4-32.ミスターフィアー
呼びかけられた声に振り返り、恐怖さんはゆっくりと首を傾げた。その姿を睨みつけながら、ノーライフキングは歯を食い縛るように、腹の底から低い声を漏らす。
「ようやく逢えたな、ミスターフィアー」
そう呟く姿を見たことで、思い出したように恐怖さんは大きく頷き、旧友と再会した時のようなテンションで声をかけ始める。
「誰かと思えば、ノーライフキングではないか。久し振りだね」
恐怖さんの明るい声を聞いて、ノーライフキングは驚くように目を見開いてから、愕然とした様子で恐怖さんを見つめてくる。その姿に恐怖さんは首を傾げ、考え込むように呟く。
「あれ? どうかしたかね? もしかして、この呼び方では不満だったかい? それでは、ちゃんと名前で呼ぼうか? 黄泉ゆう……」
「お前は……」
恐怖さんがノーライフキングの本名を呼ぼうとする中、ノーライフキングはそれを遮るように声を発し、落胆の眼差しを恐怖さんに向ける。
「お前は自分が何をやったのか忘れたのか?」
「自分が何をやったか? はて? どのことだろうか?」
思い出そうと記憶を探るように天井を見つめて、恐怖さんは考え込み始めた。その姿にノーライフキングは再び愕然とし、今度は完全に言葉を失ってしまったようだ。何かを呟こうと唇を動かしても、プルプルと震えるばかりで、そこから声は出てこない。
「どうしたんだい? 顔色が悪いようだが、具合が悪いのなら、休みたまえ」
恐怖さんが心配するように告げた直後、ノーライフキングは懐に腕を突っ込み、そこから銃を取り出した。それをまっすぐに恐怖さんへと向けて、憎悪に満ちた目を恐怖さんに向けてくる。
「お前はここで始末する……! お前の罪はその命を以て償え……!」
「罪? はて? どのことだろうか?」
恐怖さんが首を傾げる姿はノーライフキングの神経を逆撫でし続けているようだった。ノーライフキングの表情は更に険しいものへと変化し、恐怖さんを射抜く勢いで睨みつけている。
「旦那様……?」
その姿にサラさんは怯えるような表情を見せて、恐怖さんの身体にしがみつくように縋っていた。サラさんの仕草を目撃したノーライフキングの視線が僅かに恐怖さんから移って、何かに気づいた顔をする。
「その女は……? そうか……やはり、一緒にいたのか……!?」
気づいた事実を面白がるようにノーライフキングは笑みを浮かべ、恐怖さんは僅かに首を傾げた。ノーライフキングが握った銃は一寸の狂いなく、未だに恐怖さんの額を狙っている。少しでも動けば、引き金を引かれ、恐怖さんは射抜かれることだろう。
「君の憎悪は何となく分かったが、その理由を説明してはくれないのかい?」
「説明……? 何を言っている……? お前がやったことを考えたら、言うまでもなく分かることだろうが……!?」
「そうは言われてもね。やってきたことが多いもので」
「お前はアンタッチャブルにしたことを覚えていないと言うのか……!?」
剥き出しの怒りで溺れそうになるノーライフキングを前にして、恐怖さんはようやく思い当たる節を発見したのか、うんうんと何度も頷き始めた。
「ああ、あのことか。すまない。君がそこまで激昂する理由がその程度のことだとは思わなかったよ」
「その程度だと……!?」
ノーライフキングは目を剥き、牙を剥き、今にも頭の血管を吹き飛ばしそうなほどに顔を赤くして、引き金に指をかけていた。その姿を前にして、恐怖さんはいつもの笑みを浮かべたまま、ノーライフキングに問いかける。
「怒っているかい?」
「ああ……?」
「構わない。そのまま怒りたまえ」
そう告げた恐怖さんが笑顔のまま、まっすぐにノーライフキングに頭を向ける前で、ノーライフキングは小さく口元を歪め、笑みとは言えない笑みを浮かべる。
「お前の力なら意味がない」
そう告げたノーライフキングが銃を掲げ、まっすぐに恐怖さんを睨みつける。
「俺の感情は最高に昂っている……! お前の力を借りるまでもなく、お前への怒りで沸騰しそうなほどにな……!」
「そうか。それは残念だね」
恐怖さんは口元に浮かべていた笑みを消し、溜め息をつくように息を吐き出した。サラさんが不安そうな目を恐怖さんに向け、恐怖さんは僅かに頭を下げる。
「心配する必要はない。大丈夫さ」
「何の根拠があって語っている……!?」
ノーライフキングはまっすぐに銃を構え、恐怖さんの額に狙いを定める。
「お前はここで死ぬ……! 死んで、永遠に苦しみ続けろ……!」
ノーライフキングが引き金を引こうとする。恐怖さんはその前から一歩も動くことがなく、サラさんは恐怖に目を瞑った。
瞬間、ノーライフキングと恐怖さんの間を分かつように、廊下の壁が一気に崩壊した。ノーライフキングが銃を構える前で、何かが勢い良く飛び出して、反対側の壁に衝突した。
「何だ……!?」
積もり積もった怒りと共にノーライフキングが叫ぶと、飛び出した何かが土煙の中から姿を見せ、巨大な拳であることを確認する。
「これは、タイタンか……?」
ノーライフキングが確認するように呟いた直後、その拳と壁の隙間から、か細い声が聞こえてきた。
「ノー……ライフキング……」
その声に気づいたノーライフキングが目を向けると、そこにはアクアアルタが倒れ込んでいる。
「アクアアルタ? どうした? どうして、そこにいる?」
「タイタンが……暴走し始め……ました……」
辛うじて残った息で、苦しそうに呟くアクアアルタの声を聞いて、ノーライフキングは恐怖さんの力を思い出す。
それから、咄嗟にタイタンの腕の向こうにいるはずの恐怖さんを探そうと、向こう側を覗き込んでみるが、既にそこから恐怖さんの姿は消えていた。
「逃げられた……!?」
悔しそうに歯を食い縛りながら呟いてから、ノーライフキングは巨大なタイタンの拳とそれに押し潰され、重傷を負ったアクアアルタに目を向ける。
「チッ……今はこちらを優先するべきか……」
そう呟いたノーライフキングはタイタンを止めるために、タイタンが開けた壁の向こうへと消えていった。