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5-13.曖昧me

 急に話しかけたことを謝罪しながらも、男は優しい眼差しでアズマヤを気遣うように接してくれた。立ち尽くしていても仕方ないと言われ、道端まで案内されると、そこにハンカチを広げて、腰を下ろすように勧められた。少し休憩する方がいいと言われ、アズマヤは自然と男の言葉に従っていた。


「大丈夫?」


 男の優しい問いかけにアズマヤはゆっくりと頷く。


「ありがとうございます。心配してくださったみたいで」

「いやいや、何があったのか知らないけど、思い悩んでいるみたいだったから、つい」


 そう言ってから、男は思い出したように持っていた鞄の中からペットボトルを取り出した。緑茶の入ったペットボトルでアズマヤの前に差し出してくる。


「これ、飲もうと思っていたんだけど、まだ開けてないから、良ければ」

「い、いえ、そんな、頂けませんよ」

「大丈夫」


 男はアズマヤの手の中にペットボトルを押しつけながら、再び鞄の中に手を突っ込み、そこから全く同じペットボトルを取り出してくる。


「もう一本あるから、一本くらい大丈夫だよ」

「何で二本?」

「まだあるよ」


 そう言いながら、今度はミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出し、アズマヤは思わず吹き出すように笑っていた。


「何で、そんなに飲み物を持っているんですか?」

「いや、ちょっと暑がりでね。飲み物は多めに取ってあるんだよ。ハンカチも汗を拭くように何枚か」

「暑い、ですか?」


 季節は冬から春にかけての頃合いで、暖かくなってきたとはいえ、暑いかと言われたら怪しいくらいだった。アズマヤが不思議に思っていると、男は苦笑いを浮かべながら、アズマヤの隣にそのまま座り込む。


「変わってるって言われるよ」

「あっ、いえ、別にそういう意味で言ったわけでは」


 下手に傷つけてしまったかとアズマヤは不安に思うが、男は大丈夫と言わんばかりにかぶりを振って、取り出したばかりの緑茶の入ったペットボトルを開けていた。それを一口で三分の一ほど飲み干してから、アズマヤの方に目を向けてくる。


「それで、落ちついた?」


 そう言われ、アズマヤはさっきまで思い悩んでいた気持ちが少し軽くなっていることに気づく。少しだけだが、気の紛れることがあって、アズマヤの気持ちが別の方向に向いたことが良かったのかもしれない。


「少し。ありがとうございます」

「いやいや、御礼を言われることは何もしてないよ」


 男は再びペットボトルに口をつけてから、アズマヤの方に優しい眼差しを向けてくる。


「それで君はどうしたの? 何があったの?」

「えっ?」

「いや、話せないならいいんだけど、話せることだけでも少し話してみたら、悩みももう少し楽になるかと思って」


 不意に投げかけられた質問を聞いて、アズマヤは戸惑った。ヒノエのことは絡んでいる事柄から詳細には話せない。


 だが、今のアズマヤの気持ちの不安定さを考えたら、藁にも縋りたい気持ちもあった。些細なことでも正解に辿りつけるなら、聞いて欲しい気持ちもあって、アズマヤは頭を回転させていた。


「ちょっと喧嘩、というか……仲違いというか……少し人と別れることがありまして……」

「家族? 友達?」

「どちらかと言えば、友達ですかね。ただ別にお互いのことが嫌いになったとか、そういう話じゃなくて、ちょっとお互いに違うところがあって……」

「違うところ?」

「何と言うか、立場的な壁があって、それであまり一緒にいない方がいいって言われて……でも、俺はそれが納得できなくて、何とか否定したかったんですけど、それも難しくて、結果的に止められなくて……」

「それでどうしたらいいのか悩んでた?」

「そんな感じです」


 アズマヤの説明を聞いて、男はゆっくりと考え込むように首を傾げていた。


「具体的には分からないけど、その人とは仲が良いままなんだよね?」

「まあ、そうだと思います……」

「それなのに立場的に離れる必要があった?」

「相手はそう考えてしまって……」

「でも、君は離れたくないと?」

「そう……なんですかね……?」

「ん? 違うの?」


 そう問われ、アズマヤはかぶりを振る。違うというわけではないが、そうだという風に思えるほど、アズマヤ自身も自分自身の気持ちを把握し切れていなかった。


「分からないんです。否定しようとした時も、どうして、そうしようと思ったのか分からなくて……」

「それで止められなかった?」

「はい……」

「それなら、まずは君自身の気持ちを考えるべきだと僕は思うよ」

「俺の気持ち……ですか……?」

「そう。相手の考えと真正面からぶつかるには、君の中に確固たる考えがないと。そうしないと伝わるものも伝わらないよ……って、僕も昔、姉に言われたことがあるんだ」


 気恥ずかしそうに笑う男を見ながら、アズマヤはヒノエと最後に別れた時のことを思い返し、自分自身の気持ちが分からない故に、言葉を見出だせなかった自分の不甲斐なさを思い出す。


 自分自身の気持ちがどうであるか。それが少しでも掴めていたら、アズマヤはあの時、ヒノエを止められるだけの行動が取れていたのかもしれない。

 自分が何を思っているか、それすらも分からないのに、ヒノエを止めようとしたこと自体がおこがましかったのかもしれない。


 あの時から今に至るまで、ずっと続いている後悔の理由は何なのか。ヒノエを止めたいと思った気持ちの正体は何なのか。まずはそれを掴まないと始まらない。アズマヤはその事実を男の言葉から再確認して、そのために自分自身の気持ちと向き合おうとするのだった。



   ◇   ◆   ◇   ◆



「どうして、ここに……?」


 そこに姿を見せたタテイシを目にして、ヒノエは戸惑っていた。嫌な瞬間を見られたと思いながら、ヒノエは慌てて涙を拭おうとする。


「あの後、どうなったのか気になって、少しヒノエさんを探してから、帰ろうとしていたところだったんだよ。ヒノエさんの方こそ、どうして泣いて……あの男の子は?」


 ヒノエはそう問われ、自然とアズマヤの顔を思い浮かべてしまう。何があったのかと説明するには、話せないことがあまりに多過ぎる。タテイシには何も言えない。

 そう思えば思うほど、アズマヤに話せたことや辛さを背負ってくれた事実を思い出してしまい、ヒノエはどんどんと暗い気持ちになってしまう。


「な、んでも、ないんです……ごめんなさい。急いでいるので、失礼します……!」


 ここでタテイシに質問されたら、何も話せないことを怪しまれるかもしれない。アズマヤにも迷惑がかかるかもしれない。そう考えたら、ヒノエは下手に追及される前にこの場を去るべきだろうと考え、自然と歩き出そうとしていた。


 そこでタテイシが慌てたように手を伸ばした。


「ちょっと待って……!? 流石にその様子で放っては……!?」


 そう言いながら、タテイシがヒノエの腕を掴み、そこで思わず驚くように手を離していた。


「冷っ!?」


 その様子にしまったと思ったヒノエが急いで、その場から離れるために走り出そうとする。


 だが、それを防ぐようにタテイシは即座に引っ込めた手を伸ばし、再びヒノエの腕をがっしりと掴んできた。


「待って……!? ヒノエさん……? これはどういうこと……?」


 そう聞いてくる戸惑った様子のタテイシを前にして、ヒノエは何もかもを諦めるように、ゆっくりと全身の力を抜いていた。

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