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5-20.予防線

 ゆっくりと目を開いて、少しずつ引き起こされる意識の中、夜が明けたことを理解したヒノエは複雑な表情を浮かべた。


 何かが起きても仕方ないと思って、ヒノエはここに来た。何をされても仕方ないと思っている節があった。

 しかし、結論から言ってしまえば、ヒノエは何をされることもなく、無事に朝を迎えている。その事実を噛み締めれば噛み締めるほど、ヒノエの中には苦い味わいが広がっていく。


 いっそのこと、何かをされたら、ヒノエの頭の中にある振り払いたい考えは消えてくれるはずだった。もう仕方がないと諦められると思っていた。

 それが何も起きなかったことで、頭の中に残り続けているだけではなく、その記憶にタテイシとの時間が重なって、ヒノエの心は複雑に痛む。自分自身の手で大切にしていたものを振り払い、投げ捨てるように離れたはずだが、そこに違う色が加わることを考えれば考えるほど、それが酷く辛く、酷く悲しいことに思えてしまう。


 それも全て自分自身の行いが招いた結果だ。そう思おうとするが、ヒノエの心はざわついたまま、どうしても止まってくれそうになかった。


「おはよう」


 そこでヒノエは声をかけられ、ゆっくりと顔を上げていた。手にコーヒーカップを持ったタテイシがそこにいて、目を覚ましたヒノエに優しく微笑みかけてくる。鼻孔を擽る香りから、見た目通りに飲んでいるものはコーヒーのようだ。


「何か食べる? 飲む?」


 そう聞かれ、ヒノエは小さくかぶりを振る。今はそれほどの気力がない。そのように考えながら、ヒノエは現在時刻を確認する。


「タテイシさんはここにいて大丈夫なんですか?」


 ふと思ったことをヒノエは口にしていた。ヒノエの問いかけを聞いたタテイシが不思議そうに首を傾げて、少し抜けたような声で反対に聞いてくる。


「どういう意味?」

「いえ、大学で講義とかないのかと思いまして」

「ああ、今日は休日だよ。心配ありがとう」


 そう礼を言ってくるが、別にタテイシのことを心配したわけではなかった。ここはタテイシの家であると分かっていながら、そこからタテイシが少しでもいない時間を欲し、ヒノエはついそのように聞いていた。


 その自分のことばかりを考え、誰のことも配慮しようとしていない自身の気持ちのあり方に気づいて、ヒノエは酷く暗い気持ちになる。

 このようなことを考え、このようなことしか言えないのかと思ったら、ヒノエは本当の意味で、一人になるべきなのかもしれないと不意に思った。


 とはいえ、すぐに出ていけるだけの準備もなく、どこに向かえばいいのかも答えもなく、どうするかヒノエの中で考えがまとまらないまま、ヒノエは今日もタテイシの家で過ごす一日が始まる。

 そういうところで、タテイシが質問してきた。


「ヒノエさんは今日、何かしたいとかある?」

「何か……したい……?」

「そう。どこかに行きたいとか、買い物したいとか、そういうこと。ずっと家にいたら気が滅入ると思うし、外に出るべきだと思うんだ」

「いや、でも、外は……」


 超人がどこでヒノエを探しているか分からない。特にヒノエを追いかけていた超人の一人は黒い犬の姿をしたブラックドッグで、あの鼻を利用されたら、ここですら特定されるかもしれない。

 そう考えたら、どこかに出かけるどころか、この家に長居はできないのではないかとヒノエは考え始めていた。


「大丈夫。俺もついていくから、少しくらいは外に出よう。そうした方がいい。今のヒノエさんの表情はとても暗く見えるから、その気持ちを少しでも和らげよう」


 表情が暗いと言われ、ヒノエは考え込んでいたことが伝わってしまっていたのかと、その時になって、ようやく気づいた。外に出しているつもりはなかったが、自然と漏れ出てしまっていたようだ。

 嘘をつく才能のなさに絶望的な気持ちも湧いてくるが、それ以上に今は変に気を遣わせてしまった事実に対する申し訳なさの方が強い。


「でも、やりたいこととか、特にないですし」

「本当に?」

「ええ、何も……」


 そう口にしながら、ヒノエの頭の中に浮かんだ光景は、アズマヤと別れる直前のこと、大学内で出逢ったヒノエの記憶の片隅にあった女性を、身体から発する冷気で凍らせようとしている瞬間のものだった。


 ヒノエの人生はあの女性の行動で一変した。怪人としての道を歩むことになり、本来なら看取れるはずだった母親の最期を看取ることなく、気づいた時には永遠の別れを迎えていた。

 その事実を考えれば、それがアズマヤを傷つけた行為と分かっていても、ヒノエはその相手の女性に対する憎悪を少しずつ募らせることになる。


「それなら、俺が少し行きたいところがあるから、ついてきてくれない? どう?」


 心の底で渦巻く憎悪の片鱗に触れた時、タテイシがそのように聞いてきた。その言葉を聞いて、普段のヒノエなら、確実に行かないというところだったが、今は女性に対する圧倒的な憎悪を思い出し、ヒノエは思わず頷いていた。


 何かができるとは思っていない。それをするべきではないとアズマヤなら言うだろう。それは分かっていても、頭の中に残る感情は簡単に消えてくれるものではない。

 どこかで、あの女性に逢う瞬間があれば、次こそは何があっても恨みを晴らす。そのように密かな決断をしながら、ヒノエはタテイシと一緒に家の外に出ることになった。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 ヒノエの通っていたという大学近くに移動し、アズマヤとヒシナはヒノエの捜索を開始していた。とはいえ、全くの手がかりがない状況だ。せめて、ヒノエの事故の原因を作ったという女性の名前だけでも分かれば、その人に近づいてくるヒノエとも接触できるかもしれないが、そちらの情報もアズマヤは握っていなかった。


 どのように探せばいいのかも分からないまま、当然のようにヒノエの姿が見つからず、ここからどうするかと考える中で、ふとヒシナが思いついたことを口にする。


「もしも、この近くにいたとして、ヒノエさんはどこかで一晩を過ごしたはずだよね?」

「そのはずですね」

「ヒノエさんを探すなら、そっちから当たってみた方がいいかもしれないね」


 アズマヤがヒシナと一緒にラブホテルの一室で寝泊まりしたように、ヒノエもどこかで一晩を過ごしたはずだ。そう考えたら、その場所の特定の方が闇雲にヒノエや名前の分からない女性を探すよりも容易い。ヒシナはそう考えたようだった。


「僕らみたいにホテルか、深夜も営業しているカラオケか、後はネカフェとか? その辺りを当たってみた方がヒノエさんを見つけられる可能性は高いかもしれない」

「そうですね。このまま大学付近を歩き回っていても見つからなさそうですし、そうしましょう」


 ヒシナの提案を早速、実行に移すことにして、アズマヤはヒシナと共に大学から離れるように歩き出していた。さっきヒシナが挙げたような場所を探すとしたら、その目的地は駅近くになってくる。郊外にも一応あるにはあるが、そちらは数が少ないので、まず探すとしたら、駅近辺からの方がいいはずだ。


 そのように考え、二人が駅付近に到着した時のことだった。不意にヒシナが立ち止まったかと思えば、アズマヤの腕を引いて、近くの路地にアズマヤを引き摺り込んだ。急な行動にアズマヤは動揺し、思わず声を上げそうになるが、それに気づいたヒシナがアズマヤの口を塞ぎ、静かにするようにジェスチャーで伝えてくる。


「少し向こうにいた……」

「えっ……?」

「君を攫おうとした超人……()()()()()()()……」


 そう言われ、アズマヤはゆっくりと路地から顔を覗かせ、駅の方に目を向ける。


 そこではリアリストとスティンガーが何かを探しながら歩いている様子だった。

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