5-28.虎穴虎子
常人であるアズマヤの傷が一晩の睡眠程度で全快するはずもなかったが、動けるくらいには身体の痛みが引いていた。まだ無理はできないにしても、これでヒノエを探しに行けるということになって、アズマヤとヒシナはヒノエの通っているという大学付近に足を運んだ。
そこで二人はタテイシについての聞き込みを開始したのだが、それは想像していた以上に多くの情報を得られるものとなった。
どうやら、タテイシはアズマヤが受けた印象に違わず、爽やかな見た目と人当たりの良い性格から、大学の中でもそれなりの有名人のようだ。そのような人に好意を寄せられ、ヒノエは断ったのかという衝撃と、そのような人物がアズマヤを刺すように命令したのかという疑問が浮かんでくる。
それら評判の良さに対して、タテイシのプライベートを知っている人は意外と少なかった。アズマヤとヒシナが求めたタテイシの家に関する情報は中々得られず、聞き込みは数珠繋ぎとなってひたすらに繰り返され、アズマヤの中の焦りが膨らみ切り、耐えられないほどの大きさになるという直前に、ようやくタテイシの家の場所が分かるという一人の大学生を発見できた。
タテイシの友人らしく、一度、家に行ったことがあるそうで、その家の場所を二人は教えてもらい、ようやく二人の目的地が明確に定まる。
これでヒノエに逢いに行ける。その思いと湧き上がってくる高揚感に自分自身で戸惑いながら、アズマヤは道中、どのようにタテイシと話し合うかという点をヒシナと話し合っていく。
タテイシもそうだが、ヒノエも説得できるかは分からない。ただタテイシの真意を問い質さないと、アズマヤの中の不安はどうしても消え去らない。
「このマンションだね」
ヒシナがスマホにメモした住所を確認しながら、目の前のマンションを見上げていた。このマンションの三階にタテイシは暮らしているらしい。そのことを思い出しながら、アズマヤとヒシナはマンションに足を踏み入れていく。
それから、タテイシの部屋があるという三階に上がって、いざタテイシの部屋がどこにあるか探そうとした段階で、アズマヤとヒシナは揃って異変に気づいた。
「誰か倒れてるね……!?」
ヒシナがやや慌てたような声を出し、二人は足早に倒れている人の近くに駆け寄っていた。廊下を歩きながら、少しずつ鮮明になっていく倒れている人の様子を見て、アズマヤとヒシナは表情に驚きを増やしていく。
「あれって……?」
「間違いないですね……!?」
それがタテイシであることに気づき、アズマヤは倒れているそこがタテイシの部屋の前であるとすぐに察した。そこから考えられる嫌な予感に襲われ、アズマヤの足は自然とそれまで以上に速くなる。
「ヨースケくん……!? 待って……!?」
ヒシナにそう呼び止められるが、アズマヤの身体は止まってくれなかった。倒れ込むタテイシの傍まで駆け寄って、そこに倒れるタテイシの様子を見つめる。
「おまえ……は……!?」
そう呟くタテイシの様子にアズマヤは見覚えがあり、タテイシをそこに倒れ込ませた犯人が誰であるのか、すぐに理解した。
「ヒシナさん……!? います……!?」
アズマヤがそう告げたことで、ヒシナも察したらしく、ヒシナの表情はやや強張ったものに変わっていた。アズマヤを追いかけるようにヒシナも駆け出し、アズマヤはヒシナが近づいてくることを確認しながら、待ち切れなかったように一人でタテイシの家の中に飛び込んでいく。
玄関に靴は見当たらない。土足で上がったようだ。それだけの行動に出るということは、タテイシを倒した相手は既に異常事態を理解しているということになるだろう。
ヒノエが危ない。そう思ったアズマヤはそのまま家の中に上がり込み、リビングと思われる方に駆け込んでいた。
そこで部屋の奥にある扉の向こうから、ゆっくりとこちらに姿を現す二人の人物を発見する。その姿は忘れようと思っても、忘れられないほどに脳裏に焼きついているものだ。
リアリストとスティンガー。その二人がそこにいると理解したところで、アズマヤはスティンガーが何かを抱えていることに気づいた。そこから僅かに物音が聞こえ、それが呻くような声であると気づいた時には、それが何なのか、アズマヤの頭は答えを導き出していた。
「ヒノエさん!?」
そう叫んだアズマヤの声に引かれ、リアリストとスティンガーの視線がようやくアズマヤの方を向いた。そこでアズマヤが飛び込んできたことに気づいたようで、リアリストはやや不思議そうな顔でアズマヤを見つめ、スティンガーは不快感を露わにするように分かりやすく睨みつけている。
「君は……どうして、ここが?」
「そんなことはどうでもいいだろう。逃げた奴がちゃんと顔を出してくれたんだ。今度こそ、ちゃんと連れていかないと」
怒りを剥き出しにしながら、スティンガーはそう言ってきた。その言葉を聞きながら、どのように動けばいいのだろうかと悩むアズマヤの後ろから、ようやく追いついたヒシナが飛び込んでくる。
「ヨースケくん!? 無事かい!?」
そこですぐにリアリストやスティンガーとヒシナの目が合い、二人の超人は分かりやすく納得したように頷いていた。
「そういうことか。お前らはグルだったのか」
「超人に対する反逆かと思っていたけど、単純に知り合いを助けただけだったんだね」
そう呟くリアリストとスティンガーを見つめて、ヒシナもすぐに状況を察したようだった。ヒノエがそこにいることにも気づいたようで、すぐにヒシナは鞄の中に手を突っ込み、アズマヤに耳打ちしてくる。
「ヒノエさんを解放させるから、君はすぐに保護してあげて」
その言葉にアズマヤは頷き、ヒシナの動き出しに合わせて、アズマヤは一気に踏み込んでいた。その動きに気づいたスティンガーが身構えているが、それよりも先にヒシナは鞄から取り出した物をスティンガーに投げつけていく。
それは数枚の小銭だった。
「小銭だぁ……?」
そのことに気づいたスティンガーが眉を顰め、投げられた小銭を手で追い払おうとする。
次の瞬間、スティンガーの表情が一変し、その場で踊るように身体を動かし始めた。
「熱ィッ!?」
そう叫びながら、身体に投げつけられた小銭を振り払い、スティンガーは慌てて小銭から離れていく。
昨晩のことだ。アズマヤはヒシナに一つの質問をしていた
「ヒシナさんの怪人としての力って何なんですか?」
「ああ、それは凄く単純なことなんだけど」
そう言って、ヒシナはペットボトルを取り出し、それをしばらく握ったかと思えば、アズマヤに渡してくる。
「触ってみて」
「えっ? あ、熱ッ!?」
ペットボトルを握ろうとしたアズマヤはそこで中身がお湯に変わっていることに気づいて、思わず手を大きく離していた。その途端に背中の傷が痛み、苦しみ始めたアズマヤにヒシナは申し訳なさそうに謝ってくる。
「熱湯を作る力……?」
「いや、触れた物を熱する力なんだ」
「ああ、それで熱湯に……」
その時の会話を思い出し、投げられた小銭が触れられないほどに熱せられていたことを察しながら、アズマヤは踊るように動くスティンガーの脇を通り抜け、そこに落とされたヒノエを引っ張っていた。
更に部屋の奥へと移動しながら、アズマヤはヒノエに嵌められた拘束具を取っていく。
「アズマヤ……さん……?」
戸惑った様子でそう呟くヒノエをまっすぐに見つめながら、アズマヤは笑顔でヒノエにこう告げた。
「助けに来ました、ヒノエさん」