に下した自身の判断が誤りだったかと考える。


 やはり、逃げるべきだったかと、出来上がった状況に後悔しても遅いが、ヒマリはそう思わざるを得ない。


「おいおい、そう言わなければ、いくらでもやり放題だったんだぞ? クソ真面目に勧告しやがって。せっかく動こうと思っていたのに台無しだ」


 最初に聞こえた女性の声とは反して、それは刺々しさを伴った男の声だった。その声を聞きながら、ようやく声の主の方を見たヒマリはそこに二人組の男女を確認する。


 一人は眼鏡をかけた生真面目な印象の女性で、もう一人は狐のように吊り上がった目をした男性だ。二人の印象は対照的で、男の方は女の取った行動を責め立てる様子だったが、女はそのことに聞く耳を持つ様子がないように見えた。


「前提的に誰が怪人なのか、まずは把握するところからですね。その前に気になることが三つほどありますが、それも順番に解決しましょうか」

「無視か?」

「パワーが倒れていますね。あれはどちらでしょうか? どちらでも構いませんが、動けない様子です。それに対して、ブラックドッグの姿が見えません。他の怪人を追いかけた、という話は聞いていないので、いなくなったのには何か理由があるのでしょうか?」

「謀反とか? 怪人に堕ちたか?」

「三つ目はそれですね。あの中に一人、見慣れた顔がいます」


 そう言いながら、二人の視線がこちらに向いた。それはヒマリとジッパではなく、その近くにいるミライに向けられている。


「噂にあったパラドックスか」

「彼女は確実な怪人のようです」

「なら、あいつはもう何をしてもいいってことだよな?」


 男が目を爛々と輝かせる様子を見て、ミライは僅かに後退っていた。


「パペッティア……」


 それが超人の名前なのか、ミライはぽつりと呟く。


「知っている顔か?」

「あっちの男はパペッティア。超人の中でも、かなり頭がおかしい奴。もう一人はアイアンレディ。多分、私との相性が一番くらいに悪い」

「どういうことだ?」

「アイアンレディの身体には私の鬼の手が効かない。攻撃する手段がない」

「それは、聞くだけでかなりやばそうなことが分かった」


 ミライが機能しないとなると、ヒマリ達は攻撃手段が皆無になるに等しくなる。パペッティアの方は頭がおかしい以外の情報がないが、超人の中でも特筆するくらいであることを考えると、行動を真面に予測できないと思うべきだろう。


 カプセルの数は限界が近く、ミライも疲弊し切っている。ただの人間であるジッパも巻き込んでしまう状況だ。流石にこの状況で超人を相手するのはリスクしかない。

 ここは退くべきだと考えるが、そのための行動を如何に取るか、ヒマリには把握できていない要素が多過ぎ、正確な判断が下せなかった。


 こういう時こそ、シトの力に頼りたくなるが、流石に今は出せない。無防備な状態を晒してしまう上、ヒマリが怪人であることを教えるようなものだ。相手にとって、こちらの情報が分かっていない状況を今は維持するべきだろう。


 どう動き出し、どのように退くか、その部分を考えながらも、ヒマリは男がどう判断するのだろうかと、僅かに視線を動かしていた。パワーを優先した動きを見せるのか、そのためには超人の力の把握が必要だが、そこまで至っているのだろうかと様子を窺う。


 そこで男は表情を明らかに曇らせ、二人の超人を見つめていることが分かった。先ほどから度々見ているが、今も頻りに腹を摩っている。腹痛にでも襲われているのだろうか。


「まあ、流石に限界か。あれを持ち帰るほどの余裕はなさそうだし、仕方ないか。ちょっとした収穫はあったし、我慢しよう」


 そう男が呟いた直後だった。男が不意に息を止めたかと思えば、全身から辺り一帯に煙が噴き出した。それは路地全体を覆うほどに広がって、二人の超人だけでなく、ヒマリ達もその中に取り込まれる。


 その時になって気づいたが、それは正確には煙ではなく、水蒸気のようだった。肌を撫でる濡れた感触に襲われながら、ヒマリは近くにいたはずのミライとジッパの位置を確認する。


 二人はそこにいる。が、流石にパワーの位置は分からない。そちらは諦めることにして、この水蒸気を利用するしかない。

 そう考えたヒマリはミライとジッパの手を引きながら、水蒸気の向こうにいる超人に届かない声量で、二人に退却の意思を伝えた。


「この隙に逃げるぞ。これ以上は無理だ」

「パワーは?」

「いつ、これが消えるか分からない。回収している暇はない」


 ヒマリの言葉にミライは諦めるしかないと悟ったのか、残念そうな顔を見せながら小さく頷く。ヒマリと一緒にミライとジッパは動き出し、水蒸気の中を手探りで移動していく。足元も覚束ない、やや危険な道のりだったが、無事に路地から脱出することには成功していた。


 路地から駅前の人混みの中に逃げ込み、ヒマリ達は少しずつ現場から離れながら、水蒸気に覆われる裏路地を見やる。そこから二人の超人が追いかけてくる様子は見て取れない。一旦は逃げられたと判断しても良さそうだ。


「ヒマリさん、どうしますか?」


 ジッパはそう言いながら、駅前で騒ぎを作っていたオダのいた方を見つめる。ジッパが呼んだ救急車は見えず、いくつかの警察車両が止まっている様子が窺える。あの状態で、オダがそこにまだ転がっているとは考えづらい。


「ここはもう帰るしかないな。得た成果が実を結ぶことを祈ろう」


 そう答えながら、ヒマリは二つのカプセルを取り出す。一つにはブラックドッグが眠っていることを確認してから、ヒマリはもう一つの中身を見つめる。

 そこで眠るシトの姿に、ヒマリはこちらの確認も必要だと考えていた。

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