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4-29.タッチアウト

 ソラが苦しそうな息を漏らし、ミトの足は思わず止まっていた。


「大丈夫?」


 ミトが心配した目を向けると、ソラは小さく頭を動かし、首肯しているが、その様子は大丈夫には見えない。

 一刻も早く、ヒメノを見つけて、ソラの怪我を治してもらわないといけない。そう思っていると、二人の少し後ろを歩いていた熊が追いつき、足を止める。


「ソラの様子はどうだ?」

「とても苦しそうで、早くヒメノさんのところに連れていかないと」

「そうだが、問題はどこにいるかだな」


 熊は立ち止まった廊下をきょろきょろと見回し、遠くの音を探るように両耳をぴょこぴょこと動かしている。

 そこに至って気づいたが、さっきまで大きくなっていたはずの身体が、最初に見た時と同じくらいに戻っている。


「あれ? 身体が?」

「ん? ああ、あれは一時的なものだからな。ほら、昔から言うだろう、ハチミツは熊のドーピングだって」


 一度も聞いたことのない格言のようなものを言われたが、聞いたことがないと言ってしまうと、変に話が拗れそうだったので、ミトは大人しく頷いておくことにした。

 そこで熊は気づいたようにハッとした顔をして、自身の胸を叩いている。


「そうだ。忘れていた。お互いの呼び名も知らないと、ここから逃げるのに不便だ。手早く自己紹介をしておこう。俺は狛沢(こまざわ)稲荷(いなり)だ。呼び名は好きにしてくれて構わない」


 熊がコマザワと名乗ったことで、ミトは自身も自己紹介が済んでいるわけではないことを思い出し、簡潔に名乗っておくことにする。


「僕は三頭晴臣です。後のことはここから出て話します」

「ああ、そうだな。俺もそうしよう」


 ソラの状態を考えたら、ここで悠長に長話をする余裕はない。名前くらいは知らないと不便だが、それ以上の情報は生き延びてから聞けばいい。


 そう思いながら、コマザワと一緒に周囲を見回している最中のことだった。偶然にも、窓の外を向いたミトの視界に、屋敷の外を移動する人影が飛び込んできた。

 人影は四人分あって、一人は何かあったのか、背負われているようだ。他の三人は屋敷を気にしながら、素早く離れるように移動しているようで、その動きを見たミトが思わず口を開いていた。


「ヤクノ……くん……?」


 その声にコマザワが反応し、ミトの視線の先を追ったようだ。そこを移動する人影を目撃し、驚いたように声を上げている。


「おお、ヤクノにヒナコさんじゃないか。見つかって良かった……ん?」


 喜びながらも、コマザワは何かに疑問を懐いたらしく、僅かに首を傾げている。


「何で、ババもいるんだ?」


 その一言にミトは思わずドキッとした。コマザワはババがいることも、ババがこの場所に来た理由も知らない。


 それはつまり、ミトがやってしまった罪も知らなければ、コマザワの知っている人物が一人、いなくなっている事実も知らないということだ。


 そのことをいつ説明すればいいのか、と考えそうになるミトを引き戻すように、コマザワが優しくミトの背中を叩いてきた。


「おい、大丈夫か?」

「えっ……? あっ……はい。ど、どうしました?」

「どういう状況か分かってないが、あの三人を追いかけよう。できるだけ合流した方がいいだろう?」


 コマザワの確認にミトは納得し、首肯する。二人は移動を始めようとするが、その前にコマザワが手を伸ばし、ソラの身体を抱えていた。


「この方が楽だろう?」

「痛……くない……?」

「あーと、大丈夫だな。お前、電気を使ったのか?」


 コマザワの問いにソラが頷き、コマザワは納得した様子だった。ソラの身体に下手な衝撃が行かないように優しく抱えながら、コマザワはミトを促してくる。


「行こう」


 その声にミトは頷き、二人は外に発見したヤクノ達と合流するために、屋敷の中を移動し始めた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 サラさんは未だ重さの残る身体を地面に垂らし、そこに落下したヒメノの顔を見つめていた。恐怖と悲しみに襲われ、涙を流しながら歪んだ表情のまま、ヒメノの時間は止まってしまったようだ。


「きき君が……ににに逃げるから、ここ、こうなったんだよ……?」


 ツイステッドが転がるヒメノの身体と頭を指差し、サラさんにそう言ってくる。その言葉にサラさんは言葉を失い、逃げようとしていた足は完全に止まっていた。

 カザリの放った匂いを嗅いでしまい、身体全体が重く、怠くなっていることもそうだが、それ以上に自身の存在がヒメノの命を奪ってしまった事実に、強く動揺していた。


「ほほほ、ほら、ここ、こっちに……こここ、こっちに来るんだ……」


 ツイステッドが手を伸ばし、サラさんを呼ぶ。ゆっくりとサラさんに近づく姿を前にして、サラさんは怯え、身体を僅かに後ろに下げるが、逃げられるほどにうまくは動いてくれない。


「ああ、安心して……きき君が誰か、しし、知るまで、こここ、殺さないから……」


 ツイステッドはそう言いながら近づいてくるが、その言葉に信用できる要素は何一つとしてなかった。


 その手が伸びて、身体に触れたら、カザリやヒメノがそうだったように自身も殺害される。その事実を転がるヒメノの空虚な視線が伝えてきて、サラさんは無理矢理に身体を動かし、その場から逃げようとした。


「たたた、立たないで……!」


 その姿を目にしたツイステッドがサラさんを制止するように声を荒げ、サラさんの身体は思わず竦む。身を起こしかけた体勢のまま、サラさんの動きはピタリと停止し、その様子にツイステッドは満足そうな笑みを浮かべている。


「あああ、ありがとう……そそ、そのまま、いいい、いて……」


 ツイステッドがゆっくりと近づいてくる。サラさんはその姿に恐怖を感じ、僅かに足を動かすが、ツイステッドの歩く速度には到底敵わない。


 このままだと捕まってしまう。ツイステッドに触れられてしまう。最悪、殺されるかもしれない。

 サラさんの中に恐怖が溜まり、サラさんの表情は強張った。目には静かに涙が溜まり、ヒメノと同じように絶命する自身の姿が頭を過る。


「ささ、さあ、ここ、こっちに……」


 ツイステッドがサラさんに触れようと手を伸ばす。その手の接近にサラさんは思わず目を瞑り、僅かに口を開いた。


「カズ……」


「何をしているんだい?」


 そこで声が飛び込んできた。ツイステッドの動きが止まり、サラさんは反射的に目を開けていた。二人の視線は同時に動いて、声のした方に目を向ける。


「そこで何をしているんだい?」


 暗闇の中から問いかけながら、こちらにゆっくりと近づいてくる人影は間違いなく、()()()()だった。

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