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5-24.焦燥と疑念

 ヒノエを殺害しようとして、怪人となる原因を作り上げたアズマヤを刺した。その理由にヒノエと一緒にいたタテイシが絡んでいると分かり、アズマヤはヒノエの身が危ないのではないかと、強い不安と焦りを覚えていた。


 そのために無理を承知で、ヒシナの助けを借りて、ヒノエの元に向かおうと考えたアズマヤだったが、残念なことに刺された身体はそこで限界を迎えていた。

 移動を開始してしばらくしたところで、アズマヤは蹲ったまま動けない状態になり、ヒシナに連れられて、再びホテルの一室で休むことになった。


「血は止まっているから、ここから無理をしなければ大丈夫だとは思うけど、もう今日は休んだ方がいいね」

「いや、でも……」


 ヒノエはタテイシと一緒にいた。その様子を見たことで、ヒノエにも新たな道ができたのだとアズマヤは離れることを決めたばかりだった。


 だが、もしも、タテイシが平気でアズマヤを刺すように言うほど、危険な人物であるのなら、その近くにヒノエを置いてはいけない。今すぐに連れ出さないと、今度はヒノエに火の粉が降りかかるかもしれない。

 それを止めるために、アズマヤは何とか身を起こそうとするが、どうしても身体は動いてくれなかった。傷口から広がる痛みと重さが身体を支配して、自分自身の身体が荷物の詰まった鞄のように垂れ下がっているように感じる。


「不安な気持ちは分かるよ。今の君の状態を考えたら、それを命令した人がヒノエさんと一緒にいることは不安で仕方ないと思う。でも、だからと言って、その状態で動き回っても、途中で倒れて終わりだよ? もしそうなったら、ヒノエさんにもし危険が迫っていたとしても、ヒノエさんを助けられる人はいなくなるんだ。君はそれでいいの?」


 ヒシナの忠告は当然と言えるものだった。今のアズマヤではヒノエを探そうにも、タテイシの元から連れ出そうにも、不十分と言うしかない。ここから多少は動けるようになっても、その多少の動きで、何とかできるわけがないだろう。それくらいは分かっている。


 だが、正論だけでは落ちつかない気持ちがあることも確かで、それがどれだけ正しいことと分かっていても、アズマヤの身体は自然と動き出してしまっていた。

 それをヒシナに無理矢理止められ、アズマヤはホテルのベッドの上に寝かされる。重たい身体を無理矢理に動かそうとしても、上半身を起こすことすら儘ならない。


「名前は分かっているんだろう? なら、闇雲にカラオケやネカフェを探し回るよりも、ヒノエさんを見つけられる可能性は上がったんだから、ここで焦る必要はないよ。ちゃんと身体を休めてから、探しに行こう」


 何度目かのヒシナの説得を受けて、横になったベッドの上から起き上がれないことを悟れば、流石のアズマヤでも、もう我が儘を言う気にはなれなかった。


「分かりました……休みます……」

「うん、そうしよう。動けるくらいに回復したら、二人で言っていたタテイシという人の家を探しに行こう」


 ヒシナの優しい声を聞きながら、アズマヤは抱えた不安に目を瞑り、身体を落ちつかせることに決める。その途端、それまで感じなかった重さが一気に伸しかかってきて、アズマヤの瞼は抵抗する暇もなく、自然と閉じられていた。

 ゆっくりと意識が消えていく。その中でアズマヤはヒノエの顔を思い浮かべ、何にもないことを深く祈っていた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 またやってしまった。冷静さを取り戻せば取り戻すほどに深まっていく罪悪感に溺れ、ヒノエは強く後悔していた。これが嫌で、アズマヤから離れたというのに、自分は何にも変わっていなかった。


 やはり、誰かと一緒にいてはいけない。自分は怪人である。それだけの後悔が思い浮かぶ中、ヒノエはタテイシに連れられ、タテイシの家まで戻ってきていた。

 そこで取り戻した理性と冷静さから、ヒノエはタテイシの元から離れようと考え始める。この家から出ていくなら、それは早い方がいい。もう一度、タテイシに迷惑をかける前に出ていくべきだ。


 そう考えるヒノエだが、タテイシの様子は違っていた。ヒノエの放つ冷気で傷を負いながらも、タテイシはヒノエを怖がる様子もなく、家の中に再び招き入れたヒノエを落ちつかせるように、その前に飲み物を準備していた。


「落ちついた?」


 そのように聞かれ、ヒノエは言葉に迷う。落ちついたことで浮かんだ考えをここでタテイシにぶつけるべきなのか、ヒノエはすぐに判断できなかった。


「何があったのか分からないけど、その場の感情だけで動くべきじゃないと思うよ。ちゃんと自分の気持ちと向き合うべきだ。そうしないと後悔することになるよ」

「それは……」


 言われなくても分かっていることだと、ヒノエは心の中で呟く。既に後悔したことは山ほどある。さっきの女性が絡むことも含めて、怪人となってからのヒノエの選択は後悔ばかりを生んでいる。


 今もそうだとヒノエは思った。タテイシについてきてしまったことを後悔している。そうしなければ、自分が怪人である事実を深く思い出し、誰かを傷つける辛さを再び実感せずに済んだのに、自分はアズマヤとのことから何も学ばなかったようだと、後悔はどれだけ考えても消えない。


「まあ、考えがまとまるまで、ここにいるといいよ。俺は何があっても、ヒノエさんが何をしたとしても、ヒノエさんといられることを嬉しく思っているから、多少のことは気にしないでよ」


 そこでタテイシにそう言われてしまい、ヒノエは思わず顔を上げる。満面の笑みを浮かべながら、ヒノエを受け入れる言葉を口にしたタテイシを目にして、ヒノエはとてもショックを受けた自分がいた。


 それがどうしてかは分からないが、タテイシの口からその言葉が飛び出し、自分の居場所が保証された事実に、ヒノエはじんわりとした落胆の気持ちを抱えていた。

 どうして落胆したのか、ヒノエ自身にも分からないことだが、そのためにヒノエはタテイシに言われた言葉に何も返せず、ここから出ていくという気持ちすら話せなかった。


「落ちついたなら、食事にしようか。少し歩き回って、お腹が空いちゃったよ」


 照れ臭そうに微笑みながら、タテイシは立ち上がって、リビングから出て行ってしまう。その後ろ姿を呼び止めようと、ヒノエは思わず手を上げるが、そこにかける言葉は何一つとして思い浮かばなかった。

 何を言えばいいのか分からない。どのように断ればいいのかも分からない。与えられた善意を今のヒノエに断るだけの資格はないように思える。


 特にタテイシには、もうしないと決めていた自身の冷気による傷をつけてしまった。もしも、あの時、タテイシが全力で止めてくれなかったら、今頃、ヒノエは超人に見つかって捕まっていたことだろう。

 その恩義もあるのに、好意を断っていいのだろうかと、ヒノエは悩み始める。あの時に与えられた善意をヒノエも返すべきではないのかとそう考えていた。


 その時、ふとヒノエはあの場で超人に連れられる、あの女性を目撃して、暴走する自身を止めようとしたタテイシの言葉を思い出す。


「どれだけ近づいても、ヨシカワさんには届かない……!?」


 その言葉が頭を過った時、ヒノエは思わず顔を上げて、怪訝な目をタテイシの消えたリビングの入口に向けていた。


(どうして、あの人の名前を知っていたんだろう?)


 不意に湧き上がってきた疑問がヒノエの心を掻き乱し、与えられた善意や決断しようとした気持ちを覆うように、少しずつ不安を膨らませていた。

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