表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/227

6-7.猪突盲進

 駅前の雑踏を掻き分けて、シトは人混みの中に紛れ込んだ黒い背中を探した。人混みの隙間を縫うように見回し、黒い背中を探すシトの目は酷く血走っている。


 倒れたオダは既に騒ぎとなりつつあるようだった。黒い背中を追いかけるシトの正面から、人の波が背後に流れていく。黒い背中を追いかけるシトにとって、それは酷く邪魔に思えたが、その流れが生まれたことで、シトは人混みの中を逆らう、もう一つの背中に気づけた。

 オダに抱きついた姿を、オダの元に駆け寄った際、人混みの中に消えていく姿を、シトは思い出して、その背中を見つけた時、思わず目を見開いていた。


 見つけたと頭の中で叫び、シトは人混みの間を縫うように駆け抜けていく。黒い背中は人混みを抜けて、駅前から裏路地の方に足を運んでいた。その背中を追いかけて、シトもその裏路地に飛び込んでいく。

 黒い背中は僅か数メートル先を歩いていこうとしていた。


「待て!」


 シトは路地に飛び込むと同時に声を上げた。その声が誰に発せられたものなのか、確認するまでもなく、黒い背中は足を止めていた。ゆっくりと男がこちらを振り返る。

 間違いなく、オダに接触した男だと思いながら、シトは息を整える。


「何、君?」


 振り返った男は怪訝げに眉を顰めた。シトの姿をじっくりと見回してから、ゆっくりと首を傾げている。


「おかしいな。聞いていた二人と違うんだけど? 誰なの、君?」

「さっき……何をした……?」

「さっき?」


 男はシトの問いに首を大きく傾げ、何を言っているか分からないとジェスチャーで示してきた。恐らく、話すつもりがないのだろう。


 その様子を見たシトは追及のための準備した言葉を喉元で止め、代わりに人混みを掻き分けてまで、男を呼び止めた理由に手をつける。


「貴方がもしも酒鬼組の関係者なら、頼みがある」

「うーん?」


 肯定とも否定とも取れない動きで、態とらしく首を傾げた男の様子を見つめてから、シトは準備していた言葉を発する。


「私を酒鬼組の人間がいるところに連れていって欲しい」

「うーん!?」


 男は首を傾げた姿勢を変えることなく、シトの言葉に驚くように目を見開いて、シトの姿をじっくりと見つめてきた。シトが何者で、何を考えているのか、慎重に読み取ろうとしているのかもしれない。


「えーとさ、普通に考えて、それで言うことを聞くと思う?」

「不安に思うことがあるなら、その不安を取り除くために何をしてもいい。武器がないことを証明するためなら、身体を調べられても構わない」

「君、女の子だよね? 俺みたいな男を相手に、平気でそういうことを言う?」

「それくらい本気だから」


 シトは男の前でゆっくりと両手を上げた。何も持っていないという意思表示と共に、身体を調べやすいように配慮した姿勢だ。その様子を見た男が顎に手を当て、何かを考えるように俯いている。シトの様子をじっくりと見つめながら、男は不敵に笑みを浮かべる。


「ああ、まあ、連れていって欲しいなら、それくらいの頼みは聞くけどさ。まあ、流石に準備はしないとね」


 そう呟いた男はシトにゆっくりと近づいてきた。シトは男の接近にも怯えることなく、両手を上げた姿勢のまま、男の到着を待つ。


「じゃあ、失礼するよ」


 そう言った男がシトの前に迫り、手を伸ばそうとした。


 そこで路地に駆け込んでくる足音が二人分、鳴り響いた。男の手がピタリと止まり、視線がシトの背後に向く。シトはその姿に釣られ、背後に聞こえた足音を確認するために振り返った。


「何をやっている?」


 そこにヒマリとミライが立っていた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 背後に流れていく人の波の中では、それに逆らうシトの姿が良く目立った。少し離れていたが、行く先は良く見え、ヒマリとミライはその背中を追いかけようとする。


 しかし、オダを中心とした騒ぎは膨らんでいるようで、背後に流れる人の波は激しさを増していた。隙間を縫うように移動することも難しく、ヒマリとミライは互いに手を伸ばさないと、即座に流されてしまいそうなほどだった。


 何とか、人の流れから抜け出せた時には、シトの姿が路地の向こうに消えた後だった。ヒマリは正直、その姿を見るだけの余裕がなかったのだが、ミライは目で追っていたようで、シトが消えたという路地を指差し、向こうとヒマリに教えてくれる。


 二人は揃って走り出し、路地に消えたというシトを追いかける。

 そこで両手を上げたシトと、そのシトに近づく黒のスポーツジャージ姿の男が鉢合わせた。男はゆっくりとシトに近づき、その身体に手を伸ばそうとしていたところで、ヒマリはその様子に思わず眉を顰める。


「何をやっている?」


 ヒマリがそう問いかけると、シトに伸ばしかけていた男の手は止まり、ヒマリとミライをじっくりと嘗め回すように見つめてきた。


「ああ、聞いていた二人が来たね。本当に来るんだ。凄いな」

「いいから、あの二人のことは無視して、私の話を聞いて」

「おい、お前ら、何の話をしてるんだ? おい、スイミ?」

「ちょっと黙って!」


 ヒマリの声を振り払うように振り返り、シトはそう叫んでいた。その様子の異様さにヒマリは驚き、ミライは思わずヒマリの袖を手で引いている。


「シト、おかしい」


 ミライが思わずそう口走り、ヒマリは小さく首肯する。何かあるとは思っていたが、ここまで異様になるほどのことなのかと、ヒマリはシトの変化に言葉を失う。


「あの二人は無視していいから、まずは私の話を聞いて!」


 縋るようにそう言い始めるシトの様子に、男も違和感を察知したのか、やや表情を強張らせ、シトから僅かに離れるように後退っていく。


「急に激しいねー。何、どうした?」

「いいから、私を連れていってくれたら、それだけでいいから!」

「ああ、はいはい、連れていけばいいのね? 分かってるから、一度、落ちつこうか」


 そう言って、男がシトの背中に手を回そうとした。その動きを見たヒマリの頭の中で、さっき見た光景がフラッシュバックする。


 オダが倒れる直前、男は同じような動きで、オダに抱きついていたはずだ。


「やばい……」


 危険を察知したヒマリは小さく呟くと、すぐに片手をポケットに伸ばし、そこからカプセルを取り出していた。シトの背中をじっと見つめ、狙いを定めると、即座に取り出したカプセルを投擲する。

 シトの背後に伸びる男の手よりも早く、ヒマリの投げたカプセルがシトの背中に触れる。シトの身体がカプセルの中に収まって、そのまま地面に落下した。


「うん? あれ?」


 不意に消えたシトに、男は何が起きたのかと不思議そうな顔をしていた。ヒマリは男がカプセルを認識するよりも早く、カプセルを回収しようと身を落とした直後、その隣でミライが勢い良く走り出す。


「邪魔」


 淡々と告げ、ミライは一気に手を振り下ろす。その手は形を異形の物へと変え、男はその攻撃に気づいた瞬間、背後へ逃げるように跳んでいた。


 ミライは男が立っていた場所をなぞるように腕を振り下ろし、足元に落ちてあるカプセルを背後に蹴り飛ばす。ヒマリの足元にころころと転がってきたカプセルを、ヒマリは急いで拾い上げる。


「何か分からないけど、君達も連れていって欲しいなら、案内するよ? いらない?」

「ふん、ふざけるな。お前らの有利な状況に飛び込むわけがないだろう? 場所を知っているなら、お前から聞くだけだ」

「ああ、そう。交渉決裂って感じね!」


 そう言い終えるよりも速く、男の手は振り上げられていた。まっすぐに手が突き出されたかと思えば、その拳から勢い良く何かが吹き出し、ヒマリの方に迫ってくる。


 そのことに気づいたミライが手を伸ばし、ヒマリと男の間に割り込んだ。伸ばされた手は神々しく光り輝いており、まっすぐに飛んできた何かに触れると、その何かが勢い良く跳ね返って、地面に飛び散っていく。


「濡れてる。水?」


 足元に飛び散った跡を見下ろし、ミライがぽつりと呟く。


 その様子を見た男が頭を掻き、ミライの光り輝く手をじっと見つめていた。


「あれ、面倒だな……」


 それらを少し離れた位置から眺めながら、ヒマリはカプセルを握り締める。狙いは言うまでもなく、スポーツジャージ姿の男だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ