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6-2.襲撃の真相

 戯れのために用意した虫は三百匹にも及んだが、それも底をつきそうになり、補充が必要かと、使い物になっていない虫嫌いのジッパに頼みかけた、二八三匹目のことだった。


 最初の頃は声を上げ、水槽の中に突っ込み、固定されている足を何とか動かそうと必死だったオダも、すっかり疲労が見て取れ、こそばゆさや痛みに反応を示すことなく、ぐったりとした様子を見せ始めていた。

 流石に無毒の虫を選んでいるので、毒でやられることはないが、これだけの数の虫を与えるという経験はあまりないことだ。実際にどういう反応を示すか分からない以上、殺してしまわないかと若干の不安をヒマリが抱えている前で、オダは力なく口を開いた。


「もう……やめてくれ……」


 懇願するような口調にヒマリは眉を顰める。


「お前から頼まれて、それで分かりましたとなるわけがないだろう? やめて欲しければ、知っていることを全て話すんだな」


 当然のことを突きつけ、傍らにいるミライに、ヒマリは二八四匹目の虫を指示しようとした。


 そこでオダはぐったりと項垂れ、身体中から抜け落ちた力を掻き集めたようにか細く、耳を澄ましてようやく聞き取れるくらいの声を零した。


「分かった……」

「ん? 何か言ったか?」


 微かに聞こえた音に反応し、ヒマリは振り返ってオダを見る。項垂れていたオダは僅かに顔を上げ、疲労に染まった目をヒマリの方に向けてくる。


「分かったから……。知っていることは全て話すから……。だから、許してくれ……」


 オダの言葉にヒマリはゆっくりと目を開き、虫を用意していたミライを制止するように手を伸ばした。


「俺からの質問に答えると?」

「ああ、そうだ……。だから早く、ここから解放してくれ……!」


 オダは懇願するように顔を振り上げ、涙で濡れた目をヒマリに向けてきたが、ヒマリはすぐに頷こうとはしなかった。


「ダメだ。解放して欲しければ、先に話せ。その中からお前を出して、何も話さないとなったら、また戻すのが面倒だからな」

「分かったから……! 何でも、知っていることは全て話すから……! 早く、早くしてくれよ……! 何が聞きたいんだよ……!?」


 急かすように聞かれ、ヒマリは態とらしく顎に手を当て、考えている素振りを見せる。視線をオダから逸らし、オダに向ける予定の質問をいくつか頭の中に思い浮かべる。


 それら一連の仕草を前にして、オダの限界は刻々と迫っていることが表情の変化から見て取れた。ここに至っても、必死に急かそうとしない辺り、まだ最低限の理性はあるらしい。それすらも完全に失ってしまうと、今度は言っていることが本当なのかどうかも怪しくなるので、この辺りが潮時かと判断し、ヒマリは口を開く。


「なら、まずは酒鬼組の目的から話してもらおうか」


 ようやく口を開いたヒマリがそのように促すと、オダは若干の戸惑いを口元に滲ませながらも、ゆっくりと口を開いて語り始めた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



「勢力の拡大?」


 オダから聞いた話を伝えると、ジッパは驚いたように声を上げた。


「そんな単純なことですか? 本当に?」

「嘘かどうか確かめる術はないが、オダは嘘を言っているように見えなかった。少なくとも、オダの知っている情報はそうなのだろうな」

「勢力の拡大のために怪人と手を組み、君達の組を潰したということか?」


 ヒマリの説明を聞いて、シトも驚きを表情に見せながらそう言ってきたが、その言葉にはヒマリはかぶりを振る必要があった。


「怪人と手を組んだという部分はそうみたいだが、大岐土組を潰した理由はそうじゃないらしい」


 ヒマリがそのように話していると、オダを水槽から解放していたミライが戻ってくる。虫達は元々入っていた虫籠に戻し、置いてきたらしい。

 ミライ曰く、ここに持ってきたらジッパが発狂するから、と。


「オダの様子はどうだった? 異常は見られたか?」

「足は一杯噛まれてた。傷が一杯で、痛みとか痒みとか凄そう」


 ミライの説明をただ聞いているだけのジッパが反応し、顔を歪めている。もしかしたら、自身が虫にまとわりつかれた時のことを想像しているのかもしれないが、自分からそのような場面まで想像するとは、嫌いというのは非常に面倒だとヒマリは思う。


「それくらいなら、後で食事と一緒に薬でも与えてやればいい」

「殺さないの?」


 ミライが不思議そうに聞いてくる。その純粋な目を見つめ、ヒマリはやや不安げに額を掻く。


「そう言うように見えるか?」

「いや、見えない」


 ごめん、と謝罪の言葉を添え、ミライがそう言ったことにヒマリは若干の安心感を懐きながら、再びジッパとシトの方に目を向けた。


「それで、大岐土組を潰した理由が他にあるって?」


 ヒマリとミライの会話を見て、空気を読んでくれていたシトがそのように促してくる。ヒマリは頷いてから、中断することになった話を再開させる。


「どうやら、サカキは親父にも話を持ち込んでいたらしい」

「話を持ち込む? それは勢力拡大の? それとも、ヴァイスベーゼと手を組むことについて?」

「その両方と言えるか。ヴァイスベーゼと手を組んで、組の勢力を拡大させるから、そちらも乗らないかと」

「そう言うことか。それに君達の組の組長さんは断った」


 察したシトの一言を聞いて、ヒマリは頷いた。


 酒鬼組は大岐土組にも、ヴァイスベーゼとの協力の話を持ち込んだ。常人を超えた怪人と手を組めば、これ以上の勢力拡大が図れる。そこに大岐土組も乗らないかと手を差し伸べた。


 が、大岐土組は――組長である大岐土成幸(なりゆき)は首を縦に振らなかった。


 正確な理由は分からないが、ヒマリには何となく想像がついた。ジッパも同じだろう。オーキドの性格を知っていたら、そういう力に任せた振る舞いを受け入れるとは思えない。


 ただ、これが酒鬼組の逆鱗に触れた。あるいは、情報を掴んでしまった大岐土組を見逃せないと判断したのかもしれない。


 酒鬼組は大岐土組に襲撃をかけた。


 それもヴァイスベーゼの協力を受けた、圧倒的な勝ち戦だ。


 当然のように大岐土組は壊滅し、現在に至るということのようだった。


「因みに、ヴァイスベーゼが酒鬼組に力を貸している理由は?」

「そちらの方は分からなかった。オダが聞いていないだけなのか、腹の内はサカキにも教えていないのか。まあ、状況から見るに、酒鬼組がヴァイスベーゼを利用しているということはまずないだろう」


 利用するとしたら、ヴァイスベーゼの方だ。それは力関係から見ても、はっきりとしている。裏に何かあるとしても、それをヴァイスベーゼが酒鬼組に話すことはないだろう。


「ただ、これで俺の目的ははっきりした。ミライとは話したが、復讐する相手は酒鬼組だけではなかった。ヴァイスベーゼも絡んでいると言うなら、俺はミライと協力して、そちらも潰しに行くつもりだ」

「もちろん、俺も協力しますよ! そんな一方的な状況を作って、それで今もあいつらが自由に生きているとか許せませんから!」


 ヒマリの決意を聞いたジッパも同調し、ミライは納得したように頷く姿を見せる。それらを確認してから、ヒマリは再びシトに目を向けた。


「ということで、俺達の行動は決まった」

「まあ、みたいだね。それなら、私も――」

「だから、()()()()()()()()

「えっ……?」


 ヒマリの一言に、シトは唖然とした表情を浮かべ、疑うようにヒマリの顔を見てきた。その目から逃げることなく、ヒマリはじっと真剣な眼差しを向けていた。

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