5-26.正義の特権
潜伏中の怪人、ヒノエを発見するために、スティンガーとリアリストの選んだ手段は、ヒノエと行動を共にしていたというアズマヤの足跡を辿るというものだった。
それによって、二人はヒノエがかつて通っていた大学付近に向かっていたことが分かり、その近くにヒノエが潜伏していると考え、順番にヒノエが姿を隠せそうな施設に当たってみることにした。
しかし、そこから、どれだけの店やホテルを訪れても、ヒノエの姿や目撃情報は中々に得られなかった。どこかで考え方を間違っていたのだろうかとリアリストは悩み、スティンガーはただただ足踏みを繰り返すばかりの現状に、苛立ちを募らせていた。
こんなことに何の意味があるのかと思うが、それ以外に手段がないことも確かだ。誰かが明確に匿っていると分かれば、それだけで手段は簡単に終わるというのに、それができないもどかしさも、スティンガーの苛立ちの原因となる。
そうして、何も見つからないまま、ただ歩き回るだけの時間が続いている中で、通り過ぎようとした路地の途中、リアリストが何かに気づいたように口を開いた。
「おや、どうされましたか?」
そのように声をかけて、リアリストが話しかけ始めた相手は、そこに座り込んだ一人の女だった。路地の途中で座り込んでいる様子に何かがあったと察したらしく、リアリストは声をかけ始めたらしい。
いらないことをし始めたと思い、スティンガーは小さく舌打ちをするが、そのことに気づかないのか、気にしないのか、リアリストは変わらず女に話しかけ続けて、起き上がる手助けをするように手を伸ばしていた。
そこで何かに気づいたのか、僅かに声色を変えた。
「おや、それは怪我を……?」
その一言に思わずスティンガーの視線も女へと向き、リアリストが指摘した女の手を見ようとした直前、女がその手を慌てて隠すように動かした。
「おい、何だ、今の動きは?」
その動きの怪しさにスティンガーは思わず声を発し、女の動きを制止するように睨みつけていた。女はスティンガーの表情に怯えた様子を見せ、スティンガーは何かあると確信する。
「おい、気をつけろ。そいつの様子は明らかにおかしい」
「気をつけろって、彼女を?」
そう聞いてくるリアリストがスティンガーの方を向いた一瞬、そこに座り込む女が動き出そうとした。その動きに警戒していたスティンガーは手を伸ばし、動き出そうとした女の身体を勢い良く押さえつけて、咄嗟に伸ばそうとした腕を締め上げる。
そこで女の手の中にナイフがあることに気づいた。それも赤く染まったナイフだ。
「おい、こいつ、ナイフを持ってるぞ……!?」
スティンガーが女の手から零れたナイフを示すと、リアリストも驚いた顔を見せている。スティンガーはリアリストの方にナイフを蹴り飛ばし、そのまま押さえ込んだ女を睨む。
「これで何をした?」
「ち、違う……!? 私は悪くなくて……!?」
「じゃあ、何が悪いって言うんだ?」
「そ、それは……あの……アズマヤって子が……」
その一言にスティンガーとリアリストの表情が変わり、二人は思わず顔を見合わせていた。不意に女の口から漏れた名前に、二人は目の前の出来事が自分達の探しているものと関係している可能性を考える。
「そいつが何をしたんだ?」
「何かは……とにかく、悪いことをして……だから、私は悪くない……!?」
女がそう口にした直後、その身体から力が抜けていく様子を感じ取り、スティンガーはゆっくりと手を離していた。女は戸惑った表情を浮かべ、動きづらくなった様子の唇を必死に動かしている。
「あに……これ……!?」
「嘘をついた罰だ。お前が何を知っているのか、詳細はゆっくりと教えてもらう」
そう呟きながら、小さく笑みを浮かべて、スティンガーは女の身体を持ち上げていた。
◇ ◆ ◇ ◆
「この姿勢なら、話しやすいだろう」
女の身体を椅子に固定し、スティンガーは満足そうに笑みを浮かべる。その前で女は怯えた表情を見せ、スティンガーは身体が震えるほどの興奮を覚える。
「なに、を……?」
「知っているか? 超人は世間では正義の味方となっているらしい」
そう話しながら、スティンガーは自身の掌から、ゆっくりと長い針を伸ばし始める。針が皮膚を突き破り、生じた傷口から痛みが広がっていくが、今のスティンガーはそれすら気にならないほど、気持ちが昂っていた。
「正直、その言葉は嫌いだ。超人で、それで自分が正義の味方になったなど、これまでに微塵も思ったことがない」
掌から生まれた針を力強く握り締めて、スティンガーは椅子に座る女の正面に立つ。怯えた目で見つめられ、スティンガーの気持ちは我慢できなかったように立ち上がる。
「ただ正義というものも悪くないと思う瞬間がある。それは……」
そう呟いた瞬間、スティンガーは手に持っていた針を勢い良く振り下ろし、椅子に座る女の足に刺していた。女は痛みで藻掻き、苦しみの声を上げて、涙に浸った目を懇願するようにスティンガーへと向けてくる。
「こういうことをしても許される時だ。お前に何をしても、それでお前がどうなっても、これは正義のための行いだ。正義という名前が付けば、それがどれだけの犯罪でも許される。最高だと思わないか?」
スティンガーは止められない笑みを浮かべ、女に詰め寄っていた。女は苦しみながら、必死に小さな声で助けを求めることを言っているが、スティンガーはそれらの言葉を聞くつもりがない。
「違う。お前に聞きたいのは、お前がアズマヤとどういう関係かという点だ。お前の知っていることを全部、吐いてもらう。それ以外の言葉はいらない。分かったか?」
そう問いかけながらも、スティンガーは女の足に刺した針を掻き回すように動かし、女は返事の代わりに苦悶の声を漏らす。
「ただ一つだけ。できるだけ、すぐに吐くなよ。すぐに吐いたら、折角のお楽しみが短くなっちまう。分かったか? できるだけ苦しんでから吐け」
言い聞かせるようにそう告げてから、スティンガーは一気に針を引き抜いた。掌から今度は長さを押さえた針を生み出しながら、スティンガーは心の底から楽しそうに女を見下ろす。
「じゃあ、準備はここまで、今から始めるから、お前は俺がイクまで吐かずにただ叫び続けてろ」
スティンガーは女に命令しながら、手に持った針を翳していた。
◇ ◆ ◇ ◆
「少しやり過ぎだったんじゃないのか?」
苦言を呈するリアリストに面倒そうな顔をしながら、スティンガーはスマホに目を落とした。
「殺していない。それだけで十分だろう?」
「十分って、彼女は一般人だったよ?」
「離そうとしない奴が悪い。それにもう違う」
スティンガーの態度にリアリストは溜め息をつきながら、辿りついた建物を眺める。
「ここで間違いないのかな?」
「ああ、確認した。ここだ」
スティンガーとリアリストは辿りついたマンションに足を踏み込み、その三階まで上がっていた。順番に表札を確認し、探していた名前を発見した扉の前で立ち止まる。
そこでリアリストがチャイムを鳴らすと、中から一人の男が顔を見せた。
「君が立石颯さんかな?」
「はい、そうですが、どちら様ですか?」
急に家を訪れた二人組にタテイシは戸惑ったような表情を見せていた。