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6-3.立場の違い

 ヒマリの発言はあまりに唐突だった。それはシトにとってもそうだが、ジッパも同じほどの驚きを得たようだった。今の言葉が嘘ではないかと疑いながら、ジッパはヒマリの顔を覗き込んでくる。


「ヒマリさん……? 急に何を……?」

「去れって……。どうして、そんな……急に……?」


 戸惑うシトを見つめ、疑うように覗き込んでくるジッパを押しのけ、ヒマリは口を開く。


「言ったように俺達はこれから酒鬼組とヴァイスベーゼを相手にするつもりだ。当然、今後は全てそのために動くことになる」


 そこまでは先ほどまでの話からシトも分かっていることだろう。当然のようにヒマリを見つめる表情は変わらず、驚きと戸惑いに満ちたままだ。


「怪人組合、という組織がどういう組織かは知らないが、明らかに俺達と立場の違うお前が、俺達と一緒にいても巻き込まれるだけだ。悪いがお前の望んでいる怪人組合に入るという話は果たせない。だから、諦めて立ち去れ。それがお互いのためだ」

「そ、んなことで……?」

「そんなことじゃない。組織に所属し、行動しているなら、それは守るべき最低限のルールだ」


 大岐土組という場で地位を築いたヒマリだからこそ、部外者であるシトを連れ回す意味は良く理解していた。そこにどのような問題を含み、それがどのように発展するかも想像がつく。

 シトの立場を考えれば、これ以上の同行は難しい。そういう考えに至ることは当然だった。


「そ、れで、拠点は……? あ、あの倉庫はどうするの?」


 空中を彷徨うように視線を動かし、飛んでいる蝿でも掴んだようにハッとした表情を浮かべてから、シトはそう言い出した。空回りするほどに、シトの口は回転している。


「拠点や倉庫は確かに世話になった。それらがなくなることは非常に残念で、面倒なところではあるが、それを理由に協力させるわけにはいかない。ちゃんとその点は弁えている」


 頑なな態度を示すヒマリを前にして、シトは助けを求めるようにジッパを見ていた。最初はヒマリの発言に驚き、疑いの眼差しを向けていたジッパも、ヒマリの言葉で納得したのか、その視線に答えることなく、僅かに目を逸らし、俯いている。


「急に、そう言ったって、ほら、いろいろとあるだろうし……。私も、急に人を追い出すほど薄情じゃないし、それに……」

「ああ、そうだな。そうだった。去れと言ったが、去るのは俺達の方だ。だから、言い換えよう」


 ヒマリは自分の発言の誤りを認め、謝罪するように呟いてから、ゆっくりとシトが求めているものではない言葉を告げる。


「俺達は出ていく。ここでお別れだ」


 ヒマリがはっきりとそう言ったことで、シトの目は大きく見開かれた。悲しみと戸惑いが表情に満ち、視線は今もずっと留まることなく彷徨っている。


 ミライがそっとヒマリの近くに寄ってきて、ヒマリの袖口をきゅっと掴んだ。ミライには先に話していたことだが、この中では唯一、同性だったシトがいなくなると、ミライも寂しくなるかもしれない。


 だが、ヒマリ達の選んだ道は、そういう仲良しごっこが成り立つものではない。どれだけ寂しくても、どれだけ厳しくても、どこかでちゃんと線引きする必要がある。

 怪人組合という居場所のあるシトを、ヒマリ達の一存で復讐に巻き込むわけにはいかない。その相手が同じく怪人であると分かったのなら、それは尚更だ。


「いや、でも……」


 シトは何かを言うように唇を動かしたが、そこから発せられた声はすぐに聞こえなくなった。言い訳を探すようにぶつぶつと呟いているが、その言葉が膨らまないところを見るに、それが言い訳にもなっていないことはシト自身が分かっているのだろう。

 ヒマリの言っていることは正しい。そう思ってしまっているから、シトは否定し切れないでいるはずだ。


 受け入れてくれ、と思いながら、ヒマリはミライとジッパに目を向け、ここから立ち去る準備を始めようと考える。


 格段急ぐだけの理由があるわけではないが、このまま長居しても、ミライやジッパの中に情が芽生え、シトを一緒に連れていくと言い出す可能性が高まるだけだ。そうなる前にさっさと別れ、断ち切ってしまった方がお互いのためである。

 そう思って、ヒマリはミライとジッパに声をかけようとした。


 そこでヒマリの口を封じるように、言いかけた言葉を留まらせるように、シトが口を開いた。


「怪人……」


 不意に呟かれた、想定外の言葉にヒマリ達は振り返り、シトの方を見る。シトは何かを見つけたのか、見開かれた目には、さっきまでの悲しみではなく、若干の喜びの色が見て取れた。


「怪人?」


 ヒマリが聞き返すと、シトは黙って頷いた。


「それがどうした?」

「怪人組合の目的の話はしたよね?」


 怪人組合のスカウト。そう自己紹介したシトが、ヒマリを勧誘する際に、怪人組合という組織が設立された理由は説明されていた。


 怪人の地位向上。虐げられ、不当な扱いを受けている怪人の立場を確保するために、怪人組合は努力している。


 そのことを思い出し、ヒマリが頷くと、シトの目は更に明るさを取り戻す。


「そう! 私達、怪人組合は怪人の地位向上を目的に動いている! そのためにすることは怪人の保護と、それから、怪人の地位を貶める存在の排除!」

「怪人の地位を貶める存在の排除?」


 どういう意味かと聞き返す意味も込めて、ヒマリがその言葉を繰り返すと、シトは頷きながら、ヒマリに詰め寄るように身を起こした。

 僅か数センチの距離に、シトの顔が近寄って、やや血走った目がヒマリの目を見つめる。


「怪人の地位を貶める存在! つまり、世間一般でイメージされる悪い怪人のことだよ! それら怪人がいる所為で、何の罪もない怪人まで同じ扱いを受けている。それはおかしいことだから、正さなければいけない。それも怪人組合の仕事なんだ!」

「つまり……何が言いたい?」


 ヒマリはシトの言いたい部分を既に理解していたが、本人の様子から本人に話させる必要があると判断し、そのように聞き返していた。


「つまり、ヴァイスベーゼも()()()()()()なんだよ! だから、それと戦うって言うなら、それには私が協力する理由も、意味もあるんだ! 君達が気にする必要なんて、何もないんだよ!」


 興奮した様子を表すように肩で大きく息をしながら、シトはそこまで言い切ると、ヒマリからゆっくりと離れるように座り込んだ。ヒマリの様子を見上げる表情は、ヒマリの回答を待っているようだ。


 ミライはじっとヒマリの顔を見つめ、ヒマリが何と答えるのか、様子を窺っているようだった。ジッパはシトの必死な様子に戸惑っているのか、ヒマリとシトを交互に見ては、どのような顔をしたらいいのかと、粘土を捏ね繰り回すように表情を変えている。


 ヒマリはただ黙って、シトの顔を見つめてから、ゆっくりと息を吐き出した。言いたい言葉の大半は一度、飲み込むことにして、その中で取り敢えず、この場に相応しい言葉を取り出す。


「分かった。そこまで言うなら、出ていくことはやめる。それでいいんだろう?」

「本当かい!?」


 シトは目をきらきらと輝かせ、再びヒマリに詰め寄るように身を起こした。その目と反応を見つめ、ヒマリは離れるように身を動かしながら頷き、再び深く息を吐き出す。


 喜ぶシトを尻目に、ヒマリは今のシトの行動を思い返し、これまでのシトの言動を振り返っていた。


(これは……)


 そう思ったところで、ミライがきゅっと再びヒマリの袖を引き、ヒマリの目がそちらに動く。


「出ていかないなら、あの捕まえた人はどうするの? 殺さないまま?」

「ああ、あいつか。あいつなら、既に処遇は考えてある」

「あ、あの、ヒマリさん! もしもオダを始末するなら、その時は俺がやります! ヒマリさんの手をわざわざ煩わせるまでもありませんから!」


 ジッパは元気よくヒマリとミライの会話に割って入ってくるが、その提案をヒマリは受け入れるつもりがなかった。


 というか、そもそも前提条件が違う。


「安心しろ。あいつは殺さない。せっかくの機会で、使えるだけ使わせてもらう」

「何するの? また虫?」


 ミライが虫を掴むような仕草を見せ、ジッパが身体を震わせる。その様子にヒマリはかぶりを振ってから、自身の考えを伝えるために口を開くのだった。

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