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4-33.別離の夜更け

 破壊音が響き渡る屋敷から何とか抜け出し、ミトはソラやコマザワと一緒に屋敷の外を走り始めていた。屋敷から離れるように移動していたヤクノ達を探しながら、ミト達も屋敷から少しずつ離れていく。

 その間もソラはコマザワの腕の中で苦しそうに息をしていた。コマザワが定期的に声をかけ、ソラの状態を確認している。


 一刻も早く、ヒメノと合流して、ソラの怪我を治してもらわないといけない。そう焦るミトの少し前で、暗闇の中に人影がぼんやりと浮かぶ。思わず立ち止まりそうになり、ミトはそこに浮かぶ人影を凝視した。


 そこで、そこに浮かぶ三つの人影が、ヤクノ、ヒナコ、ババのものであることを確認する。


「いた……! いました……!」


 喜びから叫びそうになる声を抑え、ミトはコマザワに伝える。コマザワも先に立つ人影を確認したようで、ミトに向かって頷き、二人は揃って走り出す。


 その足音に気づいたのか、迫る影に気づいたのか、暗闇の中でヤクノが顔を上げて、こちらの様子にギョッとしていた。思わず拳を構え、臨戦態勢を整えてから、迫ってくる影が人ではなく、熊のものであることに気づいたらしい。


「コマ、ザワ……?」

「ヤクノ! ヒナコさん! ババ!」


 コマザワが久しぶりに逢ったらしい三人の姿に嬉しそうに声を上げ、その声でようやく気づいたのか、ヒナコとババも顔を上げて、コマザワを見上げている。


「皆も、無事だったんですね……! でも、どうして、ここに……?」


 ミトが内から湧き上がる喜びの声を上げると、ヤクノが少し嫌そうに顔を背けて、そこに座り込むババに目を向けた。


「サラさんを探していたんだが、そいつが限界だと言い出して、少し休むことにした」

「限界……?」


 その言葉の意味が分からず、ババに目を向けたところで、ミトはその傍に倒れ込むウェイトレスに気づく。思えば、さっき目撃した時も、人影が四人分あったが、それはこのウェイトレスの分ということだろう。ババが限界と言っていることから、恐らく、ババが背負って運んでいたのだろうとミトは想像する。


「あ、れ……? ヒメノさんは?」


 そこでミトはその場にヒメノがいないことに気づき、きょろきょろと辺りを見回した。コマザワも周囲に目を向けようとしかけて、何かに気づいたようにヒナコの方を見つめている。


「ヒナコさん……? この臭いは……?」

「臭い……?」


 コマザワが何を言っているか分からず、きょとんとするミトの前で、ヒナコがずっと抱きかかえていた服をミトの前に差し出してくる。


「それって……?」


 不思議そうに呟きながら、ミトはヒナコの手の中にある衣服を見て、それに見覚えがあることに気づく。どこで見たものかと思い返せば、カザリが着ていた服とそっくりだ。


「あれ……? カザリさんの……?」


 どういうことなのかと顔を上げれば、ヒナコは曇りがかったように、どんよりと暗い表情をしたまま、その衣服を剥ぐように開き始める。どうやら、その衣服は何かを包んでいるようだ。

 それが何かとミトが目を凝らし、じっと見つめている前で、カザリの服が中身を開示した。


 そこで絶望に泣き濡らす()()()()()()()()()


「えっ……?」


 唖然とし、思わず呟きながら、ミトは後退っていた。尻餅をつくように座り込み、ヒナコの抱えた物に目を向ける。


 どれだけ目を瞑っても、どれだけ目を擦っても、そこにある物は変わらない。紛う方なき、ヒメノの頭だ。


「ヒ、メノ、さん……?」

「ヒ、メ……?」


 コマザワの腕の中からソラがか細い声で呟いた。僅かに頭を向ける先にはヒナコが立っている。その腕の中にはヒメノの頭が抱えられている。


「どう、して……?」

「……んなもん……私の方が聞きたいわ……!?」


 ヒナコが悔しさや悲しみを噛み殺しながら声を上げる。超人に気づかれるかもしれない。さっきまで懐いていた当然の不安も今は湧くことなく、誰もそのヒナコの様子を止めようとしなかった。


「俺らが見つけた時には、もうこの状態やってん……」


 ババが悔しそうにそう呟き、ミトは呆然とする。ヒメノに何があったかは分からないが、その状態以上に表情が、何者かに殺害される絶望を物語っている。


「どう、して、ヒメノさんが……?」


 どれだけヒメノの頭と目を合わせても、ミトはヒメノが死んだ事実を受け入れられなかった。それがまだ偽物ではないかという可能性を考え、ヒナコやヤクノ達の反応がその可能性を否定してくる。


「おお、ここにいたのかい?」


 そこで近くから声が聞こえてくる。ミト達がゆっくりと目線を動かせば、そこにはこちらへとゆっくり近づいてくる丸いシルエットが浮かび上がっていた。


 やがて、そのシルエットが濃くなって、そこにサラさんを抱えた恐怖さんが立っていた。


「無事のようだね」

「サラさん……? どうして、組合長と……?」


 突如、現れた恐怖さんと、その恐怖さんが抱えるサラさんの姿にヤクノが驚きを見せる中、恐怖さんの口にした一言にヒナコが反応する。


「無事……? 無事やって……?」

「どうしたんだい?」

「これのどこが無事やねん!?」


 ヒナコが抱えていたヒメノの頭を抱え、恐怖さんにそう訴えかけた。その姿を前にし、恐怖さんはゆっくりと息をついてから、どこか残念そうにかぶりを振る。


「いやはや、ヒメノさんは残念だったね。もう少し早ければ助けられたのだが……」

「何、やって……? どういう意味や……? お前、ヒメノが殺されたことを知っとったんか!?」

「ちょうど殺された後に出くわしたからね。安心したまえ。犯人は始末しておいたよ。近くに死体がもう一つ転がっていただろう?」


 そう淡々と告げる恐怖さんの言葉を聞いて、ヤクノ達はヒメノを発見した現場を思い返しているようだった。少し視線が今から飛んで、すぐにヒナコの鋭い視線が恐怖さんに向く。


「そんなんええねん……間に合わんかったとして、何でヒメノをそのままにしとるねん……!?」

「仕方ないだろう? 私の腕は二つしかないのだよ。彼女を抱きかかえたら、それで一杯だ。死体を抱える余裕はないよ」

「何やねん、その言い方……!?」


 ヒナコが恐怖さんに詰め寄り、掴みかかろうとした。その直前、恐怖さんに抱えられていたサラさんが手を伸ばし、ヒナコを制止する。


「申し訳ありません……! ヒメノ様は私を守ろうとして、殺されてしまったのです……! 全ては私の責任です……!」


 サラさんが悲しそうな表情で謝るように頭を下げ、その姿を目にしたヒナコの足が止まる。悔しそうに唇を噛み締めながら、サラさんの言葉を否定するように小さくかぶりを振っている。


「ちゃう……サラさんを守るように言ったんは私や……ヒメノが殺されたのは私の所為や……だから、サラさんが謝らんでいい……」


 サラさんに優しい言葉を投げかけてから、ヒナコはきっと恐怖さんを睨みつけ、何かを呟くように唇を動かした。それから、恐怖さんから離れるように歩き出し、ヒメノの頭を再びカザリの服で包んでいる。


「さて、無事に合流できたのは良いのだけれどね。あの様子では屋敷には戻れない。そう思わないかい?」


 恐怖さんがミト達に問いかける。確かに今の状態の屋敷に戻ることは不可能だろう。タイタンが破壊したことで修復が必要な上、超人に場所がばれてしまった。いつでも、超人に襲われる状態だ。


「そこで一つ私から提案があるのだがね」


 そう言って、恐怖さんはババに目を向ける。


「ババくんのいた支部に行かないかい?」

「えっ? うち?」

「あそこなら、ここからも近く、超人にもばれていない。何より……」


 恐怖さんがコマザワに目を向け、その腕の中で苦しそうに息をするソラを見る。


「あそこなら、治療のための設備も使える」

「えっ? そうなの?」


 ミトがババに目を向けると、ババは「一応」と口にしながら首肯する。


「他に案があるなら、そちらを優先するけど、どうだい?」


 恐怖さんにそう問いかけられ、ミト達は黙る。この状況から提案できる他の選択肢は誰も思い浮かばなかった。


「ないようなら、そうしようか。ババくん、案内をお願いできるかい?」


 恐怖さんに聞かれ、ババは大きく息を吐いてから、隣に倒れ込んでいたウェイトレスを背負う。


「分かりました。案内するんで、ついてきてください」


 そう言ったババが先頭を歩き出し、その後ろを恐怖さんがついていく。


「行こう」


 コマザワが小さく呟き、ミトは頷きながら、コマザワの隣を歩き始める。その後ろをヤクノがついてきて、更にその後ろをヒナコが歩き出した。その腕の中では、カザリの服に包まれたヒメノの頭が抱えられている。


「ヒメ、ノさん……」


 どうしようもない喪失感を抱えながら、ミト達は今も盛大な音を立て続ける屋敷から離れ、ゆっくりと月明かりも届かない暗闇の中に消えていった。

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