4-26.Escape from Mansion
悪夢に魘されるウェイトレスを拘束し、ヒナコは屋敷の中を移動し始めていた。他がどういう状況にあるのか分からないが、聞こえてくる騒音から察するに、他にも超人が侵入し、各地で争いが起こっていることは間違いない。
サラさんを保護しに行ったヒメノは無事かと考えながら、ヒナコは屋敷の中の廊下をゆっくりと突っ切り、他の誰かがいないかと探そうと思っていた。
その途中、ヒナコの向かう先から、こちらに向かって走ってくる人影を発見する。最初は距離が離れ、そこに二人いることしか分からなかったが、近づけばそこを走る二人の表情まで克明に見えた。
「ヤクノとババやんけ。何を走っとるんや?」
ヒナコが前方の二人に声をかけるように口を開くと、その声に気づいたヤクノとババの視線がヒナコに向く。そこで一瞬、ババは表情を輝かせ、大きく手を振ろうとしていたが、それよりも先にヤクノが口を開き、大声で叫んでいた。
「ヒナコさん、逃げてください!?」
「はあ? 急にどないして……」
ヒナコがそう言いかけた瞬間、ヤクノとババが走っていた後ろで、廊下の壁が盛大に崩壊した。同時に何かが勢い良く、廊下に飛び出してくる。それが何かを確認するより先に、飛び出した何かが移動を始めて、ヤクノとババを追うように動き出した。
そこで飛び出してきたものが、巨大な手であることにヒナコは気づく。
「何や、それ……?」
接近する巨大な手に困惑し、ヒナコが眉を顰める前で、ヤクノとババが飛び込むように駆け抜けてきた。手はヒナコの元に到達する遥か手前で停止し、再び壁の向こうへと戻っていく。
「あれは何が起きとんねん?」
「俺達が昼間に接触したタイタンという超人が暴走し始めました」
「暴走?」
「はい。敵味方の区別なく、今のような攻撃を繰り返している状況です」
「何で、そんなことになっとんねん?」
「詳細は分かりませんが、組合長が現場に現れて、タイタンと接触してから、今の状態になりました」
ヤクノの報告を受けて、ヒナコは嫌な顔をしながら、納得するように小さく頷く。
「ああ、そういうことか。なら、分かるわ。組合長やったら、碌なことをせえへんやろうから」
「ヒナコさんはご無事でしたか!?」
「見ての通りや。取り敢えず、超人は一人捕まえられたから、連れていくで」
ヒナコが抱えていたウェイトレスをヤクノとババに見せてから、少し考えて、ババの前に見せつけるように突き出す。
「はい? 何ですか?」
「いや、私は疲れとるねん。さっきまで身体を強化しとったから、ここまで連れてこられたけど、もうそれも切れた。このままやったら、過労で倒れてまうわ」
「そ、そういうことですか!? なら、俺がありがたく引き受けさせてもらいます!」
ババが突き出されたウェイトレスを抱え、嬉しそうな笑みを浮かべている。ババの扱いやすさにヒナコは小さく微笑み、その様子を見たヤクノは呆れた顔をしていた。
「さて、そんだけ暴れとるんやったら、はよここから抜け出さな、屋敷も潰れてしまうな」
「このままだと恐らくは」
「問題は他と合流できるかやな。コマザワはおる場所が確定しとるけど、後はどこにおるか分からん。ミトくんとソラは部屋が隣やけど、一緒に行動しとるか分からんし、ヒメノもどこにおるかは分からへん」
「ヒメノさんは一緒やないんですね?」
「いや、一緒やったんやけど、サラさんが心配やったから、見に行かせたねん。それからはどこにおるか分からん」
そう答えながら、ヒナコは屋敷の中を見回す。タイタンの巨大な手が破壊した壁を見つめて、それから屋敷の外に目を向ける。
「まあ、どっちにしても、一旦、外に出た方がええか。あの調子で中を移動してたら、急に飛び出してきた手に潰されかねへん。探すにしても、外からの方がええやろな」
ヒナコの呟きにヤクノとババは頷き、三人は廊下を移動し始める。その間も屋敷の中からは激しい破壊音が響き渡り、タイタンが暴れ続けていることが伝わってきていた。
◇ ◆ ◇ ◆
ツイステッドが質問を向ける中、ヒメノは今しかないと判断し、地面に寝転んだままのサラさんを引っ張った。手前に引き寄せるように抱きかかえながら、ヒメノは素早くツイステッドから距離を取る。
「サラさん……!? サラさん……!?」
耳元でヒメノが声をかけると、サラさんの手は僅かに動いて、虚ろな目がヒメノを向いた。少しずつではあるが、サラさんの意識は戻り始めているようだ。
そう思っていたら、そこまでのヒメノの行動を見ていたツイステッドが首を傾げて、震える指をサラさんに向けてくる。
「いいい今、ああ慌てて引っ張ったね……? なな、何で……? そそそ、そんなに、たた大切なの……?」
ツイステッドの詮索するような質問を受けて、ヒメノは急ぎ過ぎたかと行動に若干の後悔を覚える。サラさんに被害が及ばないように急いだつもりだったが、確かに今の動きを見たら、サラさんが重要人物のように見えてくるはずだ。
「だだだ、誰……? どど、どういう人……?」
「何で、お前にそんなこと教えなあかんねん……!? 怪人殺したんやったら、さっさと立ち去らんかい!?」
ヒメノがツイステッドを追い払うように怒鳴り声を上げると、ツイステッドは怯えたように身体を竦めていた。そのまま下がってくれたらいいのだが、当然のようにツイステッドは一歩も動かない。
「きき、急に……こここ怖いな……どど怒鳴らないでよ……」
「お前がサボっとるからやろうが……!? 超人やったら、さっさと怪人でも探しに行かんかい……!?」
「ささ、サボってないよ……こここ、これも仕事、だだ、だから……」
そう言いながら、ツイステッドはカザリに手を伸ばし、それから、サラさんの方に目を向けてくる。
「かか怪人が、ひひ、人質に取っていた……」
そう口にしたかと思えば、今度はヒメノの方に目を向けてくる。
「そそ、それに……かか怪人が、ひひ、人質を取らないと、いいい行けなかった……」
ツイステッドのそれらの言葉から言わんとすることが分かったヒメノは、面倒そうに唇を噛む。手っ取り早く追い払いたかったが、そういうわけにもいかないようだ。
「なな、何かある……ぜぜ絶対に……」
ツイステッドがそう断言する中、ヒメノの腕の中ではゆっくりとサラさんが身を起こしていた。
「ヒメノ……様……?」
「サラさん……!? どないや……? 動けるか……?」
「何……とか……」
サラさんは僅かに手を動かし、身体を起こそうとしているが、その動きは想像以上に遅く、ここから回復するとしても、とてもじゃないがツイステッドから逃げられる速度ではない。
「まだ本調子には程遠いか……」
ヒメノは仕方ないと思い、サラさんが起き上がれるように支えながら、サラさんだけに聞こえる声で呟く。
「あの超人は私が引き受けるから、サラさんはその間に逃げ……」
「お一人で……大丈夫なのですか……?」
「安心しい……あんなひょろっこい奴に負けるほど、私は柔ちゃうから……逃げたら、誰でもええから、他に守ってくれる人を探し……超人には見つからへんようにするんやで……」
ヒメノの呟きにサラさんが首肯し、ゆっくりと立ち上がろうとする。その背中を見送りながら、ヒメノはツイステッドを如何に引きつけるか考え、振り返ろうとした。
そこでヒメノの右腕が不意に掴まれた。急なことに驚き、振り返ったヒメノの目の前に、ツイステッドの不気味な笑みが浮かび上がる。
「しまっ……!?」
そう思った時には遅く、次の瞬間、ヒメノの右腕が絞られるように捻転した。