1-17.怪人のお仕事
恐怖さんを交えた朝食が終わり、再びソラと共に屋敷の中を移動することになったが、その間もミトはどこからか現れるかもしれないヤクノの存在が気になった。
ハヤセを慕っていたというヤクノのことを考えれば考えるほどに、ミトは自分がここにいてもいいのか不安になってくる。
その気持ちを少しでも吐露すれば、ソラが即座に住むことを肯定してくれるのだが、それも言わせている気がして申し訳ない。
結局、ミトはどう気持ちを置いたらいいか分からないまま、ソラに連れられて自室に戻ってきた。自室の前でソラと別れて、一人で部屋の中に入る。
そこから、ミトに与えられたものは莫大な時間だった。
ミトは怪人だ。当然のように外は出歩けない。
屋敷の中に身を置いておくしかないが、屋敷の中ではヤクノと鉢合わせる可能性がある。屋敷の中を重要に移動することも危険だろう。
ミトとしては殺されても仕方ないと思っている側面はあるが、この屋敷の中で自身が殺されてヤクノに何もないのか、不安に思うところもある。
ヤクノの気持ちを考えれば殺されるべきだが、ヤクノ自身のことを考えると、もしかしたら、殺されるべきではないのかもしれない。
そう考えたら、屋敷の中を歩いてみる気にもなれず、ミトは与えられた部屋の中、一人で悩むだけの時間を過ごしていた。
ソラに言われ、怪人組合に入ってしまったが、それも本当に良かったのかと、こうして考え始めたら思ってしまう。
あの時はパペッティアに対する恨みを晴らすために、ここに来る方がいいと思ったが、恨みの対象は自分の外だけではなかった。
そのことを考えていなかった自分に、ミトは侮蔑の言葉を投げつけたい。
もう少し頭を使え。自分の行動がどう見えるか考えろ。そういう言葉の数々が今のミトの心に突き刺さる。
朝食を終え、自室に戻ってきてから、何をすればいいのか分からなくなったミトは、ひたすらに悩み続けて、時間も分からなくなっていた。
どれくらい経ったのか、時計の確認を忘れたミトには分からなかったが、その時にミトの部屋の扉がノックされた。
ビクンと身体を震わせて、若干の怯えを表情に出すミトの前で、自身の名前を呼ぶソラの声が聞こえてくる。
そのことにミトは安堵しながら、部屋の扉を開けた。
「今、大丈夫?」
そのように聞かれ、ミトは迷うことなく首肯する。
ただ悩み続けるだけの無為な時間を大切にする理由はない。
「何かあったの?」
「ハルの初仕事が決まったって、ヒメノが。今から説明してくれるから、来て」
ソラにそう言われ、ミトは息を呑んだ。
怪人にも仕事があるとは聞いていたが、それがこれほどまでに早く与えられるとは思ってもみなかった。
それにミトは怪人の仕事がどういうものかを知らない。
何の知識もない中、怪人になりたてのミトに仕事が与えられ、それでちゃんとこなせるのか、不安な気持ちが膨らんでも仕方ない。
「行こう」
ソラに手を引かれ、ミトは部屋を後にする。
屋敷の中を歩きながら、ソラが何かを言っていたが、その時のミトにはソラの話を聞けるほどの余裕がなく、その時にソラがしてくれた話の大半をミトは覚えていない。
◇ ◆ ◇ ◆
案内された部屋はミトに与えられた部屋の扉と変わりがなく、実際に誰かに与えられた部屋のようだった。
ソラがノックをし、中から女性の声が返ってきたかと思えば、ミトが気持ちを整える暇もなく、ソラは部屋の中に入ってしまう。
その後を慌てて追いかけるように部屋の中に入ると、そこには既に二人の人物が待っていた。
一人は今朝逢ったツインテールの女性で、ソラとの会話や部屋の様子を見るに、この部屋に住む本人であるらしい。
もう一人はミトが入ってきてから、一瞬の隙もなく、ミトを睨み続けているヤクノだ。
その殺意しか感じない視線に晒され、ミトは逃げるように俯いた。
「ほな、揃ったから順番に話そか。はよ、お前ら座れ」
女性がミトとソラを促し、二人は部屋の中に置かれたソファーに移動する。
そこには既にヤクノが座っており、ミトは及び腰になりながら、ソファーの端に腰を下ろした。その隣にソラが座り、ミトとヤクノの間に挟まる緩衝材になってくれる。
「さて、話を始める前に、今朝逢ったけど挨拶してなかったし、自己紹介だけしとくか。私の名前は犀川姫乃。今朝一緒におったのが犀川雛子。私の姉貴や。苗字で呼ばれるとややこしいから、ヒメノ様って呼んでな」
「は、はい……ヒメノ様……」
「ほんまに呼ぶんかい」
ヤクノの鋭い視線を気にしながら、素直に名前を呼ぶミトにヒメノは驚きよりも呆れた様子だった。
「ほんで、そいつが厄野百足。見た目悪そうやけど、中身も同じくらい悪いから、何言われても気にせんでええで」
「ヒメノさん?貴女に言われたくないですよ?」
「なんやと、ゴラァ!?」
ヤクノに言い返され、ヒメノは即座に声を荒げていた。
睨みつける視線の鋭さなどを見るに、今のヤクノの言葉は間違っていないらしい。
「あ、あの……僕は……三頭晴臣……です……」
「丁寧にどうも。それでミトくんはどこまで知っとるん?」
ミトの自己紹介を受け、ヒメノは間髪入れずに聞いてきた。
「えっと……どこまでとは?」
「怪人組合の怪人には仕事が与えられる。そこまでは聞いとる?」
ミトが首肯すると、ヒメノは納得するように頷き、言葉を続けた。
「じゃあ、その仕事の内容は?」
そこでミトはかぶりを振った。
仕事の存在は聞いたが、どのような仕事が与えられるのかは分かっていない。それがミトの不安を増大させている。
「ああ、そこからまだか。じゃあ、そこから話そか」
そう言って、ヒメノは三本立てた。
「ええか?怪人の地位向上を目的とした怪人組合には、大きく分けて三つの仕事がある」
ヒメノは立てた指の一本をもう片方の手で掴み、説明を続ける。
「一つは怪人の保護。超人に殺されそうな怪人を組合に加入するという形で守っとる」
指を掴んでいた手がまた別の指に移動する。
「二つ目が超人の秘密の暴露。超人とか、その裏におるアマガイとか、そういう存在を世間に認知させるための行動や。これは裏工作みたいなもんで、あまり表立って何かするわけやないから、仕事としては地味やし、あまり回ってこうへん」
ヒメノの説明に合わせて、指を掴んでいた手が最後の一本に到達する。
「そして、三つ目が怪人の駆除や」
「怪人の……駆除?」
想定していなかった言葉の登場にミトは目を大きく見開いた。
「怪人言うても、自分がそうなったから分かるやろうけど、いろいろおる。良い奴もおれば、もちろん、悪い奴もおって、そういう奴らは一般的な怪人のイメージ通りのことをやったりする。そういう怪人を超人が捕まえてみぃ?怪人のイメージは下がって、超人のイメージがまた上がってまう。だから、先にそういう怪人を駆除する。それも怪人組合の仕事や」
「あ、あの、駆除って具体的には?」
「まあ、それは場合によって違うけど、最悪殺すね」
あっけらかんというヒメノに、ミトの顔は青くなった。
やはり、ここにいる人は怪人だ。
そう再度、強く実感する。
「それで本題に戻るけど」
そう言いながら、ヒメノは最後に掴んでいた指を覆うように、もう片方の手で握った。
「今回の仕事はこの三つ目や」