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6-5.緊急連絡網

 有事の際には連絡する決まりとなっていた。そのための手段が事務所近くを含む、様々な場所に仕込まれていて、その内の一つが自販機下に仕込まれたロッカーのカギだった。


 ロッカーの中に入っていた鞄には、いくつかの小物が入っていたのだが、その内の一つがスマホだった。どのような伝を使って手に入れているのか分からないが、それらのスマホはロッカーに放置された今も、何の痕跡なく使えるらしい。


 連絡する相手はスマホの中に登録されていた。酒鬼組の幹部の誰かに繋がるはずだ。

 相手が誰であるかは辿りついた手段次第で、オダも把握していない。できるなら、オダの言い分を聞いてくれる相手がいいと考えながら、オダは駅の隅でスマホを耳に当てていた。


 通話をかけてから、相手が通話に出るまで、恐らく、それほどの時間は経っていないはずだが、今に至る経緯や通話をかけた相手を考えると、オダの心情はその僅かな時間を永遠に感じさせていた。

 誰が出るのかと、本当に出るのかと、緊張感が心臓を跳ね上がらせる。耳に当てたスマホに反射し、返ってくる自身の鼓動の音があまりにうるさい。


 相手の声が聞こえるかと不安になるほどの鼓動の音を聞いていると、そこでようやく相手を待つ音が消え、スマホの向こうから声が聞こえてきた。


「もしもし?」


 第一声は柔らかく、誰の声か分からなかった。オダは若干の混乱を抱えながらも、相手が幹部であることは確定している。刺激しないように話し始めないといけないと思い、ゆっくりと言葉を考える。


「お疲れ様です。俺はオダって言います」

「オダくん? そのスマホを知っているということは、部外者じゃないよね?」


 声は再び柔らかく、掴み所のない跳ね方をした。その声にどこか聞き覚えがあり、誰の声かと思い出しながら、オダは通話越しであるはずなのに首肯する。


「はい。急ぎのご報告と、それから、助けていただきたくて、連絡しました」

「報告……。助け?」


 ゆっくりと首を傾げるような、特徴的な曲がり方をする声を聞いて、オダの頭の中に、ゆっくりと一つの顔が浮かび上がりつつあった。どこで聞いたかと、誰の声だったかと、次第に思い出してきたことで、オダはそこまであまり感じていなかった類の緊張感を、次第に震えるほど感じ始める。


「それは何? プライベートの問題? それとも、組全体の問題かな?」


 オダの頼みを聞いても、変化を見せない声の向こうに、オダは柔和で優しそうな笑みを思い浮かべた。初めて逢った人は誰しもが、その笑顔の前に警戒心を解くことだろう。この人は優しいと、本能的に人に伝える表情だ。


「組全体の……問題だと思います……」

「ほう?」


 オダは緊張感を飲み込み、ゆっくりと言葉を口にした。その一言に反応し、スマホの向こう側の空気が変わったことを感じる。

 温度が少なくとも二度は下がった。そういう声色がした。


 そこにオダは思い浮かべた笑みが僅かに崩れ、怪訝げに眉を顰める様子を想像した。やや不可解そうに、あるいは、やや不快そうに、男は表情を崩す。


 それでも、目尻に刻んだ皺が、今も優しそうな笑みの面影を残している。そういう部分が人を安心させ、油断させるに違いない。

 オダはそう思いながら、息を呑む。口の中が信じられないほどに乾燥する。


「何があったのか、話せるかな?」


 スマホの向こう側から質問を投げられ、オダは相手が見えないにもかかわらず、首が取れそうなほどに頷いていた。そうしなければいけないと、本能が、これまでに培った知識が、警鐘を鳴らしていた。


 オダは絡まるほどに早口になりながら、ヒマリに捕まった経緯を説明する。自身が殺し損ねた相手が再び現れ、自身を拉致した事実や、オダから情報を聞き出そうとしたことを正直に話し、隙を見て何とか脱走できたので、何も話していないと嘘をついた。


 その間、スマホの向こうからは簡単な相槌の声だけが聞こえていた。深くは聞こうとしない様子に、オダは嘘がばれていないと安堵する一方、どこまで信じているのだろうかと不安を覚える側面もあった。


「オダくん」


 やがて、オダが今に至る経緯を説明し終えると、スマホの向こうからそのように名前を呼ばれた。オダは反射的に背筋を伸ばし、元気良く返事する。


「はい! 何でしょうか!」

「その君が捕まっていた部屋……倉庫だったかな? それはどこにあるか分かるかな?」


 そう聞かれ、オダは思い出そうとするが、自身が捕まっていた倉庫の場所までは分からなかった。そこまで気にかける余裕がなかったので、どれだけ、どの方向に歩いて、事務所近くに到着したのかも分からない。


 オダは分からないという返答しかできないことに冷や汗を掻きながら、そう答える以外にはなかった。ここで下手な返答をしても、後々ばれてしまうことは目に見えている。

 既に説明したことに含まれている嘘までばれたら、オダはきっと生かしてもらえないだろう。生き残るためには正直に伝えるしかなかった。


「ああ、そう、それは残念」


 思っていたよりも、あっけらかんと言われたことに、オダはやや驚きながらも、それ以上の追及がないことに安堵する。


「それで、オダくんはどこにいるの?」


 オダは辺りを見回し、スマホが置いてあった駅の名前を言ってから、今もまだそこにいることを伝える。


「そう。それなら、今から、そこに人を送るから、駅の外で待っていて。見つからないように隅の方でね」


 助けが来る。その事実をオダは喜び、自然とスマホを耳に当てたまま、大きく頭を下げていた。


「はい! ありがとうございます、アサギさん!」


 オダが礼を告げると、すぐに通話は切れた。オダはスマホを鞄の中に仕舞ってから、辺りを見回す。


 もしも、ここでヒマリにでも見つかったら、それは非常に厄介だ。あるいは警察に見つかっても面倒なことになるだろう。

 そう思いながら、オダはこそこそと、駅の外に移動し始めた。幸いなことにヒマリが追ってきている様子はない。まだ気づいていないか、気づいていたとしても、オダを見つける手段はないのだろう。


 早く酒鬼組の人間と合流して、無事に助かったという実感を味わいたい。そのように考えながら、オダは駅の外の隅の方で、身を隠すように壁に張りついていた。

 ただ立っているだけでは怪しいと思い、鞄の中からスマホを取り出し、弄っているフリをしながら、助けが到着する時を待つ。


 流石にさっきの連絡があってから、すぐに人が来ることはない。そう分かっていながらも、五分、十分と過ぎる時間はあまりに長く感じていた。


 本当に助けが来るのかと、オダが一抹の不安を覚え始めた頃、ふと道を歩いていた男がオダに気づかなかったのか、ぶつかってきた。


「ああ、悪い」


 スマホ片手に振り返った男が謝ってくる。黒のスポーツジャージにスニーカー、髪の毛は白に近い金髪で、耳にはピアスが左右合計で七つはついている。


「ああ、いや、こっちの話」


 男はオダに謝ると、すぐにスマホを耳に当て、通話中らしい相手にそのように言っていた。その様子にオダは不満そうな表情を浮かべるが、今は状況が状況だ。強く出たくても目立つわけにはいかない。


 とはいえ、オダは目立たないように壁に背をつけ、スマホを見ていた状況だ。そこにぶつかることがあるかと思っていたら、男がオダの方をじっと見ていることに気づき、オダは怪訝げに男を睨んでいた。

 何を見ているのだと思っていたら、男はやや困ったように眉を下げ、オダの方に近づいてくる。


「そんなに睨むなよ。悪かったって。話すのに夢中で気づかなかったんだ」

「いや、別に睨んでなんて……」

「なあ、機嫌を直してくれよ」


 そう言いながら、男はオダの傍まで近づいてくると、オダの肩をがっしりと掴んできた。


「いや、別に怒ってないから、放してくれって……」


 そう言いつつ、オダが肩に乗った腕を振り払おうとした瞬間、男はオダの身体を引き寄せ、オダを軽くハグするように腕を回してきた。


「いや、本当に……悪いな」


 そう男が告げた直後、オダは身体全体が震えるほどの衝撃を感じ、気づいた時には地面に倒れ込んでいた。


 そのことも理解する間もなく、オダの意識は身体から消え、残されたのは地面に倒れたまま動かなくなったオダの身体と、それを中心に広がっていく赤い水溜まりだけだった。

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