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5-23.憎悪の怪人

 嬉しそうに微笑むタテイシを目にして、ヒノエはぎこちなくも微笑みを浮かべることにした。その表情を見たタテイシが安堵したように表情を緩めて、ヒノエはこれで正解だったと心の中で思う。


 タテイシの家を出て、大学に通う際に利用していた駅の方に歩いてきていた。途中に立ち並ぶ店を眺めながら、タテイシは何か必要な物はないかと聞いてくるが、本当に必要な物をタテイシの前で口にできるほど、ヒノエは恥知らずではない。小さくかぶりを振るばかりの時間が続いているが、そのことをタテイシは気にしていない様子だった。


 一体、自分は何をしているのだろうと、ヒノエは不意に思う。アズマヤから離れて、怪人として一人で生きていくと決めながら、タテイシに凭れかかって、今も無為に危険な時間を過ごしている。

 タテイシだったら迷惑をかけてもいいと本気で思っているのだろうかと、ヒノエは自分自身に問いかける。抱えた感情を晴らせると本気で思っているのだろうかと、自分自身で疑問を懐く。


 そんなことをしたらどうなるのか考えるまでもなく分かることだ。アズマヤに迷惑をかけたように、タテイシを自己満足の沼に引き摺り込むことになる。それだけで終わればいいが、そうではないかもしれない。

 それを心の底から良いと言えるのだろうかと、ヒノエは答えを出す気のない疑問を頭の中に浮かべ、自己嫌悪だけを高めていた。


 そこでタテイシが足を止める。何かと思い、ヒノエもその隣で止まってから、タテイシの見つめる先に何かがあることに気づく。


「どうしたんだろう?」


 そこには人集りが広がっていて、タテイシは不思議に思った様子だった。駅が近いことから、人集りの一つくらいは不自然なく、できることもあるだろうとヒノエは思ったが、そういうことでもないらしい。

 何より、時間が駅に人が殺到する時間でもない。そのことに気づいて、ヒノエも違和感を覚え始めてから、タテイシは人集りの端に近づいて、そこに立っている人に質問していた。


「これは何の集まりですか?」


 不意に声をかけられた中年男性は驚いている様子だったが、声をかけられたこと自体を不審に思う様子はなかった。この状況なら、誰しもが話しかけて、何があったのかと聞いてくるのだろう。

 その人はタテイシの前で人集りの中心を指差し、「見えるか?」と聞いてきた。


 タテイシが人集りの向こうを覗き込むように爪先立ちになり、ヒノエは人集りの後ろを移動して、隙間から覗ける場所を探し出す。


 そこに二人の男がいるように見えた。何をしているのか分からないが、一人は人集りの中心に立っていて、そこに集まっている人々を睨みつけるように見てから、大きな溜め息をついている。

 その全体的に鋭い印象を与えてくる男の様子を見て、ヒノエは男が何かを抱えていることに気づいた。何を抱えているかは分からないが、一部は布のように見える。抱え方から大きさはそれなりのようだ。


「お集りの皆様、ご安心ください。これは仕事ですが、危険はありません。彼女はあくまで参考人です。私達の探している当人ではないので、皆様に今すぐ危害が加えられる可能性は微塵もありません」


 そこでもう一人の男がそのように語り始めて、ヒノエは僅かに驚きを表情に見せる。見た目は中性的で、整った印象の男性に見えるが、その声は聞き間違えることなく、女性のものだった。見た目に反して、特別に低くしている様子もない。


「あれは何をしているんですか?」

「何でも、あの女が怪人の情報を握っているらしくて、超人が連行しようとしているそうだ」


 中年男性からの説明を受けて、そこに含まれる聞き馴染みのある単語の登場に、ヒノエとタテイシは同時に動きを止めていた。お互いに息が止まり、一瞬の緊張感で支配されたことが分かる表情を浮かべる。


 すぐそこに超人がいる。万が一にも見つかれば、逃げられる状況ではない。


「そうだったんですか。ありがとうございます」


 タテイシは状況を教えてくれた中年男性に礼を言ってから、ヒノエの方に近づいてきた。


「急いで、ここから離れよう」


 そう告げたタテイシの言葉にヒノエも頷き、その場から離れようとしながら、最後に超人の姿を確認するように、人集りの隙間に目を向ける。


 そこで偶然にも、それまで見えなかった一人の超人が抱えている物がようやく見えた。それは中年男性が言っていたように人間の女性で、うまく動けないのか、やや苦しそうに息をしているばかりで、声を発しようともしていない。


 その姿を見たヒノエの足が自然と止まる。そのことに気づいたタテイシが立ち止まり、不思議そうにヒノエを見てくる。


「ヒノエさん……?」


 そう名前を呼ぶタテイシの声は既に耳に入っていなかった。ヒノエの目はそこで抱えられた女性に釘付けで、それ以外の言葉が一切、入ってこなかった。


「見つけた……」


 そう呟いたヒノエが人集りの中に踏み出そうとして、タテイシは慌てて手を伸ばしていた。ヒノエはそれを気にすることなく、人集りの中に前進しようとするが、タテイシはそれを全力で食い止め始める。


「ヒノエさん……!? 待って……!? どこに行こうとしているんだ……!?」


 タテイシの呟くそれらの言葉はヒノエの耳に入ることなく、ヒノエの意識は人集りの奥に向いていた。


 そこで抱えられた女性は、ヒノエの背中を押し、ヒノエが怪人となる原因を作り出した女性だった。その人に向けながらも、アズマヤを巻き込んでしまった事実から、一時的に封印した感情を思い出し、ヒノエは人集りの奥にいる超人の元まで歩もうとする。


「ヒノエさん……!? 君は何を考えているんだ……!?」


 タテイシが必死に止めようとする中、女性に対する憎しみで捕らわれたヒノエの心は冷気となって、ヒノエの身体から次第に漏れ始めていた。タテイシの手すら凍らせていくが、タテイシはそのことを気にすることなく、必死にヒノエの動きを止め続ける。


 しかし、冷気は更に広がって、人集りの方に伸びているのか、人集りの端に立っている人の一部が冷気に存在に気づいて、ヒノエ達の方を振り返る。

 そのことに気づいたタテイシが慌ててヒノエを引き戻し、抱きかかえるように人集りから離れ始めた。


「一体、何をしようとしているんだ……!?」


 そのように聞いてくるタテイシを気にかけることなく、ヒノエは自身を引き戻そうとするタテイシに抵抗しながら、譫言のように人集りの奥に見えた姿に言及する。


「あの人は……あの人は……私を……私が……!?」


 そう呟くヒノエが何に対して態度を変えたのか分かったのか、タテイシは少し人集りの方に目を向けてから、小さくかぶりを振って、再びヒノエを引き摺り始めた。


「あそこには二人も超人がいる……!? どれだけ近づいても、ヨシカワさんには届かない……!? だから、諦めるんだ……!?」


 タテイシがヒノエを止めようと声をかけながら、ヒノエの身体を強く掴むために腕を上げた。そこでヒノエの視界にタテイシの腕が飛び込んで、ヒノエの頭は一気に冷える。


「あっ……あっ……」


 冷気に襲われ、傷ついた様子のタテイシに気づいて、ヒノエはまたやってしまったという罪悪感に襲われる。いくらタテイシなら巻き込んでもいいと思っていたとはいえ、それが実際に現実のものとなると、ヒノエの心は簡単に受け入れようとしなかった。


 こんなことになるなら、やはり、誰かと一緒にいるべきではなかった。そう考えてしまうヒノエを見ながら、ようやく落ちついたと思ったのか、タテイシは安堵したように深く息を吐き出す。


「落ちついた……? なら、ここから離れようか。超人に見つかると大変だから」


 その言葉にヒノエは抵抗できず、タテイシに手を引かれるまま、人集りから離れるように歩き始める。その自身の手を握るタテイシの傷ついた手を見つめて、ヒノエの心には猛烈な罪悪感が渦巻いていた。

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