5-21.不協和音
スマホを片手に握ったリアリストが先導しているようだった。スティンガーはやや不満げながらも、リアリストの後ろについて、店から店へと移動している。何かを探している様子を見れば、それが何をしている最中かは明白だ。
特に二人の入っていく店がカラオケやネカフェなど、事前にアズマヤとヒシナが考えていた場所だったことから、そこに関して疑う余地はなかった。
「もうここにいるなんてね。想定より早いね」
元々、アズマヤとヒノエの関係性を突き止められた段階で、リアリストとスティンガーの足がこの場所に向く可能性はあった。それは先に分かっていたことだが、そのためにはアズマヤの行動を洗わないといけない。どれだけ急いでも、丸一日はかかるのではないかと、アズマヤもヒシナも考えていた。
それが翌日には、ヒノエの大学近くの駅を訪れ、そこでの聞き込みを開始している。そこにある大学にヒノエが通っていたという情報があったとしても、この場所に来るかどうかは分かっていないはずだ。
あまりに情報の特定が早い。その事実と現在、調べている店の様子を見て、アズマヤは内心、焦りを募らせていた。
「どうしますか?」
アズマヤは胸の内に募る焦りを噛み砕きながら、何かしらの策はないのかと頼るようにヒシナに質問する。
「取り敢えず、見つかると厄介だから、一旦、この場所から離れた方がいいとは思う。あの様子を見るに、あの辺りの店にヒノエさんはいない様子だし、あの二人が到達する前に他を急いで探ろうか」
「でしたら、言っていた駅から離れた方に行きますか?」
「うん、そうだね。そうしよう」
郊外の方にホテル街があること自体は確認済みだったが、そこまでヒノエが一人で行ったのか、行ったとして、その中の一部屋に泊まったのかという点に疑問があり、捜索場所としては後回しにしていた。
もしも、リアリストやスティンガーが駅付近を探り、未だにヒノエが見つかっていないのなら、その周辺にヒノエはいない可能性が高くなる。
それなら、その後回しにしていたホテル街にいる可能性が必然的に高くなるので、アズマヤとヒシナはリアリストやスティンガーに発見されないように、静かにその場から離れ、駅から離れるように歩き出していた。
本当にヒノエが駅付近にいないのかどうかは分からない。もしかしたら、この辺りにあるどこかの店で一晩過ごしたのかもしれない。
そうだとしたら、ヒノエの近くにリアリストとスティンガーがいることになる。ヒノエはその存在を知らないはずなので、気づくまで遅れるかもしれない。
そう考えたら、アズマヤの中に不安は募り、本当に離れてもいいのかと、少しずつ考え始めていた。リアリストやスティンガーに見つからないように気をつけながら、二人が調べるかもしれない店を先回りして調べるべきではないのか、とアズマヤは考え始めてしまう。
それがかなり危険であることは分かっている。ヒシナもいる状況で巻き込むことになってしまう。あまり賢いとは言えない選択だ。
そうだとしても、何も知らないヒノエがここにいるなら、それを放置して離れるべきではない気がする。その考えが首を擡げれば擡げるほど、アズマヤの足は重くなり、自然と歩く速度は落ちていた。
そのことに気づいたヒシナが不思議そうな顔で振り返る。
「どうかした?」
「あの、やっぱり、駅前を調べませんか?」
不意にアズマヤがそのように言い出し、ヒシナは分かりやすく驚いた顔をする。
「え? どうして? 急にどうしたの?」
「ヒノエさんはあの二人のことを知らないはずなんです。だから、もし駅の近くにいたら、気づく前に見つかってしまうかもしれない。それを防げるとしたら、俺達だけだから。だから……」
戻りたいという考えを口にして、アズマヤは小さく俯いた。明らかな無理難題だ。あまりに危険で、行動として馬鹿過ぎる。自分がそれを他人に言われたら、絶対に許すことはないだろう。
そう思うのだが、ヒシナは違ったようだ。
「あの二人が見える範囲は難しいと思う。けど、それ以外の場所なら、順番に見られるかもしれない。もしも、君がそこまで心配なら、そういうできるだけ見つからない場所を先に調べていってもいいよ。そうする?」
ヒシナのその提案を受けて、アズマヤは反射的に顔を上げていた。ヒシナに対する感謝の気持ちを声に表しながら、アズマヤは一気に頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「これは君の問題だからね。僕はそれに乗っかっているだけだ。だから、選択権は君にないと。これは当然のことだよ」
そう言いながら、ヒシナはリアリストやスティンガーを発見した大通りから一本ずれた路地の方を向いた。その路地を覗き込んでから、ヒシナはアズマヤに声をかけてくる。
「こっちから行こう。駅前にある商店街の方と繋がっているみたいだから、そっちの店を見られるかもしれない」
ヒシナの提案を受けて、アズマヤはヒシナと並んで路地に入っていく。最初は少し細かったが、すぐに大きな道に出て、その奥に商店街のあるアーケードが見えてきた。
そこに向かうために、横断歩道を渡ろうとしたところで、アズマヤは思わず足を止めていた。歩き出しかけていたヒシナもそのことに気づいて、慌てて戻ってくる。
「今度はどうしたの?」
そう言われ、アズマヤはゆっくりと手を上げた。向かいの歩道を歩く人影を指差し、ヒシナの方を向くことなく、アズマヤは口を開く。
「ヒノエさんです」
「えっ?」
驚きの声を上げながら、ヒシナはアズマヤの指差した方を見る。そこを歩く一人の女性を確認し、それがヒノエであるのかと思ってから、ヒシナもアズマヤと同じことに気づいたようだった。
「隣にいる人は?」
その質問にアズマヤは答えられなかった。何も知らなかったのではなく、そこを歩く人が誰なのか良く知っていたからだ。
立石颯。あれはヒノエに告白したというタテイシだと一目で分かったからこそ、アズマヤは何も言えなかった。
「呼び止めに行こうか」
そう言い出し、歩き出そうとしたヒシナの肩をアズマヤはすぐに掴んでいた。驚いた表情で振り返ったヒシナにアズマヤは小さくかぶりを振ってから、来た道を戻り始める。
その後ろをヒシナは慌ててついてきながら、唐突なアズマヤの行動に疑問を投げかけていた。
「どうしたの? 何で、声をかけに行かないの?」
「あの様子を見たら分かります。きっとヒノエさんはあの人のところでお世話になったんです。そこに俺が行ってしまうと、ただただ迷惑になってしまいますから」
「君は……本当にそれでいいの?」
ヒシナの問いかけにアズマヤは少し迷ったように立ち止まってから、ゆっくりと深く頷いていた。
それしかない。そうするしかない。アズマヤは自分自身に言い聞かせるように、心の中で何度も呟きながら、さっき見たヒノエのいる場所に背を向ける。
「すみません。協力してもらっていたのに、こんなことを言い出してしまって」
「いや、君がいいなら、僕はそれを止めないけど……」
そう言いながらも、ヒシナはやや心配するような目でアズマヤの背中を見つめていた。その視線に気づいていたが、アズマヤはその視線に答えるだけの言葉が見つかっていなかった。
大丈夫かと言われたら、これでいいのかと問われたら、納得しているのかと聞かれたら、アズマヤの答えはどこでどのように揺れるか分からない。それほどまでに不安定な状況で、今のアズマヤに用意できる言葉があるはずもなかった。
「ああ、そうだ。ヒシナさんにも、何か用事があるんですよね? もし良かったら、俺もそれを手伝いま……」
路地を移動して大通りへと戻る直前、曲がり角の近くでアズマヤは振り返り、ヒシナにそう言おうとした。
そこで不意な衝撃に襲われ、アズマヤの足が止まる。目の前でヒシナの目がゆっくりと丸くなり、アズマヤは猛烈な痛みを背中に覚える。
「えっ……?」
何が起きたのか理解できず、疑問を吐き出すように声を零しながら、アズマヤはゆっくりと振り返った。
そこで自身の背中に凭れかかるようにぶつかり、どこか怯えすら感じさせる表情で、荒々しい息をしている女性の姿を見つける。
「あ、なたは……?」
それはヒノエの事故の原因を作ったとして、ヒノエが大学で詰め寄っていたあの女性だった。