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6-13.わんこ争奪戦

 あまりに想定外の事態だった。スポーツジャージ姿の男を捕らえるために投げたつもりだったカプセルが外れ、偶然にも、水に押されて倒れ込んでいたブラックドッグに当たり、ブラックドッグを捕らえる結果となった。


 そんなことがあるのかと唖然とした一方、ブラックドッグを捕まえたこと自体は悪い話ではなかった。当初の予定とは大きく違ってくるが、これはこれで望んでいた結果の一部を齎す可能性がある。


 男に迫ろうとしていたミライが想定外の事態に思わず止まり、男も何が起きたのかと、唖然としている様子を見て、ヒマリは今の内にカプセルを回収しようかと動き出そうとする。


 が、その前に状況を正確に把握し、誰よりも何が起きたか分からないために、戸惑いを一切懐かなかったのか、あるいは見たままの光景をそのまま発するような男だったのか、恐らく後者だと思われるが、ブラックドッグが消えたことに気づいたパワーが唐突に声を上げた。


「ブラックドッグ!? どうした!? どこに行った!?」


 その声がミライと男の意識を現実に引き戻すことになった。カプセルのことを知っているミライだけでなく、ここまでの様子からカプセルの効果を察していたと思われる男も、目の前に転がったカプセルの中にブラックドッグが入っていると理解したのか、同時にカプセルに飛び込むように動き出していた。


 そのことにお互いに気づいて、それぞれ相手を牽制するように動き出す。ミライは鬼の手を振るい、男はミライを拒絶するように水を撃ち出した。鬼の手に水が当たり、ミライは迫る水を切り裂きながらも、僅かに後退する。


 ミライが遅れた。その隙を狙って男が動き出そうとし、ヒマリは急いで駆け出そうとする。今すぐに動き出さないと、先にカプセルを確保されてしまう。


 そうヒマリが思った時には、ヒマリの脇を通り抜けるように、ジッパが走り出していた。


「ヒマリさん! 援護をお願いします!」


 ジッパはそう言いながら、ミライと男の間に割って入るように突き進んでいく。その様子を見たヒマリは思わず止めそうになるが、それだけの時間はないと悟り、カプセルの一つを手に取った。

 それを大きく振り被りながら、ヒマリは声を上げる。


「ミライ! 弾け!」


 その声にミライがヒマリの方を向いた直後、ヒマリは勢い良くカプセルを投げていた。カプセルは高く上がって、ミライの上空に到達すると、そこで壁にぶつかり、二つに割れる。


 その中から電柱の一部が飛び出した。真下にいるミライの元に、電柱の一部は速度を増しながら落ちていく。それを確認したミライが両手を掲げ、その両手を異形のものから、光り輝くものに変えていた。


 次の瞬間、ミライの両手に触れた電柱の一部が勢い良く、ミライの正面に弾き飛ばされた。大砲の弾が発射されるような勢いで、男の傍を通過し、男は咄嗟に身を反らしている。


「危なっ!?」


 そう叫んだ男の背後で、電柱の一部が建物の壁にぶつかった。壁に大きな穴を開け、その奥にあったトイレが見えている。幸いなことに誰もいないが、そのことを気にかけている余裕はなかった。


 ヒマリとミライが協力して放った一撃を受けて、男は踏み込もうとした身体を後退する必要に迫られていた。

 そこに生じた僅かな隙を衝くように、ジッパは男の前に滑り込み、そこに転がっていたカプセルを手に取る。そのことに気づいた男の視線が鋭くジッパに刺さる。


「おいおい、簡単に渡すかよ!」


 そう言いながら、男が手を持ち上げようとする直前、電柱の一部を弾いてから、ジッパを守るように動き出していたミライが、再び異形のものに変えた片手を、男の元に振り下ろしていた。


 そのことに寸前で気づいた男が反射的に後退する。ミライはそれを追いかけるように踏み込み、更に一度、二度と両手を突き出していく。


「おい、化け物が!?」

「違う、怪人」


 そう答えながら腕を振り下ろすミライに合わせ、男は両腕から水を噴き出した。勢い良く噴き出した水に押され、ミライは僅かに後退する。押し返すために放たれたことで威力が高くなかったこともそうだが、鬼の手で受け止めたことで水は引き裂かれ、ミライがダメージを負っている様子はなかった。


 とはいえ、ここまでに数多くの攻撃を防ぎ、数多くの攻撃を繰り出しているミライだ。既に表情に疲労の色が見え始めていた。

 カプセルを回収したジッパと合流し、ここは一旦、退くことも考えるべきかとヒマリが思っていると、そこで戸惑うように周囲を見回していたパワーが、唐突に腕を突き出した。


「お前ら、ブラックドッグに何をした!?」


 まっすぐに突き出された指は、男を、ミライを、ジッパを、順番に巡るように示してから、誰を指差せばいいのか分からなくなったように宙を彷徨い、誰とも言えない空間を示し始める。


 ブラックドッグが消えた。その原因は怪人達にある。そこまでは思い至ったようだが、目の前で繰り広げられる攻防を目にしても、その原因がカプセルにあるというところまでは辿りつけなかったようだ。

 誰かは分からないが、誰かが何かをしたという漠然とした考えで、パワーは追及を始めた様子だった。


「誰が何をした? 正直に話せば、お母さんには言わないであげよう!」

「あいつは馬鹿か……?」


 正直に話す奴がどこにいると思いながら、ヒマリはパワーを放置して、ミライやジッパと合流するために歩き出そうとする。


 その一歩目を踏み出した時、パワーは目の前の様子の変わらないミライ達に痺れを切らしたように、ポーズを決めながら叫んだ。


「そういう態度を取るなら、もう仕方ない! ()()()()()()()()だ!」


「はあ?」

「え?」

「何て?」


 パワーが唐突に発した意味不明な言葉に、ヒマリとジッパ、男は似たような反応を示す。ルーレットとは何かと疑問に思うが、それを聞いたところで答えてくれるかは分からない。


 そう思っていたら、三人とは全く違う反応を一人だけ、ミライだけは示していた。


「ルー、レット……? ま、待って……!?」

「パワー!」


 ミライの声を掻き消すようにパワーが自身の名を叫んだかと思えば、着ていたTシャツを引き裂くように脱ぎ捨てた。鍛え上げられた上半身を露わにし、パワーは両手を身体の前で組むようなポーズを見せる。


「ルーレット展開!」


 そう叫んだパワーの声を聞いて、ミライは慌ててジッパの元に駆け寄っていた。


「ジッパ、逃げよう。このままだと危ない」

「えっ? そうなの? ルーレットって?」

「説明している時間がない」


 慌てた様子のミライに促され、ジッパはカプセルを大事そうに抱えたまま立ち上がる。そのまま歩き出そうとしていたヒマリの方に駆け寄ってくるが、ヒマリもミライほどの危機感は懐いていない。

 それは男も同じ様子で、唐突に叫び出したパワーに質問していた。


「ルーレットって何? 何をするの?」

「よくぞ、聞いてくれた! これから私はルーレットが右か左のどちらに止まるか予想する! それが見事的中すれば、私は究極の(アルティメット・)筋肉美(マッスルパワー)を得られるというわけだ!」

「……ん? 日本語話してる?」

「さあ、行くぞ! ルーレットスタート!」


 全く何も理解できていない様子の男を放置して、パワーはそう言ったかと思えば、自らの胸筋を交互に動かし始めた。


「えっ?」

「はっ?」

「ルーレットって、それ?」


 ヒマリとジッパ、男が例外なく戸惑う中、ミライだけが始まったルーレットに焦った様子を見せる。


「急がないと……!」


 その後ろで、パワーは左右の胸筋を動かしたまま、大きく声を上げる。


「さあ、ここで私の選択だ! 私の予想では、()()()()だ!」

「はあ?」


 パワーが叫んだ言葉を聞いたヒマリが思わず唖然とする。


「まさか、どっちの胸筋に止まるか当てるってことじゃないよな?」


 それは自分の意思で選べるだろうと思ったヒマリがパワーの正気を疑っていると、ジッパを連れたミライがヒマリの前に駆け込んでくる。


「急いで、逃げよう!」

「はあ? その必要があるか?」

「あるから、急いで!」


 ミライがここまで慌てるだけのことがあるのかと思っていたら、パワーの交互に動いていた胸筋が次第に速度を緩めていく。


「さあ、止まるぞ!」


 パワーがそう叫ぶ中、更にどんどんと胸筋が動く間隔は広がっていき、右、左とゆっくり数えられるほどの速度に変わっていく。


「正解が出るのか! 出ないのか! どっちなんだ!」


 その声を合図としたように、パワーの()()()()が力強く動いた。本人の意思で動かしているのだから、それは正解して当然だろう。


 これは何の茶番だとヒマリが思い、呆れた顔でパワーを見つめていると、そこで不意に()()()()が痙攣したように何度も動き出す。


「出ーない!」


 そうパワーが唐突に叫んだかと思えば、ポーズを取った姿勢のまま、ゆっくりと背後に倒れ込んでいた。


「はあ?」

「へっ?」

「何、これ?」


 ミライ以外の三人が呆然とした様子で呟く中、その光景を見つめていたミライは一人だけ安堵したように胸を撫で下ろし、ぽつりと呟く。


「外れた……」

「えっ? 今の外れとかあるのか?」


 自分で動かしている筋肉を外すとかあるのかと、ヒマリは聞いたことのない事態に戸惑いを覚える。


 が、ミライの言ったことが間違いではないことを示すように、倒れ込んだパワーは白目を剥き、完全に気を失っていた。

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