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6-1.暗虫模索

 金属製の冷たい壁と天井の下、気持ち程度の毛布を敷き詰めた殺風景な部屋だった。いや、正確に言うなら、そこは倉庫だった。シト曰く、怪人組合が所有する倉庫の一つらしい。大っぴらに言えないことをするのに適した、防音性の高い倉庫らしく、足元に敷かれた潰れた毛布の端々には、明らかに血痕と思われる黒い染みが見て取れた。


「やはり、怪人組合とやらには入れないな。やってることがきな臭過ぎる」


 毛布を爪先で遊ばせながら、ヒマリは呟く。倉庫の中央に椅子を用意していたシトは振り返り、不満そうに唇を尖らせる。女性にしては低く響く声が、倉庫の中を反響する。


「君達がそれを言うの? そういう仕事でしょう?」

「…………まあ、そうか」


 ヒマリが口籠ると、シトは勝ったと言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、用意した椅子の傍に特殊なプレイで用いられる手枷と足枷を置く。


 必要であると判明してから、用意するとシトが言って、その数時間後に準備された一連の道具だが、それらを一体どこから持ってきたのか、あるいは持っていたのかと、ヒマリはさっきから密かに気にはなっていたが、それを口に出す勇気はなかった。何となく、パンドラの箱を開けてしまう気がする。


「さて、こちらはこれくらいで一旦、大丈夫そうだけど、問題は向こうかな?」


 そう言いながら、シトは倉庫の外に目を向ける。そこではミライとジッパの二人が、さっき頼んだ仕事をこなしている最中なのだが、その様子は順調とは言い難い様子だ。


「意外と臆病みたいだね」


 シトがジッパを見つめ、呆れた様子でそう告げる。


「苦手らしい」

「ヤクザなのに?」

「そこは関係ない」


 ヒマリがぶっきらぼうに答え、シトは微笑み、その隣のミライに目を向ける。


「逆にあの子は大丈夫と」

「子供はそういうものだろう?」

「いやいや、そうでもないよ。聞いてみなよ。多分、子供の頃から苦手と答えるから」


 ジッパを指差し、シトはそう言う。それを聞いたヒマリは少し想像し、引くほどにそう答えるジッパの姿が想像できてしまい、口を噤んだ。

 流石にそれを言う姿は情けない。そこまでは踏み込まないで置いてあげようと、こっそり思う。


 ミライとジッパの準備はやや騒がしく、想定の時間の倍以上の時間を要して、ようやく終わった。途中からはヒマリとシトも手伝うことにしたのだが、それでも、時間の短縮はあまり行えないほどのポンコツ振りを発揮し、ジッパは若干、落ち込んだ様子を見せているが、その反応を見れば、ヒマリの考えがどれほど効果的か分かるというものだ。


「じゃあ、始める。ここからは時間との勝負だ。取り敢えず、気づく前に拘束する」


 改めて確認するように告げて、ヒマリはカプセルを構える。


 カプセルの中には、すやすやと眠る成人男性の姿が――ヒマリの因縁の相手であるオダの姿があった。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 右から、左から、数度に渡って頬を叩く衝撃に襲われ、ゆっくりと瞼は持ち上がった。部屋全体が暗いのか、あるいは長時間目を瞑っていたからか、ゆっくりと目の前に暗闇が広がり、怪訝げに目を細める。


 ここはどこだと口にしようとして、唇がうまく動かないことに気づく。何かと目を見開き、口元を覗くように視線を下ろせば、視界の端に口元を覆う何かが見えた。唇を動かし、確認した感覚からすると、それは恐らく、ガムテープだ。


 ガムテープで口を塞がれている。どういう事態だと思い、ガムテープを剥がそうと腕を動かしたところで、自身の背後に伸びた腕が何かに拘束されていることが分かった。必死に動かしてみるが、ガチャガチャと音が立つばかりで、腕の自由が手に入る様子はない。


 更に下へと目を向ければ、足元も拘束されている様子だった。周囲が暗く、何で拘束されているかは分からないが、僅かに枷のようなものが見える。


 一体、何が……、と思ったところで、不意に正面で影が動いた。何かがいると、そこに至ってようやく気づき、不意に身構えたところで、影から声が聞こえてくる。


「ようやく起きたか? もう夜だぞ?」


 その声は聞き覚えのある声だった。


 紅丸日鞠。その名前を思い出したことをきっかけに、オダはゆっくりと薄れていた記憶を取り戻していた。


「ふふ! ふふふー!」

「ああ、それだと喋れないな。取ってやる」


 そう言うと、ヒマリは遠慮なく、オダの口元に手を伸ばし、そこくっついていたガムテープを引き剥がした。唇の薄皮が持っていかれそうな勢いに、オダは思わず唇を動かし、「痛っ!」と口走ってしまう。


「これで喋れるな。返事はできるか?」

「……どこだ、ここは?」


 オダはゆっくりと顔を上げ、正面にあると思われるヒマリの顔を見つめながら、そう聞く。ヒマリの表情は暗闇に隠れて見えないが、聞こえてくる声は夜の冷たさをまとっているかのように落ちついたものだった。


「見ての通りだ」

「見えねぇーよ……!? どこなんだよ……? あのガキは……?」

「ああ、安心しろ。万事オッケー。物事はお前らの頭が想定した通り、順調に進んでいる。残念なことにな」


 ヒマリの声に小さく滲むような怒りが混じり、オダは落ちつくべきか怯えるべきか分からなくなった。


「質問はそれだけか? まあ、いろいろと聞かれても、答えるつもりはないが」


 何かが布切れの上を擦れる音がする。目の前に浮かぶ影の様子から、オダの座る目の前には、もう一脚の椅子が置かれているらしい。それを引いて、ヒマリはそこに座ったようだった。


「状況は分かるな? お前は俺に――俺達に捕まった。無事に解放されたいなら、俺の質問に答えろ」

「な、んだ……?」


 オダの声は僅かに震える。何が起きて、このような状況になっているか分からないが、明らかに自身の命はヒマリの手の上に乗っている。


 ヒマリは自身が殺そうとし、そして、殺したと思っていた相手だ。その相手が目の前にいて、オダの自由を奪われていると考えると、どのような手段に出てもおかしくはない。


「酒鬼組は何をしている? ヴァイスベーゼとかいう怪人と手を組んで、何を考えている?」


 ヒマリの問いにオダは息を呑んだ。何をされるかと考えていたが、問いかけられた質問は、そう簡単に答えられるものではなかった。

 万が一にも、その質問に答えれば、ここで仮に助かったとしても、オダは殺される未来しかないだろう。


 オダはすぐさま()()()を振る。


「言うわけ……!? ないだろ……?」

「何も? 目的も、誰が主導で動いているかも、全て話すつもりはないと?」

「当たり前だ……!?」


 オダは辛うじて保った理性で、毅然とした態度を示す。それを少しでも口走り、そのことが露呈すれば、それだけでオダの立場はなくなる。組に居場所がなくなるどころか、この世から消えることになる。

 そうならないためにも口を噤み、オダはヒマリからの質問の全てを無視することにした。


 だがしかし、それを見たヒマリの態度は崩れることがなかった。オダの対応に納得したように頷き、それから何故か、背後に顔を向けている。


「なら、こちらにも考えがある」


 そう告げ、ヒマリは何かを手に持った。オダの方に持った何かを置くと、次にオダの拘束された足を掴み、その何かの中に無理矢理押し込まれる。


 ヒマリが持ち出した何かは、形状的に箱のようで、オダがその中に足を入れると、その足を固定するように蓋が閉じられた。


「何だ……? 何をしたんだ……?」

「ただの水槽だ。その中に足を固定した。それだけだ」

「すい、そう……?」


 オダが戸惑っていると、ヒマリは再び振り返り、今度は部屋の外に声をかけていた。

 その声に反応するように、ヒマリの背後が開いて、それまで暗闇だった部屋の中に光が飛び込んでくる。


 急激に押しつけられた光だ。オダの目は眩み、何が起きたのか分からなかったが、聞こえてくる音から、誰かが部屋の中に入ってきたことは分かった。

 それも一人ではない様子だ。


 ――と思っていたら、不意に光が目に飛び込んできた。誰かが懐中電灯を持っているらしい。


「よし、オダ、いいか? 今から、お前が俺の質問に答えたくなるようにプレゼントをやる。数に制限はない。答えたくなるまで、ゆっくりと時間をかけて、何度でも、だ。そのプレゼントを貰って、もし気持ちが変わったら、その時は教えてくれ。そうしたら、ちゃんと()()()()解放してやる」

「プレゼント……?」


 オダが眉を顰め、ヒマリの言葉に疑問を懐いていると、ヒマリは背後を振り返り、そこにいる誰かに目を向けた。その合図を受けて、そこにいる人物が手を動かし、懐中電灯の目の前に何かを持ってくる。

 それはシルエットの形で光の中に浮かび上がり、オダが正体を知ろうと目を凝らす前で、ゆっくりと形を変えるように蠢いた。


 そこで持ち出されたそれが()()()であることに気づく。


「ちょっ、と待て……!? それをどうする気だ!?」


 嫌なイメージが頭の中に膨らんだオダの前で、ヒマリが何かを思い出したように声を上げ、ゆっくりと身を屈める。


「ああ、そうだ。一つ言い忘れていた」


 そう言いながら、ヒマリは足元で何かを拾い、それをオダの目の前に持ち上げてくる。


「お前が眠っている間に、靴と靴下は脱がしておいた。ちゃんと素肌で味わってくれ」


 その一言にオダの表情は歪み、思わず口を大きく開けていた。


「や、やめろぉ!?」


 その懇願は虚しく部屋の中を反響し、懐中電灯の前で蠢いていたムカデが、オダの足を収めた水槽の中に放り込まれた。

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