4-31.望まぬ再会
暴走するタイタンの猛攻を掻い潜って、ヤクノ達は無事に屋敷の外に出られていた。ヤクノとヒナコは先に避難しているはずのヒメノやサラさんを探し、ババはウェイトレスを抱えたまま移動することに疲れを見せ始めている。
「サラさんを避難させるとしたら、この屋敷からはできるだけ離れますか」
「そのはずやけど、どこまで行ったかが問題やね」
ヤクノとヒナコがヒメノ達を探しながら、そのように言葉を交わすと、それを聞いたババがヤクノをきっと睨んだ。何をヒナコと親しげに話していると言いたいのだろうが、ウェイトレスを抱えたまま移動する疲れからか、もう言葉は出ていない。
「取り敢えず、できるだけ離れてみよか」
ヒナコのその提案から、三人は屋敷から離れるように走り出した。未だ屋敷から聞こえてくる破壊音は少しずつ遠ざかり、辺りは夜特有の静けさの方が多くなっていく。
その中で不意にヒナコが足を止めた。ヤクノとババもそれに続いてから、ヒナコが足を止めたことに怪訝な顔を向ける。
「何かありましたか?」
「誰か倒れとるわ」
ヒナコがそう言ったことで、ヒナコの見つめている先に目を向けて、ヤクノとババはそこに人が倒れていることに気づく。暗くて顔は見えないが、近づいてきたヤクノ達に気づく様子も、そこで動く様子もない。
「サラさんという可能性は?」
ヤクノが思い浮かんだ可能性を口にすると、ヒナコは小さくかぶりを振ってから、「確認しよか」と口にする。三人はゆっくりと倒れている人影に近づいて、そこにいる人物を覗き込む。
それはうつ伏せに倒れているが、カザリのようだった。
「花厳あやめ……?」
「ちょっ……!? そ、それ、どないなっとんねん……!?」
急に焦り始めたババがカザリの身体を指差し、ヤクノとヒナコは揃って視線を動かす。うつ伏せに倒れているはずのカザリだが、不思議なことに下半身は仰向けになっており、身体が中心で捻れているように見えた。
「ど、ういう状態だ……?」
ヤクノもババと同じように驚きを覚える中、ヒナコがカザリの身体に近づいて、その身体に触れている。僅かに動かしながら、確認した上で、ヒナコはヤクノとババに向かってかぶりを振った。
「本物の花厳あやめや。死んどるけどな」
「超人の仕業ですか?」
「やろうな。こんなんできる奴はうちにおらんやろ?」
ミトやソラ、コマザワの力を思い出し、ヤクノは首肯する。そもそも、ミト達にはカザリを殺すだけの理由がないはずだ。その辺りも含めて、これは超人の仕業と考えた方が妥当だろう。
「ま、まだ二人おりますよ……!?」
そこでババが同様に倒れる人影が二つあることに気づいて、カザリの少し先を指差した。ヤクノとヒナコはその人影を発見し、二つある人影という点に嫌な予感を覚える。
「まさか……」
ヤクノが思わずそう呟いてしまう中、ヒナコはゆっくりと立ち上がり、その人影を確認するために移動し始めた。ヤクノとババもそれについていき、そこに倒れる人影を見つめる。
一つは知らない男のものだった。一目で死亡していることが分かるように、頭が身体から離れ、足元に転がっている。その表情は恐怖に歪んだもので、死ぬ直前の絶望を伝えてくるようだった。
「む、惨いな……」
思わずババが呟く隣で、ヤクノはヒナコと一緒にもう一つの人影に近づいていく。
最初はヒメノとサラさんがそこに倒れている可能性を考え、緊張したヤクノだったが、一つ目に確認した人影が見知らぬ男の死体だったことで、二人ではなかったとどこかで安堵していた。その中で近づいた人影の服装が見えてきた瞬間、思わず息を止めるほどの衝撃が身体を襲ってきた。
それはヒメノと同じ格好をした頭のない死体だった。
「ヒ、メノ……?」
その姿を見たヒナコが目を丸くし、信じられないという様子で呟いている。ヤクノもそこに見える服装を確認しながらも、それがヒメノではないと思い込もうとしていた。
「ヒ、ヒナコさん……!? まだ分かりません……!? 頭がないから、それがヒメノさんと決まっ……!?」
そう言おうとしたヤクノが首のない死体の奥に転がる、球状の何かを発見する。それが何かと見つめるより先に、それが何かという答えが分かってしまい、それを見たくないという気持ちに駆られながらも、ヤクノはそこに落ちた球体を確認した。
それはヒメノの頭だった。
「う、そやん……?」
ヤクノと同じようにヒメノの頭を発見したらしいババがそう呟く。ヤクノはそこに発見した頭に動揺しながらも、咄嗟にヒナコを確認していた。
そこでヒナコは大きく見開いた目でヒメノの頭を目にし、そのまま言葉を失ったかのように口をぽかんと開けていた。
「ヒ、ヒナコさん……!? あまり見ない方が……!?」
ヤクノが止めようとする前で、ヒナコは呆然としたまま、ヒメノの頭に近づいて、そこで膝を突いたかと思えば、ゆっくりとヒメノの頭を持ち上げる。
「ヒ、メノ……?」
そこで呆然とした様子で呟きながら、ヒナコはヒメノの頭を優しく抱き締めていた。
その様子を前にして、ヤクノとババは言葉を失う。もう何かを言える状況では到底なかった。
「なあ……」
しばらくして、ヒナコがヒメノの頭を抱き締めたまま、そう口にした。
「どうしましたか……?」
「何か、包めるもん持ってないか……?」
「包めるもの……? 包めるものをどうして……?」
「決まっとるやん……ヒメノを連れていくねん……」
ヒナコが当然のように呟く声を聞いて、ヤクノとババは何も言えなかった。ヒナコが何を思って言っているのか分からないが、それを止められるほどの言葉は二人の中に存在しなかった。
ヤクノとババは悩んだ末に、カザリの着ていた上着を剥ぎ取り、それをヒナコに渡す。受け取ったヒナコは上着の中にヒメノの頭を仕舞い込み、それを抱きかかえるように持ち上げる。
「ほな、行こか……」
「ど、どこに行くんですか……?」
「決まっとるやろ……? まだサラさんが見つかってないねん……多分、ヒメノは自分が殺されてでも、サラさんを逃がしたんや……やったら、私達が見つけんと……」
そう言って、ヒナコはヒメノの頭を抱えたまま、屋敷から離れるように歩き出す。その背中を前にして、ヤクノとババは何も言わず、黙ってついていくことにして歩き出した。
◇ ◆ ◇ ◆
サラさんをお姫様のように抱きかかえた恐怖さんが屋敷の中に戻ってきた。屋敷の中では恐怖さんが引き起こした怒りのままに、タイタンが暴れ回っているようだ。
その音を聞きながら、恐怖さんはゆっくりと屋敷の中を歩き出す。サラさんは恐怖さんの腕の中で、響き渡る破壊音に驚きながら、周囲に目を向けている。
「旦那様? ここで何を?」
「他の皆がまだ残っているかもしれないからね。様子を見に来たのさ」
そう告げながら、恐怖さんは屋敷の中を歩き回ってみるが、超人の姿を遠くに目撃することはあっても、怪人組合の怪人はどこにも見当たらない。
「皆、もう避難したのかな? それだったらいいのだが……」
「私達も行きますか?」
サラさんの問いに恐怖さんは笑みを浮かべるように口角を上げて、小さく首肯する。
「そうだね。そうしようか」
そう告げた恐怖さんがサラさんと共に屋敷を出ようとする。
その時、破壊音とは明らかに違う音が恐怖さんの耳に届いた。
「まあ、待て」
その声に導かれるように恐怖さんの足が止まり、ゆっくりと振り返る。
「そう急ぐ必要はない。少し話をしないか?」
そう聞いてきた、そこに立っていた人物は、睨みつけるような鋭い視線で恐怖さんをまっすぐに見てくる、ノーライフキングだった。