5-15.噓から出た実
一人は整髪料によって固められた髪の毛もそうだが、それ以上に眼光や口角、頬骨など、全体的な顔のパーツからして、鋭く尖った印象を与えてくる男だった。真っ黒のスーツを身にまとった姿は、とてもじゃないが堅気には見えない。
もう一人は鋭利な男よりも華奢な印象の男だった。絵で描かれたように整った顔立ちをしており、こちらはタイトなスーツ姿もあってか、ホストのような印象だ。
それら二人が自身の客人であると、さっき聞かされたことを思い出し、アズマヤは怪訝に思った。二人のことをこれまでに逢った覚えも、見た覚えもないのだが、そのような人物がわざわざ自分を訪ねてくるのかと、訪ねてくるとして、その理由は何かと疑問を懐く。
そこでリビングに顔を見せたアズマヤを眺め、アズマヤの母が不思議そうに聞いてくる。
「ヒノエ……さんは、どうしたの?」
「えっ……? いや……」
母からの唐突な質問にアズマヤは戸惑い、思わず口籠っていた。ヒノエとの間にあったことを思い出し、咄嗟に話せなかった部分もあるが、それ以上に気になったのは、そこにいる見知らぬ二人の客のことだ。誰かも分からない客の前で、あまりヒノエの話は持ち出したくないと思っていると、今度は父の方がゆっくりと口を開いた。
「お前から聞かされた話を私達なりに考えたんだ」
「えっ? 急に何を言って……」
「怪人のこと。お前がそのようなことになっているくらいだ。何もかもが嘘ということはないだろう。そう思った上で、母さんと話し合ったんだ」
何者かも分からない二人の客人の前で、アズマヤが二人に話したヒノエのことを口にし始めた父の姿を目にし、アズマヤはゆっくりとだが、状況を察しつつあった。
そこに座る二人組が何者かも、これまでの経験から、ある程度の予想はつき始める。
「お前はきっと、あの怪人に騙されているんだ! 私達はそう思って、だから、お呼びした!」
力強く告げる父を目にしながら、アズマヤはそこに座る二人組に戸惑いの目を向ける。その視線に気づいたのか、ホストのような印象の華奢な男が安心させるようにニコリと微笑んでから、ようやく口を開く。
「自己紹介をしようか。私達は君の御両親の通報を受けてやってきた超人だ」
そこでその声を聞いたことで、アズマヤはその華奢な男だと思っていた人物が、実は女性であったことを知るが、今はそれどころではなかった。
「通報って、何を……?」
「君の御父様から話があったように、君が怪人に騙されているから、君を助けようと思って、私達が呼ばれたんだ」
そう言いながら、実は女だったその人物が自分の胸に手を当てる。
「私はリアリスト。彼はスティンガー。私達二人が来たから、もう君は大丈夫だ」
リアリストは戸惑うアズマヤを落ちつかせるように告げながら、ゆっくりと立ち上がる。接近するリアリストを前にして、アズマヤは思わず逃げるように後退るが、その様子にリアリストが悲しそうな表情を見せると、足は途中で止まっていた。
「いい子だ。君は凄くいい子だ。だから、正直に話してくれるかな?」
リアリストの手が伸びて、アズマヤの顔を挟み込むように触れてくる。柔らかな温もりに包まれながら、アズマヤはゆっくりと近づいてくるリアリストの顔を吸い込まれるように見つめ、息すら儘ならなくなる。
ブラックドッグとパワー。かつて逢った超人の顔を思い出し、アズマヤの中に緊張感が高まる。何をされるか分からない恐怖が自然と身体の内側から湧いてくる。
「君がここに連れてきた檜枝雪菜はどこに行ったのかな?」
リアリストの問いかけを受けて、アズマヤは大きく戸惑いながら、ゆっくりと僅かにかぶりを振る。リアリストの両手の内側で顔が揺れて、アズマヤは何とか動かした唇から、震える声を漏らす。
「知らない……」
それを聞いたリアリストがじっとアズマヤの目を射抜くように見つめてから、何かに納得するように頷いて、スティンガーの方に目を向けていた。
「みたいだね」
リアリストはそれ以上の追及をすることなく、残念そうに肩を竦めながら、スティンガーの隣へと戻っていく。スティンガーも納得したように頷き、やや大きな溜め息をついている。
そのあっさりとした様子に安堵しながらも、アズマヤの心はまだ現状を受け入れられていない部分が大きかった。
特にアズマヤの説明を聞けば、絶対に納得してくれると思っていた両親が、ヒノエのことを超人に伝えたことが信じられなかった。
「何で、ヒノエさんのことを……?」
信じられないという目で二人を見つめると、二人は唖然とした様子でアズマヤを見つめ返し、アズマヤの視線を否定するように小さくかぶりを振り始める。
「ヨースケこそ、相手は怪人だ。何を思って、何を考えているのか、本当に分かったものではないんだ。まさか、本当に言葉の全てを信じているわけじゃないだろう?」
頼むから、そうであってくれという願望を感じさせる質問に、アズマヤは酷く落胆した。二人なら分かってくれると思っていたが、それはアズマヤの勝手な想像だったようだ。その事実もそうだが、二人を説得し切れなかった自分の不甲斐なさもあって、アズマヤの気持ちは深く落ち込んでいく。
「ヒノエさんは……そんな人じゃないよ……」
落胆の気持ちを抱えながら、両親の言葉を否定するようにかぶりを振ると、二人は失望と僅かばかりの怒りで表情を歪めていた。何を言われるのか分からないが、何を言われたとしても、アズマヤの気持ちは変わらない。
それが二人にちゃんと伝わらなかったことが悲しく、気安くヒノエを紹介してしまったことに後悔を覚えていると、その様子を見ていたスティンガーがそこで初めて口を開いた。
「そうか。そういうことか」
アズマヤの両親が口を開こうとした直前、スティンガーの声が割って入ったことで、二人は口を閉じて、スティンガーの方に目を向けている。アズマヤもスティンガーの声に導かれるように視線を向けると、そこでスティンガーは小さくニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「どういう手段を使ったのか知らないが、どうやら檜枝雪菜は魔性の女のようだな。男を惚れさせて、言うことを聞かせているみたいだ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、リアリストの方に目を向けるスティンガーを前にして、アズマヤはその言葉を否定するようにかぶりを振っていた。
「違う……!? ヒノエさんはそんな人じゃ……!?」
「本当にそうか? でも、事実、お前を籠絡しているように見えるが?」
「そんなことない!」
「あの女に惚れたんじゃないのか?」
「違っ……!?」
急速に上がっていく顔の温度を感じながら、アズマヤは否定の言葉を吐き、かぶりを振った。
その瞬間のことだった。不意に視界が大きく揺れ、アズマヤの身体は長時間、同じ姿勢を取り続けたように痺れ、自由に動かなくなった。
「な、んだ……!? これ……!?」
急激な身体の変化にアズマヤが戸惑いを覚え、その様子を見た両親が驚愕したように声を上げる中、ゆっくりと座り込むアズマヤを見ていたスティンガーがリアリストの方を見て、楽しそうに口を開く。
「ビンゴ」
その言葉の意味が分からないまま、アズマヤは真面に立つこともできなくなって、ゆっくりとリビングの床に転がるのだった。