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6-12.孤軍噴闘

 ブラックドッグとパワーのフォーカスは、スポーツジャージ姿の男に向いたようだった。男もそのことに気づいたらしく、動き出したブラックドッグに反応し、意識をそちらに向けている。


 二人の超人が男を先に狙い始めた理由は明白だった。


 単純に人数差だろう。ヒマリ達は三人にいる上、一人は二人のことを知っているミライだ。追い込もうとしても、対応される可能性が高いことを考えれば、一人で追い込みやすい男から狙うのは妥当と言えた。


 ブラックドッグは見た目通りの機敏な動きで、男に接近する。男の力の全てを把握しているわけではないと思うが、既に一定の攻撃は見せてしまっている状況だ。

 水を用いることも、看板を穿てるほどの威力を有していることも、ブラックドッグは知っている。


 男が狙いを定めようとしても、ブラックドッグはそれをひらりと躱し、男の懐まで潜り込んでいく。それだけの距離まで近づければ、男が狙いを定めている余裕はなくなる。手を突き出し、ブラックドッグを狙っている間に、ブラックドッグの牙が届いてしまう。


 男は表情を明確に曇らせながら、ブラックドッグを懐に入れないように下がっていた。同時に腕を突き出し、そこから一切の狙いも関係なく、スプリンクラーのように水を噴き出していく。

 勢い良く噴き出された水に押され、ブラックドッグは足を止める。飛びかかろうとした体勢は不安定になり、着地を余儀なくされていた。


 しかし、それまでに見せていた水鉄砲と比べて、その威力はかなり抑えられたものだった。あくまで水流で身体を押す程度で、ブラックドッグが傷を負った様子は見て取れない。

 逃げるために攻撃ではなく、拒絶の手を打ったというところだろうか。それ自体は成功したようで、ブラックドッグは一時的に止まり、男はブラックドッグから距離を取れていた。


 だがしかし、それはブラックドッグの進行に合わせた話であり、男の相手はブラックドッグ一人――一匹だけではなかった。


 そのことを思い出させるように、男の背後から影が差し、男は下がったその場所で振り返る。そこで拳を掲げたパワーを目撃し、表情は露骨に引き攣った。


「これが正義の拳、略して、筋肉だ!」


 パワーは意味不明な日本語を叫びながら、一気に拳を振るっていく。男はそれから逃れるように身を下げ、振るわれた拳はその眼前を通過した。


 拳が空気を引き裂く鋭い音が響き渡る。何かに触れ、何かを壊したわけではないはずだが、その一振りだけで、パワーの脅威は男にも、それを眺めるヒマリにも伝わっていた。


「おお! いい身のこなしだ! だが、逃げてばかりでは何も始まらないぞ! 時には全てを打ち砕く正義、そう、力が必要な時もあるんだ!」


 そう言いながら、パワーは再び拳を握っている。それっぽいことを言っているように聞こえなくもないが、理論の『り』の字も含まれていない理論を振りかざし、次の攻撃に出ようとしているようだ。


 咄嗟に逃げるにしても、限界がある。それは男本人も気づいているようで、男は下がることをやめ、目の前で拳を構えたパワーに狙いを定めようと、片手を持ち上げていた。


 そこに、横からミライが踏み込んだ。両手を異形のものに変え、パワーに狙いを定めた男の死角から、一気に腕を振り抜こうとする。


 そのことに男は水を撃ち出す直前、パワーの視線から気づいたようだ。死角から何かが接近していると悟り、そちらを確認しようと、一瞬は思ったのだろう。


 だが、すぐに間に合わない可能性を考え――あるいは、察し――男はすぐさま、ブラックドッグにそうしたように、身体から水をばら撒いていた。消防車の放水のような勢いで、男の身体から水が噴き出し、腕を振り抜きかけたミライは大きく押される。

 ついでに、正面にいたパワーも巻き込まれ、パワーはその場から一歩、二歩と後退っていた。


「三人がかりとか酷くねーか!?」


 男はそう抗議しながら、ミライだけでも引き剥がそうと思ったのか、ヒマリとジッパの方を見てくる。


 しかし、それだけの隙がないことは状況から明白だった。男がヒマリ達に行動を起こす前には、一度、着地したブラックドッグが再び踏み込み、男の懐に潜り込んでくる。

 ブラックドッグの狙いは男の足にあるようだった。足元に飛びかかり、男を支える逃げようのない足を見つめて、口を大きく開いている。牙が鋭く光っている。


 そのことに気づいた男が、咄嗟に足から水を噴き出した。脛の辺りから足元に水は飛び出し、それが地面を跳ねて、ブラックドッグを妨げる。

 同時に、男の足は噴き出した水に押され、男は不安定に体勢を崩しながら、転がるようにその場から離れていた。不格好ながらも、ブラックドッグの間合いの外に踏み出すことには成功している。


 ただし、不格好である故に、男は逃げた先で即座に動き出すだけの余裕がない様子だった。その一瞬を狙って、身を起こしたパワーは動き出し、ミライも鬼の手を構えている。水に足止めされたブラックドッグも、即座に走り出していた。


 それら自身の隙を狙う三人を認識し、男の意識がそちらに向いたことを確認したところで、ヒマリは握っていたカプセルを構えていた。


 ブラックドッグとパワーが動き出す少し前のことだ。ヒマリは二人の狙いが男に向いたことを察し、ミライに一つ質問をしていた。


「あの二人の動きは分かるか?」

「? それなりには……?」

「なら、合わせて動け。元超人含む三人が立ち回れば、流石に少しは隙が生まれるだろう。そこを衝く」


 そう言いながら、カプセルを見せたことで、不思議そうにしていたミライにも、ヒマリの考えが伝わった様子だった。


 その後、ミライはブラックドッグとパワーの動きを待ってから行動を開始し、現在に至るのだが、その考えが実を結んだと、ヒマリはそう思っていた。


 ブラックドッグとパワーに合わせ、ミライも一緒に動き出している。ヒマリの力と考えを分かっているミライなら、カプセルの中に男が収まった時、二人よりも早く動き出せるはずだ。

 カプセルさえ確保できれば、後は逃げればいい。わざわざブラックドッグとパワーを相手して、応援に駆けつけた超人を待つ必要はない。


 そのための一投を、確実に当てられると思った瞬間に、ヒマリは放っていた。カプセルがヒマリの手から離れ、まっすぐに男へと向かっていく。男の視線はこちらに向かない。避ける余裕はない。


 そう考えるヒマリだったが、その場所に一つ、ヒマリにとって予想外のことがあった。


 それは不格好に体勢を崩し、隙を晒した男を前にして、飛び出した三人の超人(元超人を含む)の移動速度だ。


 ミライは良く知っているので、どれくらいの速度で移動するか分かり、パワーも見た目からイメージされる速度を大幅に超えることはなかったが、ブラックドッグだけは違った。


 犬の見た目は想像以上に機敏で、軽く足止めをされた直後でも、その素早さは衰える様子がなかった。気づいた頃には、男との距離を詰めており、ヒマリのカプセルが男に到達する直前には、男の懐まで届こうとしていた。ヒマリより速く動き出していたとはいえ、投げたカプセルと匹敵するほどの速度で、ブラックドッグは動いていたということになる。


 その予想外の速度が男の防衛本能を刺激してしまった。接近してきたブラックドッグに反応し、男は接近を拒むように身体から勢い良く水を噴き出していた。

 跳びかかろうとしたブラックドッグはその水に押され、空中で姿勢を崩し、身体を打ちつけるように地面に落下する。


 その隣では、男から見て偶然、接近していたカプセルが水に弾かれ、男に触れる手前で軌道を変えることになってしまった。


「あっ!」


 思いも寄らない結果にヒマリが思わず声を上げたことで、男の視線が僅かに移動し、軌道を変えたカプセルの存在に気づいたようだ。

 考えに気づかれてしまったと、ヒマリは自身の行動を咎めるように手で口を押さえる。いくら想定外の状況でも、少しは冷静に声くらい押さえろと、ヒマリは自身の愚かさが嫌になる。


 その時だった。


 軌道を変えたカプセルが男から離れ、落下した。


 地面にこつんと音を立て、落ちる――というわけではなく、何の音も生むことなく、カプセルは落下した。


 ()()()()()()()()()に。


「あっ」

「えっ」

「はあ?」


 三人くらいの声が交錯し、カプセルが触れたブラックドッグを取り込んでいく。ブラックドッグが消えた後、その場に落下し、地面の上に落ちると、右に左に、何度か揺れてから、カプセルはゆっくりと停止した。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

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