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5-2.蔵匿の挨拶

 クスノキという看護師曰く、ヒノエの母親は数日前に容態が急変し、亡くなったそうだった。病院はヒノエに連絡しようとしたらしいが、奇しくも、その日はヒノエが手術を受けて、怪人となってしまった日で、その一報がヒノエの耳に入ることがないまま、今日を迎えてしまっていた。


 ヒノエは落胆という言葉を飛び越し、絶望した表情で項垂れたまま、ただ黙ってクスノキの話を聞いていた。今のヒノエが何を考えているかは分からず、これ以上のことを伝えるのは酷だと思ったのだろう。クスノキはアズマヤにヒノエを任せることを伝えて、今日のところは帰るように勧めてきた。

 その言葉に従って、アズマヤはヒノエを連れ、最寄りの駅に戻ってきたが、その時になっても、ヒノエの様子は変わらなかった。


 あれほど逢おうとしていた最愛の母が亡くなっていた。今のヒノエの心情はアズマヤがどれだけ想像しようとしても、想像し切れないもののはずだ。


 影の差した表情のまま、何も話そうともしない、泣くこともないヒノエを前にして、アズマヤは何度も何かを言おうと口を開いてみたが、今のヒノエにどのような言葉をかければいいのか、アズマヤには分からなかった。どの言葉もヒノエの心を逆撫ですることはあっても、慰めになることはないような気しかしない。


 今のヒノエはきっと直面した事実を消化できないまま、戸惑いと悲しみに押し潰され、心の置き所も分かっていない状態のはずだ。そこに下手な言葉をかければ、ヒノエは道も分からないまま、その悲しみの中に囚われて、もうアズマヤの声が二度と届かないかもしれない。


 せめて、そうならないようにヒノエが悲しみと向き合える瞬間までは待たないといけない。そう思いながら、アズマヤはヒノエを連れて、病院の最寄りの駅からアズマヤの自宅の最寄りの駅まで移動しようと、やってきた電車に乗り込んでいた。


 ヒノエが下手な行動に出ないように、凍えるほどに冷たいことが手袋越しでも分かるヒノエの身体をしっかりと掴んで、アズマヤは慎重にヒノエを連れていく。ヒノエはどこまで行っても、どこに向かおうとも、病院に向かうための電車に乗り込んだ時のような表情は見せてくれない。

 心が殻を被ってしまったようなヒノエの様子に、アズマヤの中の不安はどんどんと強くなっていく。


「ヒノエさん、到着しました。降りましょう?」


 アズマヤの自宅近くの駅に到着し、アズマヤがヒノエに優しく声をかけると、ヒノエは返答することこそなかったが、アズマヤの言葉に従うように電車から降りてはくれた。ヒノエがどこかに行ってしまわないように、しっかりと手を掴みながら、アズマヤは駅から自宅までの道を歩いていく。


 そこに至って、ふとアズマヤは今のヒノエを自分の両親に合わせても大丈夫なのかと不安に思った。アズマヤの両親の反応は分からないが、母親を亡くしたばかりのヒノエに、母親のことを想起させる親との対面を果たしてもいいものなのかと、猛烈に不安な気持ちに襲われる。


 もしかしたら、ヒノエを連れて帰ることはやめておいた方がいいかもしれないと思い始めるが、今のヒノエを放置することは当然無理で、自宅以外にアズマヤが向かえる場所は一つも思いつかない。


 他に候補があれば、そちらに向かうのだが、その候補を今のアズマヤが出すのは難しい、と思っている間に、アズマヤの自宅は目視できる距離になっていた。

 ここに来たら仕方ない。覚悟を決めようとアズマヤは思い、見えた自宅を確認しながら、ヒノエに声をかける。


「ヒノエさん、つきました。そこが俺の家です」


 ヒノエにそう伝えるが、ヒノエは顔を上げることもなく、ただアズマヤに手を引かれるまま歩いているだけだった。アズマヤは家の前で一度立ち止まり、覚悟を決めるように深呼吸してから、家の扉をゆっくりと開ける。


「ただいま~……」


 恐る恐る家の中に声をかけると、その声に気づいたのか、扉を開く音に気づいたのか、アズマヤの両親が慌てた様子で玄関の方に駆けてきた。


「ヨースケ!?」

「無事だったの!?」


 驚きと怒りと安堵の混じった二人の表情を前にして、アズマヤは申し訳なさそうに頭を下げながら、ヒノエと一緒に家の中に入っていく。


「どこに行ってたんだ!? 何の連絡もしないで何をしていた!? その人は何だ!?」


 捲し立てるように質問をしてくる父を前にして、アズマヤは少し迷ってから、最も効果的な説明をしようと、手に嵌めていた手袋を外した。それによって折れた指を固定するために添えた金属の棒や、爪の剥がされた指が露出され、アズマヤの両親は絶句する。


「いろいろと全部、説明するから、中に入ってもいい?」


 アズマヤの問いに両親は何も答えることなく、ただ黙ってリビングへと通じる道を開けてくれた。アズマヤはヒノエに優しく声をかけながら、靴を脱いで、久し振りに帰宅した自宅の中に足を踏み入れていく。

 そこから移動したリビングで、アズマヤはヒノエと並んで座り、未だ戸惑いと動揺の見える両親と向かい合った。


 それから何を言おうかと考え始める。どこから話そうかとも思い、どこまで話そうかとも思う。全てを話して、両親を巻き込んでもいいものかとも考え、全てを話さずに説明できるのかとも考えた。

 結局、アズマヤに全てを話さずに説明するだけの技量はなく、最初から今に至るまで、順番に経緯を話していくことにする。


「多分、いきなり話されても信じられない話だと思うけど、俺が目で見て、体験したことだから、全部、信じて欲しい」


 最初にそう懇願し、アズマヤはヒノエとの偶然の出逢いから、超人と怪人についての真実を知ったこと、超人に追われたこと、親切な人に助けてもらったこと、その人がただの親切な人ではなかったこと、何とか無事に逃げ出してヒノエが逢いたがっていた母親のお見舞いに向かったこと、そして、そこで知った事実を伝え、今のヒノエを見る。


 ヒノエはここに至っても、自分の殻の中に閉じこもっているようで、アズマヤのことも、アズマヤの両親のことも、その目に映そうとはしていなかった。


「それで、その子はその様子に?」

「そうなんだ。だから、少しでもいいから、せめて、ヒノエさんが悲しみと向き合えるくらいまでは、ここにいさせてあげて欲しい。二人に迷惑をかけるかもしれないけど、お願いします」


 両親の前でアズマヤはテーブルに額をつけるように頭を下げた。その前で二人は戸惑った様子で見つめ合い、どうしようかと無言の会話を始める。


 話の何割を信じてくれたかは分からないが、アズマヤの様子やヒノエの様子から、相当なことに巻き込まれたということだけは伝わっているはずだ。

 その中でヒノエを簡単には追い出さないだろうという打算もあるが、そうであって欲しいという願望も込めて、アズマヤは両親に頭を下げ続ける。


「分かった。どれくらいかは分からないが、泊めてあげなさい」

「えっ? 本当に……!?」

「ただし、ヨースケにはちゃんとした説教と、もう少し詳しい話し合いを後でする。その子……ヒノエさんだっけ? そのヒノエさんも、もう少し落ちついたら、一緒に話しましょう」


 父の言葉にアズマヤは一旦安堵しながら、未だ様子の変わらないヒノエを再び見つめる。取り敢えず、今のヒノエを落ちつける場所に連れてこられたことは良かった。


 問題はヒノエがこの先、どれくらいで自分の中に落ちてきた悲しみを消化できるかだ。きっとヒノエなら、いつかは向き合う時が来るとアズマヤは思うのだが、その時にヒノエが間違った道に進まないように、自分が一緒にいてあげたい。


 そう不意に思い、ヒノエの横顔を見つめるアズマヤの顔を見て、二人の前に座る両親の表情が少し曇ったことにアズマヤは気づかなかった。

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